表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/49

10話『継承、あるいは異形の産声』

「――があああああッ!!」

 喰らい尽くした、その瞬間。

 ダリストの肉体が、内側から弾けた。

 骨が砕ける。

 肉が裂ける。

 神経が焼き切れる。

 それは捕食ではない。

 侵略だ。

 異物が、友の“存在”が、

 自分という器を乗っ取ろうとしている。

「ぐ……あ、あああッ!!」

 背中が裂ける。

 蝙蝠の翼が、内側から押し潰される。

 ベリ、ベリ、と音を立てて剥がれ落ちる。

 その奥から――

 透明な翅が、生まれた。

 薄く。

 脆く見えて。

 だが、確かにそこにある。

 アストンの翅。

「……ッ……!」

 その瞬間。

 脳の奥に、何かが流れ込む。

 魚の匂い。

 包丁の重さ。

 朝の市場。

「……朝、仕込みが早くてさ……」

 声がする。

 ――アストン。

 一瞬だけ。

 確かに、そこにいた。

 だが――

 次の瞬間。

「――ハァ、ハァ……」

 喉が焼ける。

 耐えきれず、吐き出す。

 ジュッ――。

 床が溶ける。

 濃緑の酸。

「……は……」

 理解する。

 自分の中に、“あいつ”がいる。

 残っている。

 力として。

 記憶として。

 そして――

「……うまい……」

 言葉が、漏れた。

 自分でも気づかないまま。

 その一言で。

 何かが、完全に壊れた。

 沈黙。

 もう、戻れない。

 人間には。

 “食う側”の存在に。

 ダリストは、ゆっくりと手を伸ばす。

 血の中に転がる、仮面。

 無機質な、鉄の顔。

 それを拾い上げる。

「……行くぞ」

 静かに、押し当てる。

「アストン」

 冷たい感触。

 だが。

 今は、それでいい。

 背中の翅が、わずかに震える。

 まるで、応えるように。

 ダリストは立ち上がる。

 左目は潰れ。

 右目は、紅く燃える。

 口の奥では、酸が静かに滴る。

 もう迷わない。

 上へ。

 喰って。

 奪って。

 進む。

 それが――

 “継承”だ。

 ダリストは、階段の手前で足を止めた。

 B8へ続くはずの鉄階段は、無惨に崩れ落ちていた。

 まるで、上へ行くことそのものを拒絶するかのように。

「……拒絶、か」

 低く呟く。

 だが――

 構わない。

 視線を横へ流す。

 明滅する廊下の先。

 鈍く光る鋼鉄の箱。

 エレベーター。

 扉が開く。

 沈黙したまま。

 滑り込む。

 即座に【B1】を押す。

 反応は――ない。

 沈黙。

 B2。

 B3。

 B7。

 すべて、死んでいる。

 ただ一つ。

 【B8】だけが、弱々しく光った。

「……は」

 喉の奥で、笑いが滲む。

「いいじゃないか」

 低く。

「一段ずつ、喰わせろってことか」

 ガタン。

 箱が動き出す。

 軋むワイヤー音。

 閉ざされた空間。

 壁に映る自分。

 潰れた左目。

 紅く燃える右目。

 背で脈打つ透明な翅。

 そして、無機質な仮面。

「……」

 唾液が溜まる。

 飲み込む。

 焼ける。

 だが――

 嫌じゃない。

 腹が疼く。

 奥から、衝動が顔を出す。

「……まだ、足りない」

 魚の匂い。

 包丁の重さ。

「……朝は忙しくてさ……」

 声。

 一瞬だけ。

 確かに、そこにいる。

「……見てろよ」

 小さく呟く。

「アストン」

「俺は――止まらない」

 チーン。

 電子音。

 扉が開く。

 流れ込んでくる空気。

 違う。

 明らかに、違う。

 腐臭でも、廃棄物でもない。

 もっと“整理された悪意”。

 もっと“完成された地獄”。

 ダリストは、一歩踏み出す。

 静かに牙を剥いた。

「――喰ってやる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