第24話: レジャーシート上での、作戦会議
運動会の賑やかな閉会式のチャイムが響く中、新橋烏森法律事務所のレジャーシートの上は、すでに緊迫した「作戦会議室」へと変わっていた。
「島田先生、ご主人の兄の、そのタカシという男……。かなり身勝手な勘違いをしているわね」
滝サユリ は、昌子おばあちゃんの特製みかんゼリーを一口喉に流し込み、シャープな街弁の顔で言った。
「タカシさんは『自分が親の面倒を見ているから、すべての財産を生前贈与で自分のものにする。お前たちは遺産を放棄しろ』と主張しているようだけど、日本の民法はそんなに甘くないわ」
「えっ……違うんですか?」
はるみ先生が、涙を浮かべた目でサユリを見つめる。
「ええ、全く違うわ。タエコさんの事件のときと同じよ。
強者が都合よく作ったマニュアルなんて、本物の法律の前には通用しないの。
タカシさんが親から生前贈与を受け取ったとしても、それは相続が始まったときに
『特別受益』として持ち戻され、最終的にはご主人のユウマさんにも、正当な法定相続分を渡さなければならない決まりになっているのよ。
それを事前に放棄させるなんて、言語道断だわ」
「法定相続分……! ユウマにも、ちゃんと権利があるんですね……っ」
はるみ先生の表情に、ようやく光が戻り始める。
「よし! そうと分かれば、スクラムの最前線の出番っすね!」
中身は9歳児の佐藤さんが、残ったオレンジジュースをゴクゴクと一気に飲み干して拳を握りしめた。
ビールでやらかした大反省があるからこそ、今日の彼の脳細胞はオレンジジュースのビタミンで完璧に冴え渡っている。
「滝先生、今すぐそのタカシって兄貴にアポを取らせましょう! 先生夫婦と一緒に、俺たちも全員で乗り込んで、その傲慢な鼻っ柱をへし折ってやりますよ!」
「ええ。島田先生、今すぐご主人に連絡して、お兄さんのタカシさんに明日の朝一番のアポイントを取ってもらって」
サユリはスニーカーの紐を強く結び直し、微笑んだ。
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「滝サユリが、正式な『代理人』として同行します、とね。
親族間の甘えで弟夫婦をいびり倒してきたお兄さんに、叩きこんであげるわ」
翌月曜日、午前九時。
貸し会議室。
約束の席に現れた兄の島田タカシは、仕立ての良いスーツを着て、いかにも「自分がこの家族の絶対的な権力者だ」と言わんばかりの横柄な態度でふんぞり返っていた。
「ユウマ、はるみさん。
新橋の街弁を連れてきて、何の真似だ?
実家の介護を引き受けている俺の言うことが聞けないというのか?」
タカシが鼻で笑い、テーブルの上に、実印を強要するための『遺産放棄同意書』を叩きつけた。
だが、サユリはその紙切れを一瞥すらセず、昌子おばあちゃんのきび砂糖マフィンでエネルギーを120%チャージした鋭い瞳で、タカシを真っ向から睨み据えた。
「お言葉ですが、島田さん。
自分の都合の良いように法律を歪めて弟夫婦を脅すのは、そこまでにしてもらおうかしら」
サユリの声が、静かな喫茶店内に低く、しかし恐ろしいほどの威圧感を持って響き渡った。
「あなたが生前贈与で実家の財産を独り占めしようが、それは法律上、将来の相続時にすべて計算に入れられるの。そして、ご主人のユウマさんには、あなたと対等な『法定相続分』を受け取る正当な権利がある。それを事前に放棄させるようなこの紙切れ、法的には一ミリの価値もない、ただのゴミクズよ!」
「な、何だと……っ!?」
タカシの顔が、初めて驚愕と狼狽で引きつった。
「本日をもって、私は島田ユウマ様、ワカナ様夫婦の正式な代理人に就任しました」
サユリはテーブルの上に就任通知書を叩きつけ、「倍返し」の笑みを浮かべた。
「今後は、私の依頼人への直接の連絡、および書類の強要は一切不可とします。
もしこれ以上、生前放棄を迫る直接のアプローチを試みるなら
即座にあなたを『強要罪』で告訴します。
私からは以上です、失礼します」
と、席を立った。
サユリの背後では、元ラグビー部の佐藤さんがプロップの体躯で仁王立ちし、有吉さんがファーストの構えでタカシの逃げ道を完全に塞いでいた。
はるみ先生 夫婦を苦しめていた傲慢な義兄タカシへの、リベンジが、高らかに鳴り響いたのだった。




