7話 『壊れても、止まらない』
錆びついた階段を上り、重い防潮扉をこじ開ける。
その先――地下9階。
B10よりもさらに濃い“死”が満ちていた。
蛍光灯が明滅する通路に、死体が転がっている。
腐りかけた人間の肉塊。
元は研究員か、警備兵かも分からない。
空気を吸った瞬間、理性が軋んだ。
空腹が限界を超える。
「……まだ足りない」
ダリストの喉が低く鳴る。
言葉もなく、二人は死体へ群がった。
冷えた肉を牙で引き裂く。
腐敗した脂の味が舌を焼く。
それでも――喉の渇きは満たされていく。
骨が砕ける音だけが、通路に響く。
そのとき。
「……ッ!」
アストンの翅が跳ねた。
角から滑り込む三つの影。
無機質な駆動音。
厚い装甲。
両腕のサブマシンガン。
『未登録個体を検知。殲滅を開始』
マズルフラッシュが通路を白く染めた。
「伏せろ、アストン!」
叫ぶより早く、銃弾が降り注ぐ。
ドッ、ドッ、と肉を打つ音。
「がぁッ……!」
アストンの悲鳴。
翅が裂け、音が途切れる。
遅れた脚と翅の付け根を、弾丸が貫く。
青い体液が飛び散った。
アストンが崩れ落ちる。
「アストン!!」
ダリストの瞳が、赤く燃え上がる。
怒りと飢えが、同時に沸騰する。
口元に残る血。
喰らった“命”が、肉体の奥で弾ける。
ダリストは踏み出した。
弾丸の嵐の中へ。
「あああああッ!!」
喉から噴き出したのは、もはや人の声ではない。
理性が、焼き切れる。
アストンの悲鳴。
飛び散る青い血。
それだけで十分だった。
何を壊しているのかも、もう分からない。
ただ――
ダリストは、弾丸の嵐へ踏み込んだ。
ドッ、ドッ、ドッ。
弾丸が肉を穿つ。
骨を砕く。
それでも、止まらない。
痛みは、もう届かない。
ただ――壊す。
その衝動だけが、身体を動かしていた。
二機目のハンターが照準を合わせる。
銃口が、顔面を捉えた。
──チカッ。
蛍光灯が、一瞬だけ止まる。
静寂。
パァン──!
衝撃。
左目が、弾けた。
世界が、半分消えた。
視界の半分が、赤に染まる。
「がああああああッ!!」
絶叫。
だが、それは痛みではない。
歓喜だった。
――笑っていた。
ダリストは止まらない。
右目だけで敵を捉え、地を蹴る。
一瞬で距離を潰す。
懐へ潜る。
沈み込む。
全身のバネが軋む。
喰らった命が、拳に集まる。
「死ねぇッ!!」
突き上げる。
アッパー。
拳が、鋼鉄の顎を貫いた。
ガギィッ──ボォン!!
頭部が潰れる。
火花。
オイル。
破裂。
鋼鉄の巨体が宙を舞う。
そのまま壁へ叩きつけられ、沈黙した。
血が滴る。
口から。
眼窩から。
ダリストは、立っていた。
残った敵を見据える。
その姿は、もはや人ではない。
それでも。
確かに、生きていた。
――何を代償にしているのかも、分からないまま。




