第12章: 法廷でのラリー
東京地方裁判所、弁護士懲戒委員会・特別審理。
カールトン法律事務所の新藤サキが仕掛けた「滝サユリの不正アクセス」に対する緊急審理の場は、重苦しい静寂に包まれていた。
「滝弁護士が我が事務所の管理する大日物産の機密データに不正アクセスし、過去のデータを横領したログは明白です。彼女の弁護士資格の即時剥奪を求めます」
カールトンの新藤サキが、洗練された白のスーツ姿で冷徹に言い放つ。その背後には、情報システム部の平井秀平が、儚げで端正な顔立ちに「勝負はついた」と言わんばかりの不遜な笑みを浮かべて控えていた。
だが、原告席の滝サユリは、静かに笑みを浮かべて立ち上がった。
「――お言葉ですが、新藤先生。その『ログ』が、そちらの平井秀平くんによって捏造された真っ赤な偽物だと言ったら、どうされます?」
サキが不快そうに眉をひそめた瞬間、サユリは審理の主導権を一気にひったくった。
「証人として、我が新橋烏森法律事務所のIT専門員、山村ヨシオを呼びます」
証人席に立ったのは、松井先生の甥であり、28歳のPython使い、山村ヨシオだった。ヨシオはノートPCを法廷のプロジェクターに接続すると、黒い背景に緑のコードが躍るウィンドウを映し出した。
「大日物産の通信ログを、僕が自作したデータ解析のPythonスクリプト(Pandasライブラリ)で検証した結果、平井秀平が提出したログのタイムスタンプに、コンマ数秒の不自然な“歪み”を発見しました」
ヨシオは落ち着いた声で、しかし確実に秀平の防壁を切り崩していく。
「秀平は国家AIのバイナリコードを使い、足がつかないよう闇サイト(ダークウェブ)で購入した『使い捨てのiPhone SE』から大日物産のシステムへアクセスし、ログを上書きしていました。しかし、そのパケットの制御信号を僕のPython環境(Jupyter Notebook)で逆探知した結果、暗号化の裏から、虎ノ門カールトン法律事務所のシステム管理室にある、特定のIPアドレスが検出されました。つまり、ログを書き換えた真犯人は、滝先生ではなく、そこにいる平井秀平、あなただ!」
「なっ……!」
秀平の表情は、驚愕と狼狽で激しく歪んだ。
サキもまた、予想だにしない電子の弾丸に目を見開く。
サユリは一歩前へ出ると、机の上に、証拠品としてあの白いiPhone SEを叩きつけた。
「新藤先生、および平井秀平くん。あなた方は、日本の厳格な本人確認法をすり抜けるため、闇サイトの売人から、闇バイト名義で不正契約された『飛ばし』のSIMカードごと、この端末を調達した。そして私の最愛の息子、ケンタの写真を Signalアプリで送りつけ、『すぐ近くで見ているぞ』と脅迫してきたのよ!」
法廷内が、一瞬で蜂の巣をつついたような騒然とした空気に包まれた。
「あなたたちが国家AIを使い、どれだけ高度でスマートさを誇ろうと、それは他人の家族を脅かし、新橋の現場を汚すだけのただの犯罪ツールよ!」
サユリの声が、法廷の壁に鋭く、激しく断罪した。
「本日この場をもって、滝サユリおよび新橋烏森法律事務所は、被告・平井秀平を、このスマートフォンを凶器とした『脅迫罪』、および偽のデータで我が事務所の営業を妨害した『威力業務妨害罪』で、正式に告訴いたします!」
傍聴席の最前列で、大日物産のラグビー営業マン・佐藤が「よっしゃあ!」と、割れんばかりの歓声をあげ、ガッツリと太い腕でガッツポーズを突き上げた。その隣では、元ソフトボール部ファーストの有吉が、どんな荒れ球も逃さない鋭い目でサユリを見つめ、深く、頼もしそうに頷いていた。
傍聴席に陣取る新橋の男たちの、まるでスクラムを組むかのような熱いサポートが、サユリの背中を完全に支えていた。
形勢は完全に逆転した。
虎ノ門のエリートたちの欺瞞を、新橋の泥臭い法律のスクラムと、ヨシオのPythonが完全に粉砕した瞬間だった。
そして、サユリの標準には、ようやく笑顔が、戻っていた。




