21.魔法使いの裏お茶会
お着替えのあと、早く離宮に帰りたくて「疲れた」と言ってしまったら、王宮で一泊することになってしまった。
大変うかつだった。馬車に乗せて時間をかけて離宮まで戻るなら、当然ここに泊まりなさいという話になってしまう。
ただ、アレンは忙しいようで、今日は時間が取れないらしい。
(アレンがいないのはありがたいけど)
あの後のお茶会がどうなったのかは知らないが、侍女たちの反応からすると大変なことになったみたい。
だだっ広い寝室で目を覚ました私の身支度を整えてくれたのは、離宮でも世話をしてくれている侍女。
丁寧に髪を梳かしてくれていて、本当に上手に髪を結ってくれる子。
元々王宮で着ていたドレスは、離宮で着ているドレスと比べて少し華美。
ただ、王宮ではそれでも質素な方らしい。あれだけの予算がつくならそりゃあね、とは思った。
その予算を魔法研究に回してほしい。切実に。
「あーあぁ、ドレスも宝石もいらないから研究費がほしいわ」
「そのように思うのでしたら、王室付き魔法使いになればよろしいのでは?」
愚痴りながら紅茶を飲む私の正面には、その王室付き魔法使いさまであるマリア。
普段は離宮にいる王子妃レティと王室付き魔法使いマリアのお茶会。
と言ったらなかなか仰々しいけど、私はむしろ気が楽だった。ご令嬢とのお茶会の方がつらい。
「いやよー、王室付きになったら王族の面倒ごとも引き受けなきゃならないじゃない」
「ええ、そうでしてよ。今、この瞬間のように」
「すみません……」
広い一室には、私たち以外に誰の姿もない。
王室付き魔法使いが王族と話をするときは、こうして人払いをするものらしい。
マリアの言う王族には、アレンの妻であるレティも含まれる。いや、もう、本当にごめんとは思うんだよ。
「昨日のお茶会のことですけれど」
マリアがティーカップを置いた。
「ローズローザ・マレッセン公爵令嬢、及びマレッセン公爵家は、しばらく王宮には入れなくなるでしょうね」
「へえー、そうなの? それって重い罰?」
「大層重たい罰でしてよ」
マリアがちょっと呆れた目をした。
王宮事情なんて分からないんだから仕方ないじゃないの、と思ったけど言わなかった。
「まず、社会的な信用は失墜ですわね。王宮で開かれる宴や会議から除外されることで、主要なコネクションも失うでしょう」
「もっと分かりやすく言って」
「つまり村八分ですわ。村の施設は使えず、畑も取り上げられ、お買い物もできず、孤立させられてしまいますの」
「ああー、とっても分かりやすい。ありがとう」
なるほど、それは相当重い罰だ。
けど、そこまでしないといけないのかどうなのか。
少しだけ考えたけど、王族にも王宮にも詳しくない私には判断がつかない。
「……そもそも、そんなに重い罪になるの? ハーブティーをドレスにかけてきただけよ?」
「その行為自体が事故であれば、それほど大きな問題にはならなかったでしょうけれど」
肩を竦めたマリアは外に視線を転じた。
窓の向こう側には昨日のお茶会会場である庭園が広がっている。
今は誰の姿もない。
「意図的に王子妃を辱めようとした――と、考えられたのでしょうね。それも公衆の面前、挙句に第二王子への虚偽証言。救いがありませんわね」
「ああ、そうねぇ……嘘はついてたわよね」
「正直なところ、公爵家に対しては多少温情が掛けられるかと思いましたけれど……殿下は相当お怒りのようですわね」
「あっ、メルティアって子は? どうなったの?」
「メルティア・エンデス伯爵令嬢に対しては、特にお咎めはございませんわ」
「そうなの?」
意外そうにしている私に視線を戻したマリアは、ケーキを口に運んだ。
「今回の件を見逃す代わりに今後の振る舞いに気を付けよとの警告だけ。……他のご令嬢に向けた牽制の意味もあるのでしょうね」
「うっわ王宮内政治だるいなー」
各ご令嬢も貴族の家々同士も、そのあたりは結構複雑な事情が絡みそう。
勢力争いにも貴族のお家騒動にも興味はないけど、とにかく私を巻き込まないでほしい。
「何をおっしゃいますの。今後、あなたはその渦中に身を置くことになりますのよ。第二王子の妻ですもの」
「最悪すぎる……」
「ですから、王室付き魔法使いになることをおすすめしますわ」
「それは嫌なのよー」
「もしくは」
フォークを置いたマリアは、布で口許を拭ってから私を見た。
