第二話 ラブレターらしきもの
俺の手に握られている白い封筒。
これはきっとラブレターに違いない!
俺にラブレター…って!
まじかよ!
勝手に顔がにやけて来た。
こういう時に限ってマスクをしていないから、すれ違う人には変な人だと映ったに違いなかった。
しかし、口元が緩んで仕方なかった。
俺はその場で開封したい誘惑にかられたが、手汗でどんどん封筒がよれて来るのが気になってリュックにしまった。
かわいい子だったな…。
俺の脳内であの子の顔が無限リピートされていた。
とにかく、よさそうな子だった。
性格が穏やかで、中性的な感じだったと思う。
俺の顔も体も異常に熱くなっていた。
その時の俺の気持ちを正直に言うと、間違いなくハイになっていた。
誰にも知られたくないが、すっかり《《その気》》になっていたのである。
それというのも、今まで誰からもそんな本気の愛を受け取ったことがなかったからだ。彼女どころか、誰かに選んでもらったことすらないのが俺の人生だった。
俺は三人兄弟の末っ子なのだが、母親が避妊に失敗してできた子だと言われていた。
そう。俺の人生ははなから詰んでいたのだ。
俺は望まない妊娠で生まれた子どもだった。そのことを知ってから俺の人生は一層暗くなった。
墓場まで持って行ってほしかった類の出生の秘密を、父親はまるで冗談のように兄たちにいい聞かせていた。しかも、反面教師としてである。
今でも忘れない。あれは夕飯の時だった。兄たちはどちらも高校生でそろそろ彼女ができるかどうかという時期だった。
俺は恥ずかしくて泣いた。それを笑う家族たち。
地獄だった。
もともと両親は根暗な俺には関心がなく、兄たちとも年が離れていて、ほぼかまってもらえなかった。どちらかというといつも馬鹿にされ、いじめられていた。しかし、兄たちは社会人になってから優しくなり、会うと小遣いをくれたり、食事をおごってくれるようになった。
あちらはすっかり忘れているが、俺は過去の恨みを忘れることができずにいた。
両親とも今は普通に話すが、俺の根底は何年経っても揺らぎ続けていた。俺のせいで余分な学費がかかってしまったのは間違いなかった。俺がいなかったら母親も外で働く必要がなかったかもしれないと思うと申し訳なかった。
俺は劣等感の塊のような人間で、顔はそれほど不細工ではないと思うし、背も高い。大学だってぎりぎり合格だったが一応は名門だ。でも、なぜか自分は何をやっても駄目だという思い込みに囚われていた。
俺は誰にも関心を持たれない人生を送っている気がした。
中高はずっとクラスの片隅にいる陰キャ同士でつるんでいる集団の一人だった。
あだ名は『空気』。どこにいたって空気みたいに忘れられているタイプだ。
大学でもゼミに少し友達がいるが、特段、親しい訳でもない。
理由はわからないが、そもそも俺には人が話しかけてこない。
俺も話しかけない。
ぐいぐい来る人がいたら、ほぼ宗教かマルチだ。
こんな風に人が寄り付かないのも、俺が無口で暗すぎるからだろう。
そもそも自分自身が人付き合いに悩んで、心理学に興味を持つようになったのだった。
誰も俺に関心を示さないから、俺は自ら透明人間に徹することを選んだ。
そうすることで様々なトラブルを避けられるし、ぼーっとしていられるというメリットもある。それに、他人に期待して傷つくこともない。
しかし、本心では寂しかった。
誰かに気が付いてほしかった。
俺にも感情があるということを。
さっきの君。
こんな空気みたいな俺に気付いてくれてありがとう。
もちろんOKだよ。
俺の分際で断る理由はない。
というか、俺でよかったら何かお返しがしたい。
彼が望むなら、何でもする。
ある程度という意味でだ。
それより、あの子が俺みたいなぱっとしない貧乏大学生と一緒に歩いてくれるんだろうか。
多分、あの子が大学に行って現実を見たら、すぐ別れたくなるに決まっている。
ほぼ百パーセントの確率で、あの子は俺が通っている大学よりいいところに進学して、そのうち勝てるものが何もなくなる。
俺は来春から心理職の受験資格を取るために大学院に進学するけど、運よく職にありつけても薄給なのは目に見えている。彼は俺の不甲斐なさに失望するだろう。
その時になったら俺は潔く身を引く。
それでも俺は後悔しない。
しかし…。
もし付き合うとしたら、初体験は男ということになるな…。
多様性の時代だし、それもありだ。
俺は心理学を学んでいるんだから、その辺は柔軟にならなくてはという気もする。
俺はこれから経験値を上げなくてはいけない、家族や友達以外とのより複雑な関係を…。
俺は全身をほてらせながら、脳内が上気して収まらなかった。
頭が妄想でいっぱいでスーパーに寄るのも忘れたくらいだった。
一体何が書いてあるのか…。
もし、ラブレターじゃなかったら自分が恥ずかしいじゃないか。




