3話 『バグの戦い方』
Lの声が、廃液の滴る音に溶けた。
――次の瞬間。
鉄扉が、内側から叩き潰される。
歪んだ鉄板を踏み砕きながら、それは侵入してきた。
巨大な四足の鋼鉄。
生き物の形をしていながら、そこに命はない。
頭部には、赤く明滅するスキャナーがひとつ。
背には、肉を削ぎ、骨を断つための超振動ブレード。
「……なんだ、あれは」
Cの喉が低く鳴る。
「“清掃員”だ」
Lが吐き捨てた。
「俺たちを処理するためのな」
赤い光が、Cを捉える。
血に濡れた身体を、無機質に走査する。
『――廃棄対象:個体識別不能。処理を開始します――』
「……処理対象、か」
低く、呟く。
腹の奥が、熱い。
喰らった肉が、燃える。
力が巡る。
血が沸騰する。
「ふざけるな……」
吐き出す。
「俺は――」
一瞬、言葉が途切れる。
脳裏に浮かぶのは、
白い部屋。
縛られた身体。
“実験体C”という呼び名。
そして――喰らった人間の味。
「……ゴミじゃない」
静かに、言い切る。
その瞬間。
背の翼が、爆ぜるように広がった。
空気が震え、床の廃液が波打つ。
骨が軋む。
力が溢れる。
――生きるために。
――奪われたものを取り戻すために。
彼は、自ら“悪魔であること”を選んだ。
「死ね、鉄クズ……ッ!」
Cは地面を蹴った。
――速い。
だが。
踏み込みが、深すぎる。
制御できない。
加速が、想定を超える。
視界が流れる。
拳は空を切り――
巨体ごと、コンクリートに叩きつけられた。
「――がはっ!?」
鈍い衝撃。
砕けたのは骨ではない。
床の方だった。
だが――
(違う……!)
問題はそこじゃない。
動きが、噛み合っていない。
力が強すぎる。
身体が重すぎる。
“自分の身体じゃない”。
四足の鋼鉄が、ゆっくりとこちらを向く。
赤い光が、Cをロックする。
背のブレードが唸りを上げた。
空気が裂ける。
「……まだ馴染んでいないか」
Lの声。
次の瞬間、割り込む。
「俺が引く! その間に覚えろ――!」
仮面の隙間から、濃緑の液体が吐き出される。
酸が、鋼鉄を包む。
――だが、止まらない。
装甲が火花を散らしながら、それを弾く。
「チッ……!」
Lが加速する。
翅が震え、弾丸のようにぶつかる。
重い衝撃音。
鋼鉄が、わずかによろめく。
――だが。
次の瞬間。
装甲の隙間が開いた。
細かな粒子が噴き出す。
凹みが、蠢く。
――戻る。
何事もなかったかのように。
傷が、消える。
終わりが、存在しない。
Cは膝をついたまま、それを見た。
Lが時間を稼いでいる。
自分のために。
(動け……)
指が震える。
(動け……!)
視線を落とす。
黒い爪。
重い腕。
背にある、異形の翼。
――違う。
人間の身体じゃない。
人間の戦い方じゃ、届かない。
なら。
「……バグなら」
ゆっくりと、立ち上がる。
「バグらしく動いてやるよ」
一拍。
――もっと喰えば、もっと思い出せる。
その声が、頭の奥で囁いた。
同時に。
背中の翼が、大きく脈打つ。
空気が――歪む。




