25.一難去ってまた?
城の敷地の最奥には、王室付き魔法使いの住む建物がある。
そこに住んでいるのは、今はマリアだけだ。
異なる時期の花々が咲き誇る温室の中で植物の世話をしていたマリアが、これでもかという呆れ顔で私を見た。
「――嫌ですわ」
「まだ何も言ってないのに!」
開口一番、一蹴された。
慌てて近くに駆け寄っていくと、迷惑そうに眉を寄せられてしまう。
「ちゃんと王子の望みを聞いてきたのよ!」
「お座りなさいな」
マリアの指が示したアンティークな椅子に座ると、傍らのテーブルにティーセットが現れた。
「あなたのことですもの、どうせ"聞いた"だけなのでしょう?」
「……あー……いやぁ、その……」
「でしょう?」
向かいの椅子に腰を下ろしたマリアは、指先で撫でたカップを一瞬にして紅茶で満たした。
マリアは、生活に密着しているこういった魔法がとても上手だ。
「……振ってくれって、言われたのよ」
「でしたら、その通りにお断りして差し上げればよろしいのでは?」
「そんな簡単に」
「簡単な話ですわよ」
マリアは優雅な仕草でカップを口許に運んだ。
「あなたにとっては、ですけれど」
何となく棘のある一言に、さすがの私も気が付いた。
カップに落としていた視線をそっと向け直す。
すると、マリアはソーサーにカップを戻した。
「殿下にとっては、決して簡単な話ではありませんのよ」
たしなめるような調子で言われた。
「殿下はずっと悩んでおられましたの。夜な夜な、あなたを探して森に出る危険を冒してまで、ずっとあなたを求めていらしたの」
「……う、うん。そうみたいね」
それは、彼から直接聞いたわけではないけど、わかっている。
私が頷くと、マリアはやっぱり呆れたような眼差しを向けてきた。
「むずがゆいですわ」
「え?」
「あなたがたは、ずっと遠回りしていますもの。もどかしくてなりませんわ」
「つまり?」
「見ていて腹が立ちますわ」
ぴしゃりと言われた。
「どうして殿下に正体を伝えて差し上げないのか、理解できませんわ」
「だから、それは……」
「王族に縛られたくない――という気持ちには共感しますわ。でも、それでしたら、そのようにお伝えになればよろしいのでは?」
「そ、そうだけど……」
私が口ごもると、マリアは溜め息をついた。
「わ、わかってる。わかってるのよ、その、私が断ればいいだけってことは……」
私が――レヴィリアが彼の気持ちを受け入れられないと拒絶すれば、彼はきっとレティと向き合う、はず。
お茶会のときだって、レティが嫌な思いをしないかどうか。それを気にして心配してくれていた。
「あなたが守っていると言ったから、殿下がレティを気遣っているのではないか――なんて考えているのでしょう?」
「……マリアって、読心魔法も使えたっけ?」
「そのようなものは不要ですわ」
呆れた様子で肩を揺らしたマリアは、姿勢を少し崩して椅子の背もたれに背を預けた。
「殿下は決断なさいましたのよ。あなたに想いを告げること、そしてあなたが拒絶すれば想いを断ち切ること。どちらも殿下の決断ですわ」
マリアの指先が、なめらかな陶器のカップをなぞった。
その視線がちょっと怖くて、ついつい手元を眺めてしまう。
「今度はあなたが決断する番でしてよ。それとも、永遠にレティとレヴィリアを使い分けていくおつもりですの?」
とってもデジャブ。
昨日のお茶会でも同じことを言われた。
マリアの苛立ちがヒリついた空気として肌を刺してくる。
「……王子の望みって言われても……私に振られることでしょ?」
「殿下がそのようにおっしゃったのなら、そうでしょうね」
マリアは嘆息交じりに言ってからテーブルの中央に手をかざした。
小さな光と共にチーズケーキが呼び出される。
ひとつの皿を私の前に移動させたあと、マリアはフォークを手に取った。
「あなた、昨日の言葉は覚えていて?」
「ええっと、どれ……?」
「騙し続けるみたいになって罪悪感、と」
「あー……うん。それは……嘘じゃないのよ。レティとして接してるとき、なんていうか、居心地が悪くて……」
騙しているようだ――というか、普通に騙している。
アレンは私がレティだとは知らない。
レティとレヴィリアが繋がっていることは認識していて、過去に疑ったことはあっても同一人物だと確信しているわけでもない。
「あなたは殿下のことを、もう少しきちんと見るべきですわ」
「王子のこと……?」
「そうですわ。殿下はあなたにも、そしてレティにも誠実に接しておられましてよ」
マリアが手で勧めてきたチーズケーキを一口大に切って口に運ぶ。
しっかりとした味。でも、濃すぎない。とてもお上品。
「殿下はあなたが思っているほど、あなたの望まないような扱いはしませんわ」
マリアの言葉は、きっと正しい。
よくよく思えば――アレンはレティに無理はさせなかった。
レティを離宮に追いやったことを未だに悔いている。
忙しい合間を縫ってわざわざ馬車を走らせて離宮に通い、執務の合間にお茶会のことも気にかけていた。
「もう一度くらい、きちんとお話しをしなさいな」
チーズケーキが半分になったとき、マリアが立ち上がった。
顔を持ち上げると、優雅に一礼をしているマリア、そしてその向こうに――
「――っ」
まさかの、アレンが立っていた。




