9話 『最後の頼み』
「なぁ……ダリ……スト……」
ヒュー……と、壊れた呼吸の隙間から声が落ちる。
薄い。
今にも消えそうな音だった。
「俺……少しだけ……思い出した……」
「喋るな!!」
ダリストが叫ぶ。
「今、塞ぐ……! すぐに……!」
鉄屑を掻き回す。
使えるものは何もない。
指が震える。
視界が滲む。
血と、涙で。
「俺……実家が……魚屋でさ……」
止まらない。
アストンは、遠くを見るような目で続ける。
「貧しくて……軍に入った……」
息が、途切れる。
「給料が……安定してて……さ……」
かすかな笑み。
「……情けない理由だろ……」
その言葉が、空気に溶ける。
ダリストは、何も言えない。
ただ、手を握る。
冷たい。
それでも。
確かにそこに、“人間”がいた。
「……いい理由だ」
絞り出す。
「生きる理由だ」
アストンの指が、わずかに動く。
ダリストの腕を掴む。
「ダリス……ト……」
声が、さらに薄くなる。
「最期に……頼みが……ある……」
嫌な予感。
「……言うな」
拒絶。
だが。
「俺が……死んだら……」
止まらない。
「俺を……喰らえ……」
一瞬、世界が止まる。
ダリストの呼吸が消えた。
「お前は……バグだ……」
「最高級の……異常だ……」
声が、崩れる。
「俺を喰って……俺の分まで……」
「上へ……行け……」
「名前を……刻め……」
力が抜けていく。
それでも、最後まで。
意思だけが、残る。
ダリストは、動けない。
拒絶したい。
だが。
この世界では――それが“正しい”。
「……できるかよ」
声が震える。
「ふざけるな……そんなの……」
目の前には、アストン。
もう、長くない。
「俺は……そんなために……!」
否定する。
だが。
このままでは――無駄になる。
アストンの“意思”が。
「……ッ」
手が、伸びる。
止まらない。
「……やめろ……」
誰に向けた言葉かも分からない。
牙が、触れる。
温度。
まだ、残っている。
「……ッ……!!」
噛めない。
歯が震える。
だが。
「……生きる……」
「俺は……生きる……」
その瞬間。
噛み砕いた。
血が溢れる。
脳が、揺れる。
記憶が流れ込む。
魚の匂い。
包丁の音。
朝の市場。
笑っていた。
確かに、そこにいた。
「アストン……」
涙が落ちる。
だが、止まらない。
喰らう。
全部。
残さず。
「……うまい……」
その言葉が、漏れた瞬間。
何かが、壊れた。




