24話『螺旋の中の五重奏』
階段を一段、また一段と踏みしめるたびに――意識の境界が、静かに溶けていく。
B5へと続く螺旋の闇。
その中心で、ダリストの脳はもはや一人分の器ではなかった。
一歩。
膝が鳴る。
セドリックの鋼のように、乾いた硬質音。
一振り。
翅が震える。
かつてアストンが持っていた透明な面影は、すでに毒々しい黄色に塗り潰されている。
その内側から、声が滲み出す。
音ではない。
脳の奥へ直接刻み込まれる、“個”の断片。
『……朝、仕込みが早くてさ……あんたも、俺の酒、飲みたかったろ?』
アストンの、遠い日の温度。
『……やめて……私はただ……生きていたかっただけ……』
バイオレットの声が、内臓を掻き毟る。
『……システム……損傷……排除対象確認……セドリック少尉……任務遂行……』
ノイズの奥に、まだ残る規律。
『……ママ……? 怖いよ……ここ、真っ暗だよ……』
リナの声が、心臓を締め付ける。
『……殺セ……白衣ヲ……全部……喰ライ尽クセ……!!』
実験体Jの憎悪が、視界を赤く染める。
五つの命。
五つの絶望。
それらが一つの器の中で、互いを喰らい合い、罵り合い、縋りついてくる。
「……あ、が……」
ダリストは頭を押さえ、壁へ拳を叩きつけた。
コンクリートが砕け、火花が散る。
だが内側の喧騒は、止まらない。
『喰っただろう』
『連れていくって言ったじゃない』
『殺せ』
『助けて』
記憶が、混ざる。
自分が誰で、
誰の人生を引きずり、
何のために進んでいるのか――
輪郭が崩れていく。
「……黙れッ!!」
咆哮。
紅い角が震え、蛇の瞳が濁った熱を帯びる。
「黙れ……お前たちは、もう俺だ」
呼吸が荒れる。
「俺が止まれば、お前たちの“死”は……そこで腐るだけだ」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、静寂が落ちた。
だが消えたわけではない。
沈んだだけだ。
ダリストという暗闇の底で、息を潜めている。
――その時を待って。
ダリストは、ゆっくりと息を吐いた。
重くなった脚を、前へ。
階段を上り切る。
B5。
その先にあるのは――
五人の死が望んだ「答え」か。
それとも、新たな「名前」か。
扉に手をかける。
軋む音。
そして――
開く。
漆黒の怪物は、もはや一人ではない。
五つの呪いを血肉に変えたまま、さらに深くへと踏み込んだ。




