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40話『聖域の再誕:B3からの進軍』

 三人の幼児は、差し出された異形の腕を見たまま動かなかった。

 恐怖でも拒絶でもない。

 反応するための余力そのものが、すでに尽きている。

 ダリストの背後では、数秒前まで「人間だったもの」が影へ沈み、静かに冷えていく。

 その死は音にならない。

 この施設では、音すら“許可制”だった。

 だがこの空間だけは異様に静かだった。

 戦闘の余韻も、殺意の残響も、ここでは発生しない。

 すべてが「隔離」されている。

 ダリストは赤い双眸をわずかに落とす。

「名前はあるか」

 最初に反応したのは痩せた少年だった。

 乾いた喉が、ようやく音を作る。

「……キラー」

 続いて、隣の少年。

「ゼウス……」

 最後に、肩を寄せるようにしていた少年。

「イシュタル……」

 本来の名ではない。

 人間としての輪郭を剥がされたあとに残った、“管理用ラベル”。

 ダリストの指先に、小さな手が触れる。

 冷たい。

 だが、その奥にはまだ「消えていないもの」があった。

 鼓動。

「……生きたい。帰りたい」

 キラーの声は、ほとんど音になっていない。

 だがそれは、この施設に対する“最小単位の拒絶”だった。

 ダリストの赤眼がわずかに揺れる。

 内側で、計算が走る。

 非戦闘員。

 移動負荷。

 生存確率低下。

 合理的には、切り捨てが最適。

 ――その結論は、途中で“沈黙”した。

 腹部の奥で、喰った記憶たちが一斉に反応する。

 アストン。バイオレット。セドリック。A。リナ。J。

 それぞれの“残響”が、同じ方向を向く。

(これは、かつての配置だ)

(落とされる側だ)

(まだ終わっていない側だ)

 思考ではない。

 反射でもない。

 ただ“構造的な一致”。

「……いいだろう」

 ダリストは低く言う。

「なら、俺の影にいろ」

 四本の腕が、子供たちを持ち上げる。

 それは捕食の動きではない。

 だが完全な保護でもない。

 その中間にある、まだ名前のない所作。

 蝙蝠翼がゆっくりと広がる。

 光を遮断するのではない。

 “世界との接続を薄くする”。

 その瞬間、ダリストは変質する。

 破壊でもない。

 救済でもない。

 「聖域を運ぶ災厄」

 それは矛盾ではなく、新しい定義だった。

「行くぞ」

 短い言葉とともに巨躯が天井へ走る。

 重力は拘束ではない。

 ただの“条件”。

 揺り籠の中、子供たちはもう叫ばない。

 ただ静かに息をしている。

B2・軍事培養区画

 そこは“静止した地獄”だった。

 巨大な円筒タンクが十基。

 整然と並ぶその光景は秩序ではない。

 「管理された異常」だった。

 エメラルドの培養液の中。

 沈んでいるのは生物ではない。

 軍が“兵器として成立させた失敗作の完成形”。

 鎌の腕。

 外骨格の肉体。

 神経を触手化した器官。

 すべてが意志を削がれている。

 命令信号でのみ動く“軍神の模造品”。

「……これが」

 ダリストは影から見下ろす。

 ヘンリーの記憶が網膜裏に展開される。

 構造解析。

 起動条件。

 弱点。

 制御プロトコル。

 理解ではない。

 “読み取り可能な暴力の設計図”。

 培養液の気泡が弾ける。

 規則正しい循環音。

 生の気配はどこにもない。

 ただ「管理されすぎた死」がそこにある。

 揺り籠の中、子供たちがわずかに身を縮める。

 ダリストの腕がコンソールに触れる。

 そこにあるのは破壊ではない。

 選択権の奪取。

「生か死かを決めるのは、お前らじゃない」

 侵入ではない。

 感染でもない。

 “権限の書き換え”。

 ――チッ。

 ――チッ。

 制御インジケーターが揺れる。

 軍の青が消えていく。

 代わりに、赤。

「……これで、お前らの飼い犬は、俺が預かった」

 ダリストの赤眼が、培養槽の一体と重なる。

 かつての自分と同じもの。

 閉じられ、管理され、完成を待つだけの存在。

 だが今は違う。

「ここから先は」

 低い声。

「俺の領域だ」

 多足が床を離れる。

 影が移動する。

 揺り籠を背に乗せたまま。

 この場所は戦場ではない。

 戦場になる“前段階”だ。

 そしてダリストは理解する。

 これは制圧ではない。

 捕食でもない。

 “軍そのものを餌として成立させる準備工程”だ。

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