18話『喰えない味』
腐敗した悪臭の中。
ダリストは、かろうじて形を保っている缶詰を拾い上げた。
指先で金属を裂く。
中身を、口へ。
――次の瞬間。
「……っ」
喉が、拒絶した。
脳が反射するより早く、身体が“否”を叩きつける。
吐き出す。
地面に落ちたそれは、ただの腐敗物として崩れた。
「……まずい」
違う。
これは味ではない。
(喰えない)
その理解が、静かに落ちる。
かつてはこれで満たされていた。
空腹も、生活も、意味も。
だが今は違う。
“命”でなければ、何も通らない。
ダリストはゆっくりと立ち上がった。
その瞬間――
視界の端が揺れた。
小さな影。
「ひっ……!」
震える声。
「ば……化け物……!!」
人間だった。
ボロ布のような服。
痩せ細った腕。
必死に抱えた缶詰。
転びそうになりながら、逃げていく。
弱い。
あまりにも。
ダリストの肩が、わずかに鳴る。
右肩の銃身が、自然に“それ”を捉えた。
呼吸よりも早く。
(……人間)
武器もない。
改造もない。
ただ“生きているだけ”の存在。
影は、閉鎖通路へ消える。
B5へ。
ダリストは、動かない。
腰の仮面に指が触れる。
冷たい。
「……化け物、か」
誰に向けた言葉かは、分からない。
否定も肯定もない。
ただ事実として、そこにある。
(逃げる側だった)
あの日。
奪われた側だった。
だが今は。
追う側だ。
喰う側だ。
胸の奥で、何かが軋む。
右目が赤く脈打つ。
左目が紫に揺れる。
――撃て。
そう言っている。
だが。
「……」
ダリストは、引き金に指をかけない。
初めてだ。
喰えるものを前にして、動かないのは。
影はもう見えない。
だが足跡は残っている。
逃げた先は、B5。
より深い階層。
より濃い“何か”。
ダリストはゆっくりと歩き出した。
毒々しい黄色の翅が、低く震える。
喰うためか。
追うためか。
それとも――
まだ、自分でも決めていない。
ただ一つだけ確かなのは。
この空腹は、もう“缶詰”では終わらないということだった。




