第25話: 兄タカシからの、仕返し
兄の島田タカシへ電撃的な通告を突きつけた翌日。
新橋烏森法律事務所の休憩スペースでは、相変わらず平和な「糖分補給」のスクラムが組まれていた。
「佐藤先輩、これは僕のPython環境の処理速度維持に必要なガソリンです! 横取りしないでください!」
「俺だって、島田先生のために午後の外回りダッシュするからカロリーがいるんだよ!」
昌子おばあちゃんが焼き上げた、きび砂糖と国産バターが香る特大デカクッキーを巡り、元ラガーマン佐藤さんと山村ヨシオが、オレンジジュースと牛乳を片手に本気で奪い合っている。
「ちょっと二人とも、いい加減にしなさいよ!」と有吉に怒鳴られるいつもの日常。
だが、そこへ島田はるみ先生とユウマさん夫婦が、再び真っ青な顔で駆け込んできた。
「滝先生……! 兄のタカシから、こんな書面が届いたんです……っ」
ユウマさんが震える手で差し出したのは、実家の父親の署名と実印が入った『全財産生前贈与契約書』のコピーだった。
兄、タカシは「親父はすべて承諾して俺に全財産を譲った。文句があるなら裁判でも何でもして見ろ」と完全に開き直っており、すでに実家の預金口座からタカシの口座へ数千万円の資金が移動しているという。
「親父はもう高齢で、そんな判断ができるはずがないのに……。これで本当に、僕たちの相続権はゼロになってしまうんでしょうか……」
困惑する、ユウマさんの肩を、サユリはポンと優しく叩き、不敵に微笑んだ。
「ユウマさん、はるみ先生。
騙されてはダメよ。
兄、タカシさんは自分が万能の神にでもなったつもりでしょうけど、本物の法律の構造を何も分かっていないわ」
サユリは手元に置かれたコーヒーカップを揺らし、シャープに、声を響かせた。
「たとえその贈与契約書が本物だったとしても、民法上、実の息子であるユウマさんには、絶対に侵害されることのない最低限の取り分
『遺留分』が保障されているのよ。全財産を独り占めして弟をゼロにするなんて契約、この遺留分の前には法的にハナから無効、通用しないのよ!」
「遺留分……!」
夫婦の顔に、ハッと驚きが走る。
「ええ。その生前贈与で動いた数千万円、すべて法律の力で『遺留分侵害額請求』として引きずり戻してあげるわ。
でもね、タカシさんのバグはそれだけじゃないのよ」
サユリの視線の先では、クッキーを口いっぱいに頬張ったヨシオが、天才ホワイトハッカーの長門マモルとリモート通信を繋ぎ、すでにPythonのパケット解析を完了させていた。
「サユリさん、出ました」ヨシオが紙パックの牛乳をゴクゴクと飲み干して、画面を指差した。
「タカシが『親父が自分でネットバンキングから振り込んだ』と主張している時間、実家の父親はかかりつけ医の診察を受けていたという『物理的なアリバイ』を、僕のPandasデータ解析で病院の予約ログと照合しました。
しかも、その振込データへのアクセスIPアドレスは、タカシの自宅のパソコンのものです!」
「なるほどね……」有吉が不敵に笑う。
「生前贈与どころか、ただの『有印私文書偽造』と『不当利得』、要するに勝手に親の金を盗んだ横領じゃない」
法律の構造そのものを読み解くサユリの緻密な「堺屋太一感」が、
悪党の逃げ道をデジタルの網の目で100%封鎖した。
「遺留分の鉄槌に、勝手な送金の不法行為。タカシさんは自分で自分の首を絞めるロープを編んでいたのよ」
サユリは立ち上がり、島田先生夫婦に告げた。
「島田先生、もう一度お兄さんにアポイントを取りなさい。今度は逃げも隠れもできない公の場で、これまでの悪事をすべて吐き出させて、あげるわ」
「よっしゃあ! オレンジジュース満タンで、突撃のスクラムっすね!」
佐藤さんがわんぱくに吼え、新橋烏森法律事務所の、悪党を地獄へ引きずり下ろす最終決戦のカウントダウンが始まった。




