28話『設計崩壊、世界の核を喰らう者』
モニターの青白い光が、ダリストの漆黒を容赦なく照らしていた。
そこに映っているのは、“実験体C”という名で整理された一生だった。
恐怖も。 選択も。 喪失すらも。
すべてが数値化され、曲線として整列している。
「設計通りの、完成品」
Aの声が落ちる。
それは断罪ではない。 ただの確定事項だった。
監視室の空気が、静かに“結論”へ収束していく。
ダリストの膝が軋む。
(終わりだ)
誰かの声が、内側で呟いた。
だが――
(……違う)
その否定は、異様なほど静かだった。
怒りでもない。 反発でもない。
ただ、“沈み切らない何か”。
脳裏に、記録に存在しない感触が浮かぶ。
湿った空気。 生臭さの奥にあった「生」の匂い。
触れた指先の震え。
そして――最後に呼ばれた名。
それらはログにない。 数値にもならない。
だが確かに、まだここにある。
「……完成品、だと」
ダリストの声が落ちる。
低く。 熱を持たずに。
右肩の銃身が軋む。 回転。 加速。 臨界。
だが発砲しない。
「なら」
一歩。
床が沈む。
「その設計書を書いたやつに伝えろ」
静かに。
「予定にない“痛み”まで計算済みかってな」
その瞬間。
Aが、わずかに目を細めた。
評価ではない。 誤差の検知。
「誤差は存在しない」
即答。
冷徹。 断絶。
だがその刹那――
ダリストの内側で、“揃った”。
五つの声。 バラバラの記憶。
怒りでも悲しみでもない。
ただ一つ。
――喰ったという事実。
それだけが、同じ方向を向く。
(……そうか)
理解ではない。 確信でもない。
もっと単純なもの。
身体の答え。
ダリストの翅が跳ねた。
黄色ではない。 警告でもない。
飢えそのものの色へ変質する。
右肩の銃身が悲鳴を上げる。 過負荷。 限界。
それでも止まらない。
「……なら」
声が変わる。
空洞のような音。
「その“誤差”ごと」
一歩。
「全部喰ってやる」
その瞬間――
モニターが揺れた。
砂嵐ではない。 ノイズでもない。
“観測そのもの”が揺らいでいる。
Aの腹部が、わずかに開く。
初めて。 予測ではなく、反応として。
「……」
Aはまだ壊れていない。
だが、理解している。
この個体はもう、“個体”ではない。
ダリストは止まらない。
怒ってもいない。 壊れてもいない。
ただ一つの結論に到達している。
――設計かどうかは関係ない。
――喰えるかどうかだ。
「世界がなんだ。設計がなんだ」
ダリストの声には揺らぎがない。
感情ではない。 宣告でもない。
“規格の拒絶”。
「俺は喰う。世界ごと喰らってみせる」
その一歩が、監視室の均衡を崩した。
右肩のマシンガンが咆哮する。
放たれたのは弾丸ではない。
強酸。
構造を溶かす“否定”。
実験体Aのケーブル防壁が悲鳴を上げる間もなく崩壊し、床へと液体として落ちる。
「……何を……!」
初めて、Aの声に乱れが生まれる。
その瞬間だった。
ダリストの爪が、迷いなく腹部へ突き刺さる。
ぐちゃり。
肉でも機械でもない。 境界そのものの崩壊。
抵抗は成立しない。
ただ、“侵入された事実”だけが遅れて悲鳴を上げる。
そして――
そこに触れた。
冷たい。
だが確かに“核”。
「見つけたぞ」
ダリストはそれを引き抜いた。
――ブチィッ。
音ではない。
接続の断絶。
Aの動きが一瞬止まる。
「……っ、あ……!」
だがダリストは見ていない。
視線はすでに掌の中へ。
そこにあったのは、薄い青光を放つ“核”。
実験体Aという個体ではない。
この施設そのものの“意思”。
制御。 設計。 最適化。
その中心。
ダリストは迷わない。
掲げもしない。 観察もしない。
当然のように、口へ運ぶ。
バキリ。
青い光が牙に砕かれる。
その瞬間――音が消えた。
監視室から、あらゆる“ノイズ”が剥がれ落ちる。
残るのは、ただ一つの感触。
冷たい“構造”。
それが喉を通る。
血ではない。 肉でもない。
世界の“仕組み”が流れ込んでくる。
視界の奥で、現実の輪郭がわずかにズレた。
(……これは)
(肉じゃない)
(世界そのものだ)