「レヴィリアとしての正体を明かして、勢力図を塗り替えるか、でしょうね」
「でしょうね、って」
「有効な手はそれしかありませんわ。誰も魔法使いに逆らいたくはありませんし、王子妃にいらぬ手は出しませんもの」
「昨日ハーブティーかけられたんですけどー。しかも悪口大会だったんですけどー」
「それはレティが平民だから、という理由だけですわ」
私が眉を寄せると、マリアは平然と言った。
「平民が相手なのだから、露見しなければ何をしても良いと考えている者すらいますのよ」
「うへぇ……」
「加えてレティは王子妃でありながら当の夫である殿下から離宮に追い遣られたという立場ですもの、後ろ盾は何もないと見ていたのでしょうね」
「あー、それで強気だったわけ」
「そういうことですわね」
いじめてもいい相手だと思ったから意地悪をした、ということか。
納得はできるけど、理解はできない。
自分が危害を加えられたわけでもないというのに、どうして積極的に嫌な思いをさせたくなるのか。
そもそも相手が嫌な思いをしたからといって、自分は何も手に入らないのに。ハイリスクノーリターン。謎の労力すぎる。
「魔法使いとしての正体さえ明かしてしまえば、『王室付き魔法使い』の身分がなくとも誰も手は出しませんわ」
「でも、アレンに私がレヴィリアだってバレたら、ぜーったい面倒くさいことになるでしょ」
「ならないとは言い切れませんけれど、話せばある程度は理解を示してくださるとは思いますわ」
「理解ってー……」
むしろ私がアレンを理解できていない。
あんなにもレヴィリアのことを好いているのも意味が分からない。
分からないといえば。
「そういえば、どうしてアレンに魔法の手鏡を貸したの?」
「殿下からのご依頼ですわ」
「私を監視したいって?」
「いいえ。レティが心配だ――と、そのようにおっしゃっていましたのよ」
「心配ぃ?」
思わず声が裏返る。
マリアからは、また呆れた眼差しをもらった。
「レティは王子妃でありながら、これまで単独で社交の場に出たことがありませんわ。加えて普段は離宮にいて、王宮内にコネクションもないでしょう?」
「それはそうだけど」
「殿下としては同席が望ましいようでしたけれど、さすがにご令嬢のお茶会に水を差すこともできなかったのでしょう」
「……つまり?」
「殿下はあなたを――レティを、守りたかったということですわ」
紅茶を一口飲んだマリアが私を真っ直ぐに見つめた。
何だか、まるで私が責められているような気分になってくる。
「何かあれば、すぐ駆け付けられるように。何もなくとも、レティが嫌な思いをしないか、見守っていたということでしてよ」
「へえ」
「お分かり? 殿下はレヴィリアとしてのあなたの言葉を受けて、レティに向き合おうとされていますのよ」
「へ、へえ……」
「それなのに、あなたと来たら」
マリアは盛大に溜め息をついた。
「小手先の誤魔化しで事態を悪化させてばかりで」
「うぅ、そこは面目ないけど」
「これからどうなさるおつもり? このまま、レティとレヴィリアを使い分ける生活を続けるおつもりでして?」
「それはー……難しいのよねぇ」
アレンがレティとしての私を放置してくれるのなら別だったけど、気に掛けるようになってしまったら事情が違う。
美味しいケーキを口に入れて、口の中いっぱいに甘さを堪能しながら考えた。
「さすがに騙し続けるみたいになって罪悪感……いや、待って。そもそもマリアが花嫁探しに参加しろって言ったじゃない」
「そうですわよ」
「だったら――」
「あなた。お忘れではなくて?」
私の言葉を遮ったマリアは、細い指を自分の頬にあてながら嘆息した。
「あのとき、『第二王子の花嫁探しが始まりますわ。その宴に参加なさい。そして王子の望みを叶えなさい』――とお伝えしましたわ」
「だから、宴には参加したし、アレンの望み通り結婚だってしたし……」
「王子の望みを叶えなさい、でしてよ」
「いや、だから、アレンの望みってとにかく結婚だけしておきたいみたいな話じゃなかったの?」
「もしそうでしたら、あなたには頼みませんわ」
マリアは冷たく言い放つと、ケーキと紅茶を味わい尽くして腰を上げた。
どうやら、まだ正解の答えどころか、ヒントもくれないみたい。
(自分で考えろ、ってこと?)
私が眉を寄せていると、マリアは少しだけ微笑んだ。




