21話『名前を返せ』
――突撃の瞬間。
世界から音が抜け落ちた。
消えたのではない。
ダリストの中の「認識」が、一度だけ深く沈黙した。
視界は歪んでいる。
蛇は無数に増殖し、腹の顔は笑い続けている。
だが。
「……そこだ」
右肩の銃身が、わずかに“応えた”。
判断ではない。思考でもない。
ただ、肉体の奥で一本の線が引かれる。
引き金はない。
代わりに、骨が軋む。
ドン。
発射。
生体弾ではない。
圧縮された“概念そのもの”だった。
その瞬間――
歪んでいた世界が、一瞬だけ重なった。
「……ッ!?」
蛇の群れが揃う。
無数ではない。
ただ一体。
蛇と蛾が融合した異形。
その中心に、“核”がある。
臓器ではない。
認識を歪めるための装置。
「見えているのか……?」
ダリストの声は掠れていた。
だが、その瞬間。
腹の奥から、声が落ちる。
「……たす……けて……」
今度は、確かに。
幻でも錯覚でもない。
ダリストの中で、それは“事実”として確定した。
「……返せ」
低い声。
だがもう、感情ではない。
命令でもない。
“構造”だった。
右肩が開く。
銃身ではない。
もっと深い、内臓の領域。
アストンの酸が流れる。
バイオレットの毒が巡る。
セドリックの鋼が骨を締める。
異なる死が、一つに束ねられる。
「返せええええええッ!!」
発射。
黒。
それは色ではない。
すべてを混ぜて焼き切った“欠損”だった。
直撃。
蛇の胴体が崩れる。
蛾の翅が焼け落ちる。
腹部が裂ける。
そこから――
リナが吐き出された。
床に落ちる。
鈍い音。
動かない。
だが、まだ“人の形”を保っている。
ダリストは一歩でそこに到達する。
抱き上げる。
軽い。
壊れかけている。
「……名前は」
問いかけは静かだった。
祈りでもなく、確認でもなく。
ただの固定。
「……リナ……」
かすれた声。
それだけで。
ダリストの中で、何かが“位置を取り戻す”。
その瞬間。
背後で、音がした。
まだ終わっていない。
蛇の残骸が、ゆっくりと再構成を始める。
腹の顔が、歪みながら嗤う。
「名……を……喰った……」
声は途切れながらも続く。
「お前も……同じだ……」
ダリストは振り返らない。
抱えたまま、低く言う。
「違う」
静かに。
「俺は返してる」
右肩が閉じる。
最後の一撃。
発射音はない。
ただ、世界から“そこにあったもの”が消える。
静寂。
残骸だけが残る。
ダリストは歩き出す。
リナを抱えたまま。
その背で、毒色の翅がわずかに揺れた。
まるでまだ――
何かを忘れているかのように。




