11話『極彩色の飢餓、地下植物園』
エレベーターの扉が、静かに開いた。
次の瞬間、視界は“緑”に塗り潰された。
狂っている。
鋼鉄とコンクリートで構築されたはずの地下空間が、 生命そのものに侵食されていた。
地下8階。
そこは人工太陽に照らされた、歪な植物園だった。
だが――美しさはない。
蠢く蔓。 滴る粘液。 捕食のためだけに肥大化した異形の植物群。
葉の裏には、まだ“動いている”何かが貼り付いている。
そして根元。
白衣の残骸。 砕けた骨。 突き出た、人間の腕。
「……肥料、か」
ダリストの声が低く落ちる。
その瞬間だった。
腹が、鳴る。
ぐ、と。
抑えが利かない。
アストンを喰い、変異し、欠損した肉体が――飢えている。
「……ッ」
視線が勝手に動く。
見つけてしまう。
食い散らかされた“残り”。
巨大な食虫植物の根元。
人間の下半身。
「……いい」
思考が軽くなる。
倫理が、もう抵抗しない。
ダリストは牙を晒した。
――噛む。
骨が砕ける。 脂が弾ける。 冷たいはずの肉が、異様に“生”を残している。
「……うまい」
ためらいは、ない。
アストンを喰った時にあった“痛み”は、すでに消えていた。
ただ、満たされていく。
喰う。 喰う。 喰う。
やがて動きが止まる。
「……はぁ……」
息が落ちる。
腹は静かになったはずなのに――
どこかが、欠けている。
「……足りない」
ぽつりと漏れる。
ダリストは顔を上げた。
視線の先。
巨大な培養槽。
その周囲を守るように絡みつく、過剰な植物群。
まるで――
守護。 あるいは崇拝。
「……なんだ、これ」
一歩、踏み出す。
カプセルの中。
そこにいたのは――女だった。
だが、人間ではない。
白い肌に蔓が這う。 血管の代わりに植物が脈打つ。 背中からは、極彩色の花が咲いている。
「……完成体か」
ダリストの右目が細くなる。
敵か。
それとも――
「……同類か」
その瞬間。
喉の奥が、かすかに鳴った。
空腹ではない。
もっと原始的な衝動。
「……喰えるな」
評価だった。
生命としての。
沈黙。
培養液の泡が、ゆっくりと弾ける。
「侵入者、検知。……排除および“養分”に認定」
鈴のような声。
だが、温度はない。
カプセルが内側から破砕する。
緑が噴き上がる。
女が、現れる。
濡れた肌。 白い肢体。 その背で咲く、極彩色の花。
それは美ではない。
捕食器官だ。
「……飢えている」
女がダリストを見た。
「お前の肉は、良い養分になる」
瞬間。
植物群が一斉に反応した。
蔓が蠢く。 牙のように開く。
四方から襲来。
「……は」
ダリストの喉が鳴る。
「いいじゃないか」
その一言で、躊躇は消える。
「喰うか、喰われるかだろ」
翅が弾けた。
音を置き去りにする加速。
蔓の間をすり抜ける。
一直線。
首へ。
「無駄」
女は動かない。
その瞬間。
床が“反応”した。
巨大な葉。
――挟む。
ガキィィン!!
「ぐ……ッ!!」
圧壊。
骨が軋む。 消化液が流れ込む。 肉が焼ける。
「……混ざれ」
女の声。
「私の一部になれ」
蔓が絡みつく。
締め上げる。
喰われる側へ引きずり込む。
だが。
「……違うな」
ダリストの声が、低く響く。
「喰うのは俺だ」
右目が光る。
腹が応える。
(足りない) (もっと寄越せ)
「――ッ!!」
口が開く。
吐き出すのは酸。
ジュワァァァァ!!
植物が悲鳴を上げる。
肉が溶ける。 蔓が崩れる。 拘束が裂ける。
ダリストはそのまま噛みついた。
逃げない。 避けない。
“食い破る”。
葉ごと。 組織ごと。 存在ごと。
「……ッ……!」
焼ける痛み。
それでも。
「……うまい」
笑う。
壊れている。
完全に。
引き裂き、脱出する。
全身が爛れる。
血が滴る。
それでも――
止まらない。
視線は、ただ一つ。
女。
「……次は、お前だ」
唾液が落ちる。
酸が混じる。
「その花……全部、喰う」
それは宣言ではない。
本能だった。
地下8階。
楽園は、捕食の場へと変わる。
捕食者は――一人でいい。




