27話『監視室の深淵』
実験体Aの腹部が、さらに裂けた。
ぐじゅり、と嫌な音を立てて、 そこから溢れ出したのはケーブルではなかった。
細い神経束。 光を失った黒いファイバー。
それは空気を探るように蠢き、 一斉に監視室のモニターへと這い上がる。
端子へ。 基盤へ。 奥へ。
迷いがない。
「……ッ、何をする……!」
ダリストが銃口を向ける。
だが、その前に。
Aが指を、コンソールへ落とした。
カチリ。
その音だけで、世界が切り替わる。
砂嵐は消えた。 ノイズも死んだ。
代わりに映るのは――記録。
「君の行動は、すべてここにある」
声が、空間そのものから響く。
モニター。 壁。 床。 天井。
すべてがAの声を“再生”する。
「見たいか?」
間。
「君が“ダリスト”になる前の記録を」
映像が走る。
白いカプセル。 震える呼吸。 閉じ込められた“個体”。
焼印。 絶叫。 崩壊する居住区。
手を伸ばす誰か。 届かないまま潰れる。
――喪失。
「……あ、あ……」
ダリストの指が震える。
右肩の銃身が空回りする。 ガガガ、と意味のない駆動音。
『見るな……!』 『それは誘導だ……!!』
内側の声が叫ぶ。
だが、視線が離れない。
モニターの中の“自分”から。
「君の背負う“名前”」
Aの声は淡々としていた。
「それは死者の残響だ」
断定。
「では、君自身は何だ?」
問いは、答えを必要としない。
映像が切り替わる。
行動ログ。 選択履歴。 戦闘記録。
そこに“線”が引かれる。
すべての選択が、 一つの方向へと収束していく。
「ここへ来るための最短経路だ」
Aが言う。
「君は逸脱ではない」
一歩。
「収束だ」
さらに一歩。
「設計された完成」
沈黙。
翅が、わずかに力を失う。 床に影が落ちる。
内側の声が、軋む。
五つの“名前”が揺れる。
そのとき。
――ノイズ。
一つのモニターが乱れた。
ほんの一瞬。
そこに映ったのは、記録にない動き。
誰かを守ろうとした“無駄な選択”。
効率ゼロ。 最適化からの逸脱。
だが確かに、そこにあった。
Aの視線がわずかに動く。
その瞬間。
映像は“正常化”される。
まるで最初から存在しなかったかのように。
沈黙。
だが――
ダリストの中には残っていた。
「……」
崩れかけた何かが、 まだ、完全には死んでいない。




