第9話 防犯線を張る
昼間の試験営業が大成功に終わった翌日。
私は朝早くから、夜営業に向けた最重要課題に取り組んでいた。
「夜営業の最大リスクは治安問題よね」
アンナとミアちゃんに説明しながら、頭の中で対策を整理している。
前世のコンビニでも、深夜営業の防犯対策は最重要事項だった。
『でもこの世界は、前世以上に治安が不安定』
盗賊、野盗、酔っ払い...夜の危険要素は数え切れない。
「具体的にはどんな対策を?」ミアちゃんが質問する。
「まず物理的なセキュリティを強化。それから衛兵隊との連携システムを構築するの」
「すごく本格的ですね」
「安全あってこその商売よ。お客様にも、私たちにも危険があってはいけない」
私は前世の経験を総動員して、この世界なりの防犯システムを考えていた。
◇◇◇
まず向かったのは、魔法陣専門の術師の元だった。
村に一人だけいる、退役した宮廷魔術師のマーリンじいさんだ。
「おお、リリアーナ嬢。どうされました?」
小さな小屋で薬草を調合していたマーリンが、杖を止めて振り返る。
「警報魔法陣を作っていただきたくて」
「警報魔法陣?」
「侵入者を感知して音で知らせる魔法陣です」
マーリンが興味深そうに眉を上げる。
「ほほう、面白い発想ですな。どのような仕組みを?」
「扉や窓に魔法陣を設置して、夜間に不審者が近づいたら警報音を鳴らす」
『前世の防犯ブザーや警報システムの魔法版』
「なるほど...それは確かに有効でしょう」
マーリンが頷いてくれる。
「作成可能ですか?」
「もちろんです。ただし、感知の精度設定が重要ですな」
「精度設定?」
「正当な客まで警報対象にしてしまっては困るでしょう?」
『なるほど、確かに』
夜営業の客と不審者を区別する必要がある。
「時間帯による感度調整は可能ですか?」
「可能です。営業時間中は感度を下げ、閉店後は最大感度に」
「完璧ですね」
◇◇◇
マーリンと詳細な打ち合わせをした後、衛兵詰所に向かった。
衛兵隊長のグリムさんとの会談が必要だ。
「失礼します」
詰所の扉をノックすると、厳格な顔つきの中年男性が現れた。
「おや、リリアーナさん。どうされました?」
グリム隊長は四十代後半で、長年この村の治安を守ってきたベテランだ。
「夜営業の防犯対策についてご相談があります」
「防犯対策?」
「はい。何かあれば即座に連絡できるシステムを構築したくて」
グリム隊長の表情が真剣になった。
「具体的には?」
「伝令札を使った直通連絡システムです」
私は前世の防犯ブザーのイメージで説明した。
「店舗から詰所への緊急通報ができるようにしたいんです」
「なるほど...確かに夜営業なら必要ですね」
グリム隊長が頷いてくれる。
「伝令札なら即座に連絡が可能です。どんなトラブルを想定されていますか?」
「酔っ払いの迷惑行為、窃盗未遂、不審者の徘徊...」
「分かりました。我々も定期的にパトロールルートに組み込みます」
『頼もしい!』
隊長の協力的な態度に安心した。
◇◇◇
午後はオルフさんと一緒に、物理的な防犯設備の設置作業だった。
「窓に補強柵を取り付けたいんです」
「補強柵?」オルフが首をかしげる。
「鉄格子みたいなものです。見た目は重要だけど、安全第一で」
「なるほど、泥棒除けか」
オルフが図面を見ながら考えている。
「ただの鉄格子じゃつまらん。装飾も兼ねたデザインにしようか」
「お任せします」
『さすが職人、見た目も考慮してくれる』
オルフが取り出したのは、蔦の葉をモチーフにした美しい鉄格子の設計図だった。
「これなら防犯効果もあるし、店の雰囲気も良くなる」
「素晴らしいです!」
機能と美観を両立させる職人技に感動した。
◇◇◇
夕方、マーリンが警報魔法陣の設置に来てくれた。
「これが警報魔法陣ですな」
床に複雑な図形を描いていく。魔法の文字で構成された精密な図案だ。
「感知範囲は店舗前2メートル、営業時間中は感度30%、閉店後は感度100%に設定します」
「素晴らしい設計ですね」
「音量も調整可能です。通常は店内に聞こえる程度、緊急時は村中に響く大音量も」
『これは心強い』
前世の防犯システム以上の性能だ。
「設置完了です」
マーリンが最後の魔法文字を描き終える。
「テストしてみましょう」
夜間モードに設定して、私が店の外から近づいてみる。
『ピーーーーー!』
鋭い警報音が響いた。
「完璧!」
これで不審者の侵入は即座に察知できる。
◇◇◇
翌日、グリム隊長が伝令札システムの設置に来てくれた。
「こちらが送信用の伝令札です」
手のひらサイズの石板のような魔道具だ。
「使い方は簡単。魔力を込めて『緊急』と唱えるだけ」
「簡単ですね」
「受信は詰所で24時間体制です。何かあれば3分以内に到着します」
『3分!十分な対応速度』
前世の警備会社並みの機動力だ。
「それと」グリム隊長が続ける。
「パトロールルートも見直しました。夜営業中は1時間に1回、店の前を通ります」
「ありがとうございます」
「いえいえ、村の安全は我々の仕事ですから」
