第17話: ヨシオの詭計の策
「佐藤さん、現地に突撃するのは悪手です。ホテルの部屋に踏み込めば、虎ノ門カールトンの新藤サキの事なら間違いなく僕たちを『建造物侵入罪』で逆告訴してきます」
とヨシオが、言い放った。
事務所のデスクで、山村ヨシオが1リットルの牛乳パックをラッパ飲みしながら、真面目な顔で眼鏡を上げた。その口元には、ついさっき休憩スペースから持ってきたデカいドーナツの粉が白くついている。
「じゃあどうするのよ、ヨシオ。相手は今夜、ホテルの一室で国家AIの裏契約を交わすのよ? 指をくわえて見てろっての?」
有吉がソフトボール部のファーストよろしく身を乗り出す。
佐藤も「俺のプロップの肉体でドアをブチ破りますよ!」と鼻息を荒くしている。
「いえ、足を使わずに、足跡も残さないのがPythonの戦い方です」
ヨシオは最後のドーナツを一口で胃袋に放り込むと、ニヤリと不敵に笑ってキーボードを叩いた。
画面に映し出されたのは、チャットツールを介した、秋葉原のアンダーグラウンド時代からのヨシオの友人である天才ホワイトハッカーとの通信画面だった。
「僕の知り合いのホワイトハッカーに協力してもらい、神谷町の最高級ホテルの内部ネットワークに極秘裏に侵入しました。
…今から、事務所のモニターにリアルタイムでハッキングした監視カメラの映像をライブ配信します」
次の瞬間、事務所の大型モニターに、神谷町のホテルのエレベーターホールと、秋元常務が滞在しているスイートルーム前の廊下の映像が、鮮明に映し出された。
「うおっ……! すげえ、本当に映った!」
佐藤がコーヒーメーカーの淹れたてコーヒーを片手に、身を乗り出して叫ぶ。「ちょっと佐藤くん、コーヒーこぼれるじゃない!」と松井先生がハラハラしながら見守る中、画面に動きがあった。
廊下の向こうから歩いてきたのは、洗練された高級スーツを隙なく着こなした女――カールトン法律事務所の新藤サキだった。サキは周囲を警戒するように見回すと、秋元常務の待つ部屋へと入っていった。
「中にカメラはないわよ。和解契約の中身までは盗聴できないんじゃない?」
有吉が焦れったそうに言う。しかし、ヨシオは紙パックの牛乳をもう一神話飲み、冷徹なハッカーの目でエンターキーを叩いた。
「問題ありません。部屋の中で何が行われているかは、二人が出てきた瞬間に分かります。僕が独自に組み込んだ、最新の『AI画像解析(口唇術/リップリーディング)ソフト』を監視カメラのライブ映像に噛ませます。人間の唇の微細な動き(フレームデータ)をPythonのディープラーニングで解析すれば、音声がなくても、彼らが何を話しているのか、文字データとして100%読み取ることができます」
張り詰めた緊張の中、一時間が経過した。ドーナツの空き箱がデスクに転がる中、ついにスイートルームのドアが開き、秋元常務と新藤サキが並んで廊下に出てきた。
二人はホテルのエレベーターを待ちながら、親密に身体を寄せ合い、何かを話し合っている。
ヨシオのノートPCが激しく明滅し、解析ソフトのアルゴリズムが、二人の唇の動きを瞬時にテキスト化して画面に表示し始めた。
『秋元常務、国家通信AIシステム(フェーズ3)の民間インフラ移行契約書、確かに受領いたしました。これで日本の通信インフラは、すべて私たちが裏で握ることになります』
『ああ、新藤先生。カールトン法律事務所の力には感謝するよ。これで妻のタエコがどれだけ騒ごうが、国家の権力で完全に揉み消せる。明日の夜も、いつもの別宅で祝杯をあげよう』
画面に次々と浮かび上がる、不倫の証明、そして国家AIを私物化する巨額の不正契約の全貌。
「――ガッチリ、レシーブ(捕獲)したわ」
滝サユリは、画面に映し出されたテキストと、ホテルの監視カメラのリアルタイム映像を凝視しながら、勝利を確信した獰猛な笑みを浮かべた。
「不法侵入も盗聴もしていない。ただの公共の、いや、ホテルの防犯カメラの映像データに映り込んだ『唇の動き』よ。立派な法的証拠能力を持つ電子データね」
「ヨシオ、あんた最高よ!」有吉がヨシオの肩をバシバシ叩く。「いたたた! 叔母さん、有吉さんを止めてください、脳のPython環境がバグを起こします!」とヨシオが悲鳴をあげる中、佐藤が太い腕を突き上げた。
「滝先生! 証拠は揃った。次は、俺たちのスクラムで、あのエリートどもを押し潰す番っすね!」
「ええ、その通りよ、佐藤さん」
サユリは立ち上がり、完璧な勝訴のシナリオを頭の中に描き出した。
「新藤サキ、および秋元常務。あなたたちがどれだけスマートに隠れたつもりでも、新橋の街弁の目は誤魔化せない。明日、虎ノ門カールトン法律事務所へ、この『電子の証拠』を引っ提げて、電撃告訴を仕掛けるわよ!」
ドーナツの甘い匂いが残る事務所から、虎ノ門の巨悪を奈落へ引きずり下ろす、最強の逆襲の矢が放たれた。




