4話 『喰ってはいけないもの』
「おおおおおっ!」
咆哮。
Cは、地を這うような低姿勢から跳んだ。
狙いは――拳じゃない。
爪。
五指を、獲物を裂く鉤爪として振るう。
――斬る。
装甲が裂けた。
対酸コーティングごと、深く。
内部へ。
「ギィ、ガガッ……!」
火花が弾ける。
ナノマシンが蠢く。
だが、間に合わない。
Cの指は、内部を掴んでいた。
配線。動力。心臓部。
――引きずり出す。
だが。
(足りない)
腹の奥が、疼く。
あの飢えが、叫ぶ。
――喰え。
理性が拒絶する。
こんなもの、食えるはずがない。
だが本能は違う。
――取り込め。
壊すなら、喰え。
Cの瞳が、歪む。
赤く、濁る。
そして――
口を開いた。
「……ッ!? おい、やめろ!」
Lの声。
だが、届かない。
牙が、鋼鉄に食い込む。
――噛み砕く。
バキン。
ボキリ。
耳を裂く破砕音。
金属が、砕ける。
配線が、千切れる。
オイルが、溢れる。
すべてを、喰らう。
「――が、ああああぁっ!!」
激痛。
甘くない。
血じゃない。
焼ける。
痺れる。
削れる。
異物が、内側を引き裂く。
それでも――
止まらない。
「やめろ! それは食料じゃない!」
Lが掴む。
引き剥がそうとする。
「死ぬぞ――!」
だが。
Cは離さない。
黒いオイルを垂らしながら、さらに深く噛みつく。
――コアへ。
苦痛で視界が歪む。
それでも。
瞳は、消えない。
ただ一つの意思だけが、燃えていた。
――生きる。
どんな代償を払ってでも。
「……っ、が……は……ッ!」
最後の欠片を飲み込んだ瞬間、
Cの身体が、弾けた。
意思を無視して、跳ねる。
赤い瞳が、光を失う。
白く濁り、焦点が消える。
――崩れる。
角が、軋む。
内側から削れるように、短くなる。
牙が、歪む。
肉を裂きながら押し戻される。
鋭さを失い、
――人間の歯へと、潰れる。
「あ……が……あ……」
白い泡が、口から溢れる。
熱い。
焼ける。
内側が、壊れる。
異物が、神経を這う。
耐えきれない。
異形でいるための“芯”が、崩れる。
人間に戻る器も、ない。
――どちらにもなれない。
引き裂かれる。
そのまま、意識が落ちた。
「おい、しっかりしろ! C!」
Lが叫ぶ。
崩れ落ちる巨体を、必死に支える。
重い。
だが――熱は違う。
さっきまでの化け物じゃない。
これは。
ただの、
壊れかけた“人間”の熱だった。
「……馬鹿が」
吐き捨てる。
だが、その翅は止まらない。
震え続ける。
ここは、長くいられる場所じゃない。
異変はもう伝わっている。
次に来るのは、“処理”じゃ済まない。
LはCを背負った。
軋む脚で、歩く。
這うように、進む。
床に残るのは、
泡と、
血と、
腐食液の混ざった、歪な跡。
「死なせるかよ」
低く、呟く。
「お前は――俺の“答え”だ」
辿り着いたのは、最奥。
光の届かない、スクラップの山の奥。
外界から切り離された、暗闇。
LはCを横たえる。
そして――
迷いなく、自分の腕を裂いた。
溢れた液体を、その口へ流し込む。
静寂。
呼吸は、浅い。
弱い。
闇の中で、
Cの角は短く、
牙は丸いまま止まっていた。
その姿は――
あまりにも無防備で、
あまりにも脆い、
“人間”だった。




