23話『紅蛇の覚醒、喰らわれた名の残響』
「――ぐああああああッ!!」
聖餐は終わった。
だがその代償として、ダリストの全身にこれまでとは質の違う激痛が走った。
骨が軋む。
肉が裂ける。
神経が、内側から焼き潰されていく。
それは再生ではない。
異物同士が互いを拒絶しながら融合する――“内戦”だった。
「……あ、が……ッ!!」
バイオレットの再生機構が暴走する。
リナの柔らかな組織。
実験体Jの硬質な鱗。
そしてダリスト自身の異形の肉体。
それらが同時に「正しい形」を主張し、体内で殺し合っている。
視界が明滅する。
意識の奥で、二つの記憶が衝突した。
◆記憶:リナ(喪失)
『マ……ママ?』
燃え落ちる居住区。
崩れる天井。
『リナ……逃げて……』
血まみれの手が、小さな身体を押し出す。
『いや……いやぁ……!』
『行きなさいッ!!』
扉が閉まる。
最後に見えたのは、涙を堪えて笑う母の顔だった。
――希望のはずの、別れ。
◆記憶:実験体J(暴力)
『おはよう、実験体J。記憶はあるか?』
白い光。
無機質な声。
『……ガ……ガ……』
『失敗だな。処分しろ』
その瞬間。
何かが壊れた。
『ギリィィィィィッ!!』
最初に喰らったのは、自分を“失敗”と呼んだ喉だった。
血。
悲鳴。
快感。
それが、始まりだった。
「……はぁ……ッ……はぁ……ッ……!!」
現実へ引き戻される。
ダリストは床に両手をつき、黄色い体液を吐き散らした。
その肉体が、さらに“変わる”。
めり、と音を立てて右側の頭部が裂ける。
そこから生えるのは紅い角。
アストンの翅よりも歪で、鋭く、呪いのように捻じれていた。
皮膚が裂ける。
その下から現れるのは、黒に近い蛇の鱗。
生物としての形ではない。
“進化”という名の暴力。
視界が変質する。
闇の中に、熱が浮かぶ。
血流。
鼓動。
呼吸。
すべてが色を持つ。
逃げ場はない。
それは捕食のための眼。
逃がさないための視覚。
背の翅がさらに肥大する。
毒々しい黄色はもはや警告ではない。
――死そのものの色だった。
右肩の銃身は蛇鱗に覆われ、低く唸る。
もはや武器ではない。
“器官”だ。
だが、その中心で。
「……リナ」
その名だけは、確かに発せられた。
喉が震える。
声は人間ではない。
それでも、その音の中には確かに“記憶”があった。
温もり。
恐怖。
必死に生きようとした小さな命。
そして――
守れなかったという事実。
「……忘れない」
低く、静かに。
「お前の“名前”は……ここにある」
胸に手を当てる。
そこには鼓動がある。
血がある。
そして――喰らった命が沈んでいる。
視線が上がる。
熱源視界が捉える。
B5。
蠢く無数の“熱”。
生きている。
まだ、喰える。
まだ、奪える。
まだ――
「……次だ」
その一言に、感情はすべて混ざった。
怒りでもない。
悲しみでもない。
飢えでもない。
“全部”だ。
ダリストは歩き出す。
リナが目指した場所。
リナが失われた場所。
そのすべてを――
紅き蛇の眼で、焼き尽くすために。




