23.ようやくの再会
マリアに相談しようかと思って――やめた。
絶対に余計なことをしたと言われるし、たぶん、いや、絶対怒られてしまう。
夜会から――というかアレンから逃げ出した昨晩は、そのまま調子が悪いといって部屋に引きこもった。
そして今朝がた、調子はどうかと侍女に聞かれて「少し悪い」と答えて離宮への出発を先延ばしにした。
本当はさっさと離宮に帰りたいし、引きこもりたいし、研究がしたい。
(……けど、今の状態じゃ、なぁ)
人払いをした室内。ベッドの上に腰かけて、お行儀悪く頬杖をついた。
しばらくそうしていたけど、お腹が空いてきたあたりで意を決して立ち上がる。
パチンッと指を鳴らしてレティの姿からレヴィリアの――本当の私の姿に戻る。
鏡の前に立ってシンプルなドレスを適当に手で払って整えてから窓に向かった。
体調を理由に朝食は一緒に摂らなかったけど、この時間ならアレンはきっと執務室にいる。
バルコニーに出て建物をぐるりと確認したあと、空中に足を踏み出した。
(確認するだけ……そう、確認するだけだから!)
誰にともなく言い訳をしながら、トントンと空中を歩いてアレンの執務室――の窓前に辿り着いた。
室内にはアレンだけがいて、机へ静かに向かっている。
他の人がいたらちょっと様子見をしようと思っていたのに、むしろ今しかチャンスがないタイミングだった。
私はちょっと怖気づいた気持ちになりつつも覚悟を決めた。
片腕を大きく振るい、音もなく窓を開かせる。
ふわりと発生した風に驚いたアレンが顔を上げた。
「――っ」
私の長い銀髪とは対照的な、太陽を思わせる金の髪が揺れて、氷のような深い青の瞳が私を捉える。
「レヴィリア――?」
信じられないものを見たという眼差しが、数秒ほどで解けた。
はなやぐように頬を緩めたその表情は、見たことがないくらい柔らかい。
アレンは、風に浮かされた書類が落ちることも気にせず立ち上がった。
重要そうな書類たちが床に散らばっているのに、そちらには目もくれない。
「レヴィリア、会いたかった!」
真っ直ぐに私を見つめながら、アレンは上擦った声を上げた。
まるで子どもみたいに、きらきらとした目。
私は思わず後ずさりしそうになって、何とか留まった。
今日は話を聞くと決めた。決めたのだから逃げていられない。
バルコニーに着地すると、アレンはすぐさま駆け寄ってきた。
そして、私の手をぎゅうっと握り締めてくる。
ちょっと戸惑っていると、アレンは「ああ」と声を漏らした。
「ようやく会えた、レヴィリア! 君に伝えたいことがあるんだ」
どこかで聞いたことがある言い回しだと思ったけど、夜の森で会ったときに言われたことだった。
あのときはさっさと立ち去りたかったし、妻がいる身で惚れたとか何とか言い出すのかと思って逃げてしまった。
でも、あれはアレンとレティが結婚したあとのこと。
(昨日、なんて言ってた?)
