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第10話 24時の鐘、開店

午後8時。


 村中の店が「本日の商いは終わり」と灯りを落とし始めるなか、私たちは真逆に厨房へ火を入れた。


 ついに来た。


 来てしまった。


 世界初の夜営業店、正式開店の日が――キター!


「リリアーナ様。鍋を持ったまま、なぜ天井へ拳を突き上げているのですか?」


「気合いを入れているのよ」


「スープがこぼれます」


「はい、置きます」


 アンナの冷静さが、開店前から絶好調である。


「おにぎり、20個です! 塩が6、梅が4、鮭が4、昆布が3、漬物が3!」


 ミアが指差しながら数える。


「スープは10杯分。冷たいお茶は15本。菓子と携帯食、日用品も補充できています」


「魔石の残りは?」


「魔灯、冷却箱、加熱炉、すべて午前6時まで使っても余裕があります」


 許可された営業枠は午後8時から午前6時まで。


 ただし、3人でいきなり10時間営業などしない。


 当面の一般客向け営業時間は午前0時から午前4時。午後8時から0時までは仕込みと準備、午前4時以降は予約品の受け渡しと片づけに使う。


 必要と働き手が増えたら、少しずつ時間を広げる予定だ。


「あの……本当に20個で足りますか?」


 ミアが、整然と並んだおにぎりを不安そうに見つめた。


「足りないかもしれないわ」


「えっ。では、もっと作りましょうよ!」


「反対に、誰も来なくて19個余るかもしれない」


「そ、それは……ちょっと寂しすぎます」


「寂しいどころじゃないわ。追放王女、夜中に米を握り続けた末、全部自分で食べる――そんな悲しい大食い伝説を残したくないの!」


「3日くらいに分ければ……」


「傷むから駄目よ!」


 欲張って作り、売れ残った食品を無理に出せば、お客様にも店にも害が出る。


 売れた数だけでなく、欲しかったのに買えなかった数まで記録する。今夜は需要を知る最初の夜でもある。


「少なく始めて、足りなければ悔しがる。多く作りすぎて余っても悔しがる。商売って、どちらに転んでも悔しいんですね」


「そうよ。だから数字を残して、明日の悔しさを少しずつ減らすの」


「随分と後ろ向きな説明です」


 アンナが釣り銭を数えながら言った。


「前を向いているわよ! 悔しさを燃料に全力疾走しているだけ!」


 鍋から根菜と鶏肉の匂いが、フワリと立ち上る。


 王宮の晩餐に比べれば素朴な一杯だ。


 でも今夜、この温かさを必要とする人がいる。


 そう思うと、小さな鍋が妙に重く見えた。


◇◇◇


 午後11時30分。


 準備が終わった。


 終わってしまった。


 手を動かしている間は忘れられた不安が、待ってましたとばかりに胸の中でドンドコ踊り始める。


「釣り銭、確認済みです。警報魔法陣は営業中の設定。伝令札は2か所。黄色い避難路にも荷物はありません」


 アンナが淡々と最終確認を進める。


「接客は?」


「はい! いらっしゃいませ! ありがとうございました! また――あっ、まだ来ていないのに、またのお越しを言っちゃいました!」


 ミアが自分の口を両手で塞いだ。


「大丈夫。私なんて頭の中で、もう初日完売の祝杯まで済ませたわ」


「それは大丈夫なのでしょうか?」


「大丈夫ということにして。今さら不安を追加しないで」


 笑ってみせたものの、ミアの指先は小さく震えている。


「怖い?」


「昼の試験より、ずっと。今日は練習ではないんですよね。私が間違えたら、お店の評判が悪くなるかもしれません」


「間違えたら、止まって謝って直せばいいのよ。分からなければ聞く。危険なら逃げる。完璧に見せようとして隠す方が、ずっと怖いわ」


「リリアーナ様も、間違えるんですか?」


「もちろん」


「とても自信満々なのに?」


「自信満々に間違えることもあるわ!」


「それは胸を張っておっしゃることではありません」


 アンナの突っ込みが、スパーンと飛んできた。


 ミアが吹き出す。


 その笑いで、震えていた指が少しだけ緩んだ。


 午後11時45分を知らせる短い鐘が鳴る。


 あと15分。


 窓の外は、灯りの輪を一歩出れば深い闇だった。


 この村へ来た最初の夜、私はあの暗さを見て「競争相手ゼロの独占市場!」と飛び上がった。


 我ながら、たくましい。追放直後の王女とは思えない。普通はもう少し泣く場面ではなかろうか。


 けれど今は、闇の向こうにいる人の顔を知っている。


 冷えた手で巡回する衛兵。日暮れまでに宿へ着けなかった旅人。空腹を抱え、朝まで我慢するしかなかった人。


 この灯りは、私の成功をキラキラ飾るためだけのものではない。


 ここへ来れば少し休めると、夜の向こうへ伝えるための灯りだ。


◇◇◇


 午後11時55分。


「外に人がいます!」


 ミアが窓へ駆け寄り、直前でピタッと止まった。警報魔法陣のため、窓辺へ物を置かない規則を思い出したらしい。


 外には衛兵のハンスとベルト、その後ろに見知らぬ冒険者が2人。


 4人とも扉へ押しかけず、『準備中』の札が返るのを待っている。


「本当に……来てくれた」


 ミアの声が震えた。


 私も胸の中で万歳を5回くらいした。


 今すぐ扉を開けて「待っていてくれてありがとう!」と抱きつきたい。いや、初対面の冒険者に元王女が抱きつくのは事件である。


「まだ5分あります。飛び出さないでくださいね」


「アンナ、私の心を読まないで」


「顔に書いてあります」


 ゴーン――。


 午前0時を告げる、最初の鐘が鳴った。


 1つ。2つ。3つ。


 重い音が、眠る家々の屋根を越えていく。


 私は扉へ手を掛けた。


 王宮では、決められた時刻に、決められた扉をくぐった。


 授業も謁見も舞踏会も、私の予定はいつも誰かが決めた。笑う場面まで教えられ、泣きたい場面では背筋を伸ばした。


 この扉だけは違う。


 私が選んだ時刻に、私の手で開く。


 12回目の鐘が、夜へ溶けた。


 札を『準備中』から『営業中』へ返す。


「便利屋『夜明けの星』――開店です!」


 扉を大きく開いた。


◇◇◇


「本当に開いた!」


 一番に飛び込んできたのはハンスだった。


「おい、押すな。店は逃げないぞ」


 ベルトが言いながら、その本人もかなり早足で入ってくる。


「詰所から見ても明るかったけど、中はもっとすごいな」


「いらっしゃいませ! 夜勤、お疲れ様です!」


 ミアの挨拶は少し裏返った。それでも昼の試験より、ずっとまっすぐ届いた。


「ミアじゃないか。本当に働いてるんだな」


「はい! でも今夜は午前2時までです。夜更かしが得意だから朝まで平気、と言ったら却下されました」


「当たり前だ。俺たちみたいな目の下の隈が欲しいなら、あと10年待て」


「遠慮します!」


 ベルトが笑い、店内の緊張がフッとほどけた。


「温かい物はありますか?」


 ハンスの視線は、もう湯気の立つ鍋へ釘づけだった。


「根菜と鶏肉のスープです。熱いので、まず少しずつどうぞ」


 小さな味見の杯を渡す。


 ハンスは両手で包み、熱を逃がすまいとするように指を丸めた。


 ふう、と息を吹き、一口すする。


「……温かい」


「お味は?」


「うまい。いや、それだけじゃないな。見回りの後、身体の真ん中へ熱が戻ってくる。肩が軽くなる」


 大声で絶賛したわけではない。


 ただ、寒さに耐えるため上がっていた肩が、ゆっくり下りた。


「夜勤は干し肉と水で当然だと思ってた。誰かが代わってくれる仕事でもないし、朝まで我慢すればいいって。でも……明日もここで飲めると思えば、後半の巡回が少し楽しみになる」


 その一言が、胸へズンと来た。


 私は追放されてから、自分が役に立つ証拠を焦って探していた。


 金貨。売上。村長の許可。目に見える結果なら、私を捨てた人たちへ「ほら見なさい!」と突きつけられる。


 けれど今、欲しかった答えは、ハンスの下がった肩にあった。


「では1杯、お願いします」


「はい。ありがとうございます!」


 声が震えそうになり、慌てて鍋へ向き直る。


 泣くのは早い。開店してまだ3分も経っていない。店主がスープより先に感情をあふれさせてどうする。


「俺も同じ物を。それと……あの棚の飴は、子供向けか?」


 ベルトが妙に遠回しに尋ねた。


「大人が買っても、店主は止めませんよ」


「べ、別に俺が欲しいとは――」


「小さい物なら2銅貨からです」


「3つくれ。2つは詰所へ持って帰る」


「残り1つは?」


「聞くな、ミア」


 甘党衛兵の名誉を守るため、聞かなかったことにした。


 一方、冒険者の1人はおにぎりを持ち上げていた。


「握り飯に似ているな」


「ええ。持ち歩きやすい形は同じですが、強く握りすぎず、具を選べるようにしています」


「こっちの赤い具は?」


「梅です。酸っぱいので、一口目は覚悟してください」


「食い物に覚悟がいるのかよ」


 恐る恐るかじった冒険者の眉間が、ギュッと寄った。


「すっっっぱい!」


「だから言いました!」


「だが、嫌いじゃない。汗をかいた後なら、この塩気と酸味がいいな」


 もう1人は鮭を選び、崩れない程度に柔らかな米を確かめるように噛んだ。


「歩きながら食べても固い欠片が落ちにくそうだ。明日の昼の分も買えるか?」


「おにぎりは、この札に書いた時刻までです。明朝なら大丈夫ですが、昼を越えるなら乾燥肉や穀物の携帯食をお勧めします」


「売れるのに、止めるのか?」


「お腹を壊したら、次の旅どころではありませんから」


「そりゃそうだ。じゃあ朝の分だけ握り飯で、昼はこっちにする」


 何でも長持ちすると言えば、今夜の売上は増えるかもしれない。


 でも、便利とは無理を押しつけることではない。


◇◇◇


 開店から30分。


 村人、夜勤の交代を聞いた者、遅れて村へ着いた商人が、灯りへ吸い寄せられるように増えてきた。


「本当に夜中に買えるんだな」


「スープはまだある?」


「この瓶の茶、冷たいぞ!」


「冷たい物を触っただけでそんなに叫ばないで! 商品が逃げるわ!」


 店内が一気にザワザワし始める。


 私は温かい商品。ミアは案内。アンナは会計。


 質問が2つ重なったら順番に待ってもらう。人の流れを逆らわせない。昼の試験で決めた役割が、ようやく本番で動き出す。


「リリアーナさん!」


 宿屋の主人ウォルターが、息を切らして入ってきた。


「どうされました? 宿で何か?」


「明朝、日の出前に出発するお客様が5人いまして。携帯食を用意していただけませんか?」


「5人分ですね。飲み水は宿で?」


「こちらで用意します。できれば、昼まで持つ物を」


「穀物の焼き固め、乾燥肉、木の実を1人分ずつ包みます。受け渡しは午前4時30分でどうでしょう」


「助かります!」


 店頭の商品を売り切ってから「予約分がありません」では、笑えない。


 私は5人分をすぐ別の箱へ移し、『予約・ウォルター』と大きく札をつけた。


「うっかり売ったら、私を止めてね」


「承知しました」


「私も見張ります!」


「2人とも返事が力強すぎない? 私、そんなに信用ない?」


「先ほど、味見用のおにぎりを通常在庫へ戻しかけましたので」


「あれは置き場所を確認しただけ!」


「歯形がついていました」


「……確認は大切ね」


 ウォルターが笑いを堪えながら、予約箱を指した。


「宿の朝食を奪われる、とは思わないでください。遅い到着や早い出発だけでも助かるんです。これまで断るしかなかった頼みへ、選択肢ができますから」


「私も宿の食事を奪うつもりはありません。必要な時間を、お互いに補いましょう」


 紙の上で話していた協力が、初めて5人分の注文になった。


◇◇◇


 午前1時。


 店内には7、8人の客がいた。


「リリアーナ様。おにぎり、残り3個です!」


「えっ、さっき7個あったでしょう?」


「今、御者の方が4個買われました!」


「スープは?」


「あと2杯。冷たいお茶は4本です」


 早い。早すぎる。


 嬉しい。ものすごく嬉しい。


 同時に、背中へ冷たい汗がタラリと流れた。


「追加を作りましょうか?」


「米を今から炊けば1時間以上。焦って水加減を間違えたら、食感も保存時間も変わるわ」


「スープなら?」


「根菜が煮える前に『雰囲気で柔らかいことにしました』とは言えないもの」


「言われても困ります」


 アンナが即答した。


 足りない。


 でも、足りないからと中途半端な物を出せば、今日喜んでくれた味を明日から疑われる。


 最後のスープを買ったのは、夜更けに到着した御者だった。


 その次に並んだ男性へ、私は頭を下げる。


「申し訳ありません。温かい商品は、本日分を終了しました」


「もうないのか。これを楽しみに荷車を急がせたんだがなぁ」


「本当にごめんなさい。明日は数を見直します。何時ごろ、何をお求めだったか記録させていただけませんか?」


「1時15分。スープ1つと、梅のおにぎり2つだ」


「必ず記録します」


 完売、という言葉は派手で気持ちいい。


 けれど棚の向こうにいるのは、買えなかった人だ。


 午前2時、一般販売分はすべてなくなった。


 ウォルターの予約箱だけは、名札つきで無事に残っている。


「本日の一般販売分は完売しました!」


 ミアが外で待つ人へ頭を下げた。


「明日は、もう少し作ってくれよ!」


「俺の休憩は1時半なんだ。それまで残してくれ!」


「朝3時に着く荷車もあるぞ!」


 期待が、次々と飛んでくる。


「ありがとうございます! 来店した時刻と欲しかった物を教えてください。明日の準備へ反映します!」


 初日完売、キター!


 ……と、万歳だけしている場合ではなかった。


 喜びと悔しさが胸の中で正面衝突し、心が大渋滞である。


 午前2時きっかりに、ロバートがミアを迎えに来た。


「最後まで片づけたいです。まだ元気ですから!」


 ミアが唇を尖らせる。


「初日に決めた勤務時間を店主が破らせる店、長く続くと思う?」


「でも、2人を残して帰るのは悔しいです。私もこの店の店員なのに」


「だから帰って、明日も来て。今夜だけ頑張って倒れるより、明日も笑って立てる方が助かるわ」


 ミアは何か言い返そうとして、口を閉じた。


「……今日の記録、明日ぜんぶ見せてください」


「もちろん。あなたが覚えたお客様の希望も、一緒に書き足しましょう」


「約束ですよ」


 悔しそうな顔のまま、それでもロバートと帰っていった。


◇◇◇


 午前3時。


 アンナと2人で会計を締めた。


「売上、480銅貨です」


「よんひゃく、はちじゅう……」


 聞き間違いかと思い、帳簿へ顔を近づける。


「近すぎます。数字は逃げません」


「だって、昼の試験営業は6時間で320銅貨だったのよ! 夜は2時間で480銅貨! 時間当たりなら――」


「仕込みは午後8時からです」


「分かってるわ! ちょっとくらい夢を見させて!」


 材料費、包材、魔石、賃金を引く前の売上だ。


 予約の5人分も、明朝渡すまでは売上へ入れない。


 けれど480銅貨すべてを懐へ入れられるわけではない。商売の数字は、喜ばせてから現実で殴ってくる。なかなか性格が悪い。


「良かった点は、夜に本当の需要があったこと。温かい商品とおにぎりが選ばれた。宿から早朝客の予約も受けられた」


「改善点は、準備量です」


「ええ。でも、明日すぐ何もかも2倍にはしない」


「おにぎり40個、スープ20杯までなら増やせそうですが――」


「仕込み時間、保存場所、私たちの休息を確認してからよ。売れ残りも出るかもしれない。まず上限を40個と20杯にして、予約分を先に分け、途中で1度だけ補充できる工程を作る」


「冒険者向けの商品も増やしますか?」


「短い旅と長い旅で分けるわ。甘い物、塩気のある物、水が少なくても食べやすい物。何が便利かは、旅の長さで変わるもの」


 午前4時。


 一般販売は予定より早く終わったまま、片づけだけが残っている。


 完売は嬉しい。


 でも、店が開いていると信じて来た人へ何も渡せないなら、便利を名乗るにはまだ足りない。


 初日の成功は、守るべき次の約束を増やした。


◇◇◇


 午前4時30分。


 ウォルターが予約品を受け取りに来た。


 穀物の焼き固め、乾燥肉、木の実。5つの包みを、1つずつ一緒に確認する。


「今日の昼までを目安にしてください。飲み水は必ず宿で足してくださいね」


「承知しました。皆さん、昨夜から楽しみにしています」


 代金を受け取り、予約売上として別に記す。


「お客様が『夜に補給できる村は初めてだ』と驚いていました。これなら、日の出前に出たい方へもスノーベルを勧められます」


「宿の価値まで上がるなら嬉しいです。でも注文が増えるときは、前日の夕方までに教えてください。当日では用意できないこともあります」


「こちらも受付で確認します。無理を言って店が続かなくなったら、私たちも困りますから」


 予約帳の最初の1行ができた。


 東の空が、ゆっくり青くなる。


 一晩中開けられたわけではない。


 足りない商品も、買えなかった人も、足へまとわりつく疲れも残った。


 それでも、ハンスの肩が下りた瞬間。ミアが震えながらも挨拶を言い切った声。アンナと数えた最初の夜の硬貨。


 全部、この店で生まれたものだ。


 王宮にいた頃、私は大勢から一度に認められることばかり望んでいた。


 今は違う。


 1杯のスープで、誰かの夜の後半が少し楽になる。


 5人分の携帯食で、旅人が予定どおり出発できる。


 そんな小さな役立ち方を積み重ねる場所が、私の居場所なのだ。


「行ってらっしゃいませ。どうか、よい旅を!」


 宿の前で荷を背負った5人へ声をかけると、冒険者たちが包みを掲げて応えた。


 夜明けの星は、最初の夜を終えた。


「リリアーナ様」


「なに?」


「立ったまま眠っておられます」


「眠ってないわ。目を閉じて、初日の反省を……」


 言い終わる前に、膝がカクンと折れた。


 アンナに腕をつかまれなければ、世界初の夜営業は店主の床寝で締まるところだった。


「反省は起きてからになさってください」


「でも、帳簿が……」


「私が預かります」


「次のおにぎり……」


「眠ってください」


「予約の確認だけ……」


「済んでおります」


「元王女として、最後に何か立派な言葉を……」


「おやすみなさいませ」


「スン……」


 店主の威厳は、商品と一緒に完売したらしい。


 在庫補充の予定は、今のところない。


 それでも閉じたまぶたの裏には、温かなスープを包んだハンスの手と、朝焼けの下で包みを掲げる冒険者たちが残っていた。


 追放された先で初めて、自分で選び、自分で灯した居場所の朝。


 世界を変える最初の1歩は、スープ10杯と、おにぎり20個。


 そして、アンナに寝床まで引きずられる元王女1名から始まった。

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