22.夜会の傍らで
マリアとお茶会をしたその日の夕方頃。
王宮に留まっているのなら、と夜会の話が回ってきた。
(離宮に帰ってたら、出る必要はなかったのになー)
体調が悪い振りをしたら、離宮に帰る日程が遅れる。
体調が良いことにしたら、夜会に出るよう言われる。
どっちにしても詰んだ私は、大人しく夜会へ出ることにした。
(といっても、何も分からないんだけど)
夜会で何をするのかも知らないのに、どうしろというのか。
イブニングドレスを身に着けて飾り立てられた私――レティは、普段の地味さが少し改められていた。
迎えに来たアレンは私を見て「きれいだ」と言った。いつもとは違う色のドレスは確かに目立つ。
彼と共に会場へ入ったあとは、それはもう目まぐるしい。
開会のダンスに始まり、次から次へと音楽に合わせたダンスの時間に入った。
ダンス後の晩餐は立食式で、次々に人がやってきて挨拶してくるから全く休まらない。
食事を邪魔してほしくなかったけど、こういうもの、らしい。社交界め。
貴族たちの名前は長ったらしくて覚えていられない。子息やら奥方やら紹介されたが、笑みを浮かべてやり過ごした。
「疲れたか?」
挨拶の人波が落ち着いた頃、アレンが問いかけてきた。
疲れてないけどもっと食べたいです、とは言えない。
「……ええ、少し」
控えめに答えてみた。
こういう感じで良いのかと思っていると、アレンは私をバルコニーへと連れ出した。
他に人の姿はなく、室内からの灯りも音楽も届いてはいるものの人の目がないだけ楽だ。
アレンは私のことを気にして、わざわざ連れてきてくれたらしい。
あとはアレンが室内に戻ってくれたら、完璧なんだけど――と思っていたら、肩に触れられた。
「レティ。まずは謝罪させてほしい」
「は、はい?」
「すまなかった」
アレンは正面から私を真っ直ぐに見つめて謝罪した。
私は何を謝られているのかも分からなくて思わず眉を寄せたけど、アレンはそれを困惑と受け取ったらしい。
「困らせてばかりだな。正直に言おう。……私には、好きな女性がいる」
「は、はぁ……」
(待って待って急に何の話?)
今後こそ私は露骨に困惑した。
アレンは真剣な顔をしている。
「叶わない想いだとは分かっている。だが、このような気持ちでは君と向き合えないとも感じているんだ」
「……それで『昼間だけの花嫁』になってほしい、とおっしゃったのですか?」
「そういうことだ。身勝手で申し訳ない。君には本当に不自由を強いている」
(いや嬉しかったんですけど)
離宮にいれば社交の場に出なくていい。
夜は好き放題に時間が使えて、王子妃としての予算も使いたい放題できる。
そのために離宮へ連れて行く使用人の数は最小限にして、わざわざ地下室に籠っている。
「いえ、そんな、不自由だなんて思っていません」
私は本心からそう言ったものの、アレンは申し訳なさそうな顔をした。
そんな顔をさせたいわけではないのに、どう言えばいいのか言葉が浮かばない。
絶妙に気まずい沈黙が落ちた。
これなら夜会の会場にいた方が楽だったかもしれない。
向き合ったままの夫婦――傍目にはロマンチックに見えているかもしれない。
「あの、殿下。お聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「その……殿下が懸想されている方、というのは……」
「……ああ」
アレンは眉を下げながら、ゆっくりと中庭へ視線を転じた。
月明かりに照らし出された横顔。
森の中でも見たけれど、こうして近い位置で見ると少し印象が違う。
「――レヴィリアだ。レティ、君のことを守っている魔法使いだよ」
アレンに触れられている両肩が小さく跳ねた。
驚きに目を見開いた私を見たアレンは「彼女から聞いたんだ」と言葉を続ける。
「君がここにいる限り一帯の安全は保障すると言っていた」
(「あの子がいる限り、このあたり一帯は私が守るわ」――って言った、確かに言った)
口が滑って、つい。
レティが隣国のスパイだと疑われたくなくて、つい。
私の適当な言い訳を、アレンはずっと気にしていた、らしい。
「君たちにどのような繋がりがあるのかは知らないが、私は彼女から君を託された。君の願いを教えてくれないか」
アレンは、私を――レティを、真っ直ぐに見つめている。
婚姻早々病気になったものとして離宮に追いやった妻を前にして、アレンは罪悪感に苦しんでいた。
(……別に託してない)
私が口を引き結ぶと、アレンは目を伏せた。
その手は私の肩に触れたまま。
まるで逃さないと言っているようだ。
私は干渉してほしくなくて、疑ってほしくなくて、あんなことを言っただけ。
背負ってほしいなんて思っていなかった。なのに、アレンはそう受け取らなかった。
「……殿下」
「なんだ」
アレンの視線が私に戻ってきた。
彼の目には、茶色の髪と茶色の瞳の、大人しい女が映り込んでいる。
マリアの言葉を思い出しながら、意を決して声を出した。
「殿下が望まれていることは、どういったものでしょうか」
アレンは少し戸惑った様子を見せた。
その瞳が揺れて、でも、私からは外れない。
これまで王子妃レティは、ただただ受け身な女――として振る舞ってきた。
今になって彼の望みを聞きたがるのは妙だったかもしれない。
「君に言うべきかは、迷うが……」
「おっしゃってください。私がお聞きしたいのです」
魔法使いレヴィリアを手元に置いておきたいのか。
魔道具も魔法も、いくらでも使い道がある。
私が食い下がると、アレンは小さく頷いた。
「……レヴィリアに会いたい。できれば、日の光のもとで」
そう言ったアレンは、そっと中庭に顔を向けた。
最近、レヴィリアとして彼に何度か会ったけど、確かに夜ばかりだった。
表向きの妻を置いて既婚者としての立場を得たアレン。
その表向きの妻も、わざわざマリア――事情を知る魔法使いを頼った。
適当な貴族の娘ではなく、許嫁相手でもない。
(想いを寄せられない相手を選ばなかった、ってこと?)
でも、私にはそこまで想われる理由が思いつかなかった。
やっぱり多少なりとも美化されているような気がする。
頭の中で、マリアの声が繰り返された。
『第二王子の花嫁探しが始まりますわ。その宴に参加なさい。そして王子の望みを叶えなさい』
王子の望みは、昼間だけの花嫁を――お飾りの妻を得ることだと思っていた。
「……お伝えしておきます」
気が付いたときには、そう返していた。
アレンの目が見開かれる。
しまった――と思った。思ったけど、もう遅い。
私はアレンを振り払って、その場から駆け出した。




