16話『捕食者の変貌』
どれほど意識を失っていたのかは分からない。
目を開いた瞬間、世界は異様に“薄く”なっていた。
輪郭だけが鋭く残り、それ以外の情報は削ぎ落とされている。 音も、匂いも、重みすらも、必要最低限だけが存在していた。
ダリストはゆっくりと立ち上がる。
軋みはない。 痛みもない。
ただ――“そこにある”という事実だけが身体を支えている。
足元には、実験体Eの残骸。
蜘蛛の脚。 砲身。 断裂した銃身。
かつて圧倒的な暴力だったそれらは、今はただの鉄屑として沈黙していた。
だが。
違和感は、すでに内側にあった。
右肩。
そこに“重み”がある。
ダリストは視線を落とす。
「……そうか」
そこにあったのは、武器ではない。
肉と骨に侵食され、神経と接続された――器官。
マシンガン。
「……お前は、消えたんじゃない」
指をわずかに動かす。
それに呼応して、内部で“何か”が蠢いた。
「……俺の中で、生きている」
理解ではない。 解釈でもない。
それはすでに、事実だった。
ダリストの身体は、そういう構造へと書き換えられている。
意識を向ける。
“撃つ”という概念を思い浮かべる。
その瞬間――
骨が軋み、神経が収束し、血流が圧縮される。
酸と鉄と生体組織が混ざり合い、 ひとつの“現象”へと変換されていく。
そして。
弾丸が、生まれた。
装填。 照準。 発射準備。
すべてが、思考と同時に完了する。
「……兵装、か」
違う。
ダリストは、首を横に振る。
「……いや、“俺”だ」
もはや武器を持つ存在ではない。
存在そのものが、武器だ。
全身へ視線を落とす。
皮膚は漆黒。 光を吸い込む装甲のように沈黙している。
角と牙は、血を吸ったように黒赤く濁り、 もはや“生物”の輪郭を逸脱していた。
背の翅が、ゆっくりと開く。
かつての透明な残像はない。
毒々しい黄色。
警告色。
生存ではなく、“拒絶”を示すための色だった。
それでも、ダリストにはわかる。
アストンだ。
その形質が。
その記憶が。
バイオレットだ。
侵食と再生の痕跡が。
そして、この鉄の重みは。
セドリックだ。
三つの命。 三つの死。 三つの意思。
それらが混ざり合い、ひとつの“構造”を作っている。
もう戻れない。
戻る必要もない。
「……これが、俺だ」
呟きは静かだった。
だが、その奥には確かな“方向”がある。
思い出す。
奪われた家族。 踏み潰された日常。 笑っていたはずの時間。
しかしそれすらも、今のダリストにとっては“素材”に過ぎない。
「……一人残らず」
ゆっくりと顔を上げる。
「喰らって、繋ぐ」
それは復讐ではない。
増殖。
継承。
存在そのものの拡張。
黒い怪物が翅を広げる。
次なる階層――B6へ続く闇へ向けて、一歩を踏み出す。
その姿はもはや、被験体ではない。
兵器でもない。
ただひとつ。
すべてを取り込み、更新し続ける“バグ”だった。




