30.修羅場未遂
離宮の地下から王城の執務室――の、バルコニーに転移した私は、室内に繋がる戸を開きかけた手を止めた。
頭ふわふわ女とアレンが、顔を寄せ合っている。
この位置からは二人の背中しか見えないけど、ずいぶんと頭の位置が近い。
「――だってぇ、レティさまはお身体が弱くて、お勉強の時間もなかなか取れないとお聞きしましたもの」
直接聞くと、本当に耳がぞわぞわするほどの甘ったるい声だ。
お勉強――王子妃としての学びの話だろう。
第二王子のアレンは、次期国王である第一王子を支える立場にある。
そして、アレンの妻であるレティには本来、王族としての教養を求められるものだ。
国交のある国と渡り合える語学力、その場に適した立ち居振る舞い、そして十分な社交性。
今のレティ――私が、そういったことに触れていないことは確か。
そこは満たせていないけど、アレンからも求められていない。
求められていないことだからって、甘えてはいるけど。
ちょっと、痛いところではある。
つつかれたくないところではある。
「それに……お世継ぎは、いずれにしても必要ではありません?」
頭ふわふわ女が、おっとりとした声を出した。
可愛い声だけど媚びたような響きに感じる。
「もしレティさまのお身体が耐えられないようでしたら、その義務だけでも――」
「――ちょ、っと! 待った!」
これ以上は聞いていられない。
慌ててバルコニードアを開け放った。
アレンの肩がビクッと跳ね上がり、慌てて立ち上がって私を見る。
驚いた顔をしているけど、こんなところを見られたらそんな顔になることにも納得しかない。
くっついていたアレンの腕で押し遣られた形になった頭ふわふわ女は、顔を背けて肩を震わせている。
「レヴィリア! どうしてここに……」
「どうしてって……いや、その……」
「もしかして、今の会話を聞いていたのか?」
「そ、それは……」
中途半端にバルコニーと部屋の境目に立ち止まったまま、盛大に視線を泳がせた。
そう言われても、今の私には肯定も否定もしにくい。
しかし、頭ふわふわ女が、まだ私の方を見ないままでいる様子がどうしてもムカついた。
「――……そっ、そうよ! すべて聞かせてもらったわ」
「そうか。良かった」
「良かった!?」
つまり何。
レティは正妻として置いておくけど、その上で妾でも囲うということなのか。
国王はまだしも、王子、それも第二王子に側妃をつける制度なんてこの国にはない。
「良かったって、なに。何言って――」
勢いよく足を踏み出そうとしたとき、ふと気が付いた。
ここには、あの温室と同じ香りがある。
マリアの温室――あそこには、本来なら異なる季節に咲く花が一斉に咲いている。
それらが重なった特有の香り。
私が不自然に動きを止めたとき、アレンの視線が頭ふわふわ女に向いた。
明るくてふわふわとした柔らかそうな金髪の色が、少しずつ淡くなっていく。
豊満な胸元がすっきりとして、なだらかにくびれた腰が華奢な細身に姿を変える。
振り返ったその顔を見た瞬間、私は悲鳴を上げそうになった。




