28.きっかけは些細なこと
「……おかしい」
アレンとのお茶会もとい私の自白会から、既にひと月。
離宮に戻ってからの生活は何も変わっていない。
昼間はレティとして暮らしていて、夜は魔法の研究や実験をしている。
強いていえば、7日に1回アレンが顔を出すことくらい。
それもお菓子を差し入れたら、長居することもなく帰ってしまう。
「……解せないわ」
差し入れのケーキを頬張りながらぼやいた。
王都でもかなり人気のものらしく、確かに美味しい。
(いや、そうじゃなくて)
ケーキの美味しさに誤魔化されそうになったが、そもそもアレンが自ら差し入れに来る必要がない。
顔を見に来たのか顔を見せに来たのか。
(わざわざ離宮まで馬車を走らせて?)
どちらにしても必要性は全くない。
むしろアレンにだけ手間がかかっている。
それとも油断させる作戦か何なのか。
ケーキを食べ終え、紅茶を飲んで一息ついているとノックが届いた。
「レティ様。魔法使い様がお見えに……」
「えっ? ……あっ、ええ! すぐに向かいます」
(ちょうど良いとこに!)
急いで立ち上がり、ドレスにクリームが落ちてないかをザッと確認してから部屋を出る。
待ってくれていた侍女は、私の顔色を見て安堵した様子を見せた。
人払いの口実で、レティは身体が弱いということになっているからだ。
そのあたりは少し申し訳なさがある。
応接室に入ると、マリアが待っていた。
アレンのときと同様に、侍従たちに目配せをして人払いしておく。
その点はアレンが既に『王子妃とはそういうものだ』と示してくれているから助かる。
「マリアーっ」
「お元気そうで何よりですわ」
向かい側のソファに腰を下ろすと、マリアは少し呆れた様子を見せた。
ちょっと見慣れてきた表情だ。
侍従たちが退室前に準備を終えてくれたお茶を飲んだマリアは「それで」とさっそく話を切り出した。
「いかがお過ごしかしら」
「びっくりするくらい平穏」
「まぁ、それは何よりですわね」
「や、待って待って。ホント、怖いくらい平穏なのよ」
思わず身を乗り出してしまった。
マリアはしれっとクッキーを食べている。
「ていうか、どうしてマリアが来たの? 何か用事?」
「殿下の計らいですわ。レティが城に来るよりも、わたくしが離宮を訪ねる方が良いでしょう?」
「それはまぁ、うん」
「そういうことですわ」
アレンが色々と手を尽くしてくれているらしい。
そう聞いても感謝や安堵よりも、先に疑いが来てしまう。
「王子の目的は何なの、いったい」
「あなたが心地良く、そして不自由なく過ごせるようにすることでしょうね」
「……ええ? そのために王室付き魔法使いまで使うの?」
「優先度の違いでしょうから。何かご不満でも? 殿下にお伝えしておきますわ」
「いやっ、不満はない。ないのよ、本当に。ただ……」
「ただ?」
マリアは、ゆっくりと首を傾げた。
「……うーん、その、ここまでされると、ちょっと怖いっていうか」
「あら、今のところは受け入れてしまえばよろしいのではなくて?」
マリアは素っ気ない。
巻き込まれているとも言えるけど、そもそもの発端はマリアだ。
言い返そうかと思ったものの、私が逆の立場だったなら迷惑極まりないからやめた。
マリアは気が長いけど、怒らせると怖い女ではある。
「先ほども言いましたけれど、殿下はあなたが心地良く、不自由なく過ごせる環境を整えておられるだけですわ」
「それはそうなんだけど……」
「不満がないのでしたら、受け入れて差し上げては? 今の殿下には打算を挟む余地はありませんのよ」
「そうかなぁ……」
ここまでしてやったのだから、なんて言われたら逃げられない気がする。
ちらりとマリアを見ると、やっぱり呆れている眼差しを向けられた。
「気になることがあるようでしたら、殿下に直接お聞きなさい」
「何か企んでますか?って?」
「口は災いの門でしてよ」
言葉を慎めということらしい。
カップに注がれた紅茶を飲んで、ひと息ついてみる。
アレンが考えていることは、何ひとつ分からない。
あの日、彼が言っていた言葉を頭の中に思い浮かべても、ピンと来なかった。
「……落ち着かないのよ」
頭に浮かんだまま自分で言ってみて、腑に落ちた。
落ち着かない。この毎日の、平穏で平和で、私にとって都合の良い日々。
王子妃として何不自由なく過ごし、社交も基本的には免除され、王都のお菓子を差し入れてもらう悠々自適ライフ。
衣食住を満たすどころか研究資金まで与えられ、実験の場所や素材にも事欠かない。
「……私、ここまでしてもらえるようなこと、王子にやってないもの」
「殿下側には、それだけの事情がおありですのよ」
「でも、はっきり言って昔の話よ? 落ちそうになった子どもを助けただけ」
「そうだとしても殿下にとっては些末なことではないでしょう」
「……つまり?
「あなたには、それだけ尽くすだけの価値があるということですわ」
「長年追いかけ続けていた魔法使いが手に入ったから?」
思わず言い返すと、マリアの顔色がみるみる変わっていった。
一度目を見開いたあと、眉間に皺が寄っていく。
機嫌の悪い小型犬みたい。
「優秀な魔法使いが手に入ったから、篭絡しているだけ――とお考えでしたら、あまりにも曲解が過ぎますわ」
「……つまり?」
「これ以上は、わたくしの口からお伝えすることではございませんわ。気になるようでしたら、殿下にお聞きなさい」
「ええ……」
クッキーを食べてみた。
サクサクと甘い。
「このままでは、殿下があまりにも不憫ですわ」
クッキーを口に入れた手がビクッと震えて止まった。
何となく、マリアに視線を向けられなくて、クッキーの入った皿を見つめてしまう。
視線を上げられずに固まっている私を見て、マリアは溜め息をついた。
「前にもお伝えしましたけれど……殿下はあなたが思っているほど、あなたが望まないような扱いはしませんわ」
それは確かに聞いた。
でも、本当に私は大したことなんて何もしていない。
国を救ったわけでもなければ英雄というわけでもない。
本当に、ただ、怪我をしそうだった子どもを助けただけ。
それも、別に魔物から救い出したとか、そんなおおげさな話でもない。
私が戸惑っていると、マリアが「レヴィリア」と呼んできた。
おずおずと視線を持ち上げる。
すると、マリアは思ったよりも優しい表情を浮かべていた。
「まったく、あなたという人は……困った方ですわね。不安でしたら、きちんと殿下と向き合いなさいな」
「それができれば苦労しないんだってばー」
「これ以上は面倒ですわ。あまりもだもだしていると、わたくしがまた殿下をお呼びしますわよ」
「あれは本当に心臓に悪いから勘弁して」
「でしたら、次の来訪の際にでもお話しをなさって」
そっと立ち上がったマリアを見上げる。
今の私は、きっと情けない顔をしているに違いない。
レティの顔で、変な表情を浮かべているだろうけど、マリアは私を笑わなかった。
「自信をお持ちになって。安心なさいな、殿下はあの男のようにあなたを嘲ることはありませんわ」