『本当に頼りになる』
◇◇◇
すべての防犯設備が整った午後、オルフさんが最終チェックに来てくれた。
「警報魔法陣よし、補強柵よし、伝令札よし」
オルフが一つ一つ確認していく。
「ここまでやれば安心だ」
「本当ですか?」
「ああ。俺も長年この村にいるが、これほど防犯対策が整った店は見たことがない」
オルフのお墨付きをもらえた。
「それに」オルフが続ける。
「見た目も悪くない。補強柵も店の雰囲気に馴染んでる」
『機能と美観の両立、成功ね』
その時、ガレオ村長がやってきた。
「こんにちは。防犯工事の様子を見に来ました」
「ガレオ村長、お疲れ様です」
村長が店の周りを念入りに視察している。
「これは...立派な防犯システムですね」
「はい。安全第一で設計しました」
「警報魔法陣に補強柵、衛兵隊との直通連絡...」
村長が感心している。
「こんなに安全対策してくれるなんて、正直驚きました」
「村の皆さんに安心してご利用いただきたくて」
「これなら許可した甲斐があった」
村長の満足そうな表情を見て、私も安心した。
◇◇◇
夕方、近所の村人たちも見学に来てくれた。
「噂の防犯システムを見に来ました」
主婦グループが興味深そうに店の周りを見ている。
「すごいですね、この鉄格子」
「綺麗なデザインなのに、しっかり防犯効果もありそう」
「夜でも安心してお買い物できますね」
『村人の信頼も得られた』
安全への取り組みが、そのまま信頼に繋がっている。
「それに」一人の女性が言った。
「こんなに真剣に安全を考えてくれる店なら、商品も信頼できるわ」
『なるほど、そういう効果もあるのね』
防犯対策が、商品の信頼性向上にも繋がっている。
◇◇◇
夜、最終的な防犯チェックを実施した。
「システム全体のテストをしてみましょう」
ミアちゃんとアンナと一緒に、様々なシナリオを想定してテストする。
「まず、通常の客の入店」
問題なし。警報は鳴らない。
「次に、閉店後の不審者接近」
『ピーーーーー!』
即座に警報が鳴った。
「伝令札のテスト」
『緊急』と唱えると、数秒後にグリム隊長から返信が来た。
『受信確認。何の緊急ですか?』
「テストです。すみません」
『了解。システム正常ですね』
完璧な動作だ。
「これで夜営業の準備完了!」
私は満足感いっぱいで宣言した。
◇◇◇
深夜、一人で店舗の最終確認をしていると、グリム隊長がパトロールで通りかかった。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。もう夜営業の準備はできたんですか?」
「はい。防犯対策のおかげで安心して営業できそうです」
「それは良かった」グリム隊長が頷く。
「正直、最初は夜営業に反対でした」
「そうだったんですか?」
「ええ。治安悪化を心配していたんです」
「でも今は?」
「あなたの真剣な安全への取り組みを見て、考えが変わりました」
グリム隊長が続ける。
「これだけしっかりと対策されているなら、むしろ村の治安向上に繋がるかもしれません」
『治安向上?』
「夜の見回りも、店の明かりがあることで効率的になります」
「なるほど」
「それに、夜勤の衛兵たちの福利厚生にもなる」
『一石二鳥というわけね』
「お互いに協力していきましょう」
「はい、よろしくお願いします」
◇◇◇
翌朝、防犯システム完成の報告会を開いた。
「皆さんのおかげで、万全の防犯体制が整いました」
オルフさん、マーリンじいさん、グリム隊長、そして村の関係者が集まってくれた。
「これほど安全対策が整った店舗は、王都でも珍しいでしょう」
マーリンが評価してくれる。
「技術的にも最先端の魔法陣を使用しています」
「建築面でも、機能と美観を両立させました」
オルフが補足する。
「運用面でも、衛兵隊との連携で万全です」
グリム隊長も満足そうだ。
「ありがとうございます、皆さん」
私は深々とお辞儀をした。
「これで安心して夜営業を開始できます」
◇◇◇
その夜、防犯システムの最終確認をしながら、私は達成感に浸っていた。
『完璧な防犯システムができた』
警報魔法陣、補強柵、直通連絡、定期パトロール...
前世のコンビニ以上のセキュリティレベルだ。
『これで夜営業も安心』
お客様の安全、スタッフの安全、商品の安全...すべてが守られる。
『でも、一番大切なのは...』
防犯対策を通じて、村の人たちの信頼を得られたことだ。
安全への真剣な取り組みが、そのまま商売への信頼に繋がっている。
『明日からは、いよいよ本格的な夜営業準備』
商品の最終調整、スタッフの最終研修、開店告知...
やることはまだたくさんある。
でも、最大の懸念事項だった治安問題は完全にクリアした。
『世界初の夜営業店舗、必ず成功させてみせる』
私は決意を新たにした。
安全で快適で便利な店...それが私の目指すコンビニエンスストアだ。
そして、その基盤となる防犯システムが、ついに完成したのだった。
追放された王女の挑戦は、着実に現実へと近づいている。