好きな人がいるから、お飾りの妻にした――と言っていたはず。
だとしたら、前後関係がおかしくなってくる。
さすがに鈍い私でもちょっと気づいてきた。
「ああ、すまない。驚かせたな。レヴィリア、少し待っていてくれ」
アレンはどこかはにかむような笑みを浮かべて私の手を解放すると、急いで机へと向かった。
その表情も、仕草も、どこか子どもっぽい。
まるで少年のようにすら見えた。
「これだよ、レヴィリア」
引き出しの奥から小箱を取り出したアレンは、笑みを浮かべて近づいてきた。
開かれた状態で差し出された箱には、ひとつのリングが入っている。
純粋な魔力の結晶を削り出して作られたそれは――
(――あっ)
十年以上も前に、私が失くしたものだった。
チェーンに通して首から下げていたのに、気づいたら落としてしまっていたもの。
手にとってまじまじと確認してみると、内側にきっちり刻印が残っていた。
間違いなく、私のリングだ。
「どこでこれを?」
「覚えてない?」
私の問いに対して、アレンは別の問いを投げてきた。
話が見えてこない。
何のことかと首を傾げると、彼は少し困ったように眉を下げた。
「無理もないよ。ずっと昔の話だ。日向の森――大きな湖を囲む森で、君は私を助けてくれた」
「日向の森……あっ」
そこまで言われて、やっと思い出した。
素材採取に向かった森に、随分と身なりの良い子どもがいた。
違和感がすごかったから、それ自体はよく覚えている。
近くの村の子ではないだろうと思っていたら、案の定、森に慣れていない様子だった。
最初は気にせず採取に没頭していた。
でも、次にふと見かけたとき、子どもは草に覆われて隠れていた斜面に気づかず、転がり落ちる寸前だった。
「……あの時の子?」
「そうだよ」
思わずリングと彼を交互に見てしまった。
屈託なく笑う様子は、あのときの――少年のものとよく似ている。
いや、元々こうなのかな。レティには、あまり向けられたことのない表情だ。
「あれからずっと、君を探していた。このリングは、あのとき君が落としたものだろう? 返したかったんだ。会えて良かった」
アレンの視線が、私の手元――リングに向いた。
魔法使いは通常、魔法そのものや魔力によって寿命を随分と伸ばしているものだ。
理由は研究のためだったり魔力の維持だったり、そもそも魔法の探求自体に時間が足りなかったり、さまざまだけど。
とにかく、そうやって寿命を伸ばして若い肉体を保つことが多い魔法使いは、何十年、ときには何百年と生きる。
そして、魔法で移動するのだから生活圏も移動距離も基本的には関係ない。
だから、魔法使いを、ただの人間が探し回るなんて無謀で途方もない話――のはず。
「……国中にお触れでも出せば良かったのに」
それこそ、王子としての立場を利用できるはずだ。
私が思わずつぶやくと、アレンは小さく首を振った。
「魔法使いは目立つことを嫌う者もいると聞く。逆効果になることを恐れたんだ」
「あー……」
マリアの入れ知恵だろうか。
何にしても、納得がいく。
(実際、お触れなんて出されたら……ビビって逃げる自信しかないもの)
私がリングに視線を落としていると、アレンが足元にひざまずいた。
ちょっとぎょっとしてしまう。
「レヴィリア、聞いてほしい」
私の戸惑いなんて知りもしないで、アレンは緊張気味に声を出した。
「ずっと君のことが好きだった。忘れられなかったんだ。君に会えるかどうかも分からないのに、それでも気持ちは変わらなかった」
子どものアレンと会ったとき、私は既に大人と呼ばれる年齢の少し手前程度だった。
あの頃から少しは見た目が成長したかもしれないけど、年の取り方は他の魔法使いと同様に緩やかだ。
私の時間間隔でいけば、アレンはあっという間に青年から遠ざかっていく。
今のアレンの年齢からして、十年と少し、ずっと探していたことになる。
「君はあの頃と変わらない。本当に美しい。それに、美しいだけじゃない」
アレンは、小さく首を振った。
美しいと言われること自体、嬉しくはあったけど、でも慣れた言葉でもある。
だから、否定が入ったことが少し意外に感じられた。
「見ず知らずの子どもだった私を、慌てて助けてくれた。魔法使いは他人に無関心だと聞いたこともあるが、君は違う」
ゆっくりと私の手を取ったアレンを見下ろしていると、ちょっと妙な気持ちになっていた。
さすがにこんな褒められ方をしたことはなくて、戸惑いが強い。
アレンの目は、真っ直ぐに私を見据えている。
あれ、アレンってこんな顔だったかな。ちょっとゲシュタルト崩壊しそう。
「レヴィリア、好きだ。ずっと好きだった。今でもこの気持ちは変わらない」
口の端が持ち上がりそうになった。
そっと立ち上がったアレンは、私の手を取ったままで見据えてくる。
「だが、……変えなければならないとも思っている」
目を閉じたアレンは数秒ほどして、大きく息を吸ってから瞼を持ち上げた。
「レヴィリア、私を振ってくれないか」
「……は?」
真剣な眼差しと共に吐き出された言葉を受け止め損ねた私は、思わず間抜けな声を漏らした。




