第8話 昼の試験営業
内装工事も魔道具の設置も完了し、ついに開店の日が近づいてきた。
私は朝早くから、最終準備に取り組んでいた。
「まずは昼間で反応を見ましょう」
アンナとミアちゃんに方針を説明する。
「昼間ですか?」ミアちゃんが首をかしげる。
「そう。いきなり夜営業を始めるのはリスクが高いわ。まず昼間の試験営業で、村の人たちの反応を確認したいの」
これは慎重な経営判断だった。
『いくら自信があっても、実際にお客さんがどう反応するかは未知数』
前世のビジネス経験では、テストマーケティングは必須だった。
「具体的には?」
「今日の午前10時から午後4時まで、6時間の試験営業。商品は基本的なものだけ」
私は準備したアイテムを確認する。
「おにぎり5種類、冷たいお茶、簡単な日用品、お菓子少々」
「少なめですね」
「ええ。まずは核となる商品の反応を見たいの」
『そして一番重要なのは...』
「ミアちゃんの接客デビューでもあるのよ」
「えぇ!?」ミアちゃんが驚く。
「大丈夫よ。研修で完璧にできてたじゃない」
「でも、実際のお客さんは...」
「心配ないわ。あなたの笑顔があれば絶対に大丈夫」
私はミアちゃんの肩を叩いて励ました。
◇◇◇
午前9時半。
店内の最終チェックを済ませて、開店準備を整えた。
「照明よし、冷蔵よし、商品陳列よし」
すべてが完璧に配置されている。
明るい魔灯に照らされた店内は、この村では見たことのない光景だろう。
「看板も出しましたよ」アンナが報告してくれる。
外には『便利屋 夜明けの星』という看板を掲げた。
『コンビニという名前では通じないから、便利屋にしたのよ』
「いよいよですね」ミアちゃんが緊張している。
「大丈夫。私たちがついてるから」
時計を確認する。あと30分で開店だ。
「それじゃあ、最後の打ち合わせをしましょう」
◇◇◇
午前10時。
ついに開店の時間がやってきた。
「いきますよ」
私は深呼吸してから、扉の『閉店中』の札を『開店中』に変えた。
そして扉を開く。
「開店です!」
でも、最初は誰も来なかった。
『まあ、そんなものよね』
新しい店ができたからといって、いきなり客が殺到するわけではない。
10分ほど待っていると、街道を歩いていた村人が足を止めた。
中年の男性だ。恐る恐るこちらを見ている。
「あの...新しいお店ですか?」
「はい!便利屋『夜明けの星』です。よろしければどうぞ」
私が笑顔で応対すると、男性が恐る恐る店内に入ってきた。
『初の客よ!』
◇◇◇
「おお...なんじゃこりゃ」
男性が店内を見回して驚いている。
「明るいですねぇ」
「魔灯を使っています」ミアちゃんが説明する。
「魔灯!贅沢な」
男性が感心している。確かに、一般的な店では魔灯は高価すぎて使えないだろう。
「あちらが食べ物、こちらが飲み物です」
ミアちゃんが案内してくれる。研修通りの完璧な接客だ。
「飲み物?」
男性が冷蔵ケースに近づく。
「冷たいお茶はいかがですか?」
ミアちゃんが冷たいお茶を取り出してみせた。
外気温は夏日で、確実に30度を超えている。
「冷たい...?」
男性が手に取って驚く。
「こんなに冷たい!」
「氷属性の魔石で冷やしています」
「魔石まで!この暑い日に...天国か!」
男性が感動している。
『やった!第一号の成功よ』
「お幾らですか?」
「5銅貨です」
「安い!買った買った!」
男性が即決してくれた。
◇◇◇
最初の客の反応を見て、他の村人も興味を持ち始めた。
扉の前で様子を伺っている人が数人いる。
「遠慮なくどうぞ」私は呼びかけた。
「見るだけでも構いません」
すると、主婦らしい女性が恐る恐る入ってきた。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ!」ミアちゃんが元気よく挨拶。
その明るさに、女性の表情も和らいだ。
「すごく明るいお店ね」
「ありがとうございます。ごゆっくりご覧ください」
女性がおにぎりコーナーに近づく。
「これは...握り飯?」
「はい、特製のおにぎりです。出来立てですよ」
ミアちゃんが説明すると、女性が興味深そうに見ている。
「試食いかがですか?」
私が小さく切ったおにぎりを差し出した。
「いいんですか?」
「もちろんです」
女性が一口食べて...
「!!!」
目を見開いて驚いている。
◇◇◇
「温かくて、塩加減が絶妙!」
女性が感動の声を上げた。
「普通の握り飯と全然違う!」
「ありがとうございます」
ミアちゃんが嬉しそうに答える。
「これ、幾つか買わせてもらえる?」
「もちろんです!どちらがお好みですか?」
女性が梅干し、鮭、昆布のおにぎりを一つずつ購入してくれた。
「それと」女性が店内を見回す。
「日用品もあるのね、便利!」
石鹸とタオルも一緒に購入。
『複数商品の購入!これは良い傾向』
女性が帰る際に、ミアちゃんが丁寧に挨拶した。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
「ええ、また来るわ。美味しかったもの」
『口コミの期待大ね』
◇◇◇
午前11時頃から、客足が徐々に増えてきた。
最初の女性が近所で宣伝してくれたようだ。
「あそこの新しい店、すごく美味しいお米があるって」
「冷たい飲み物もあるらしいわよ」
そんな会話が聞こえてくる。
『口コミ効果、絶大ね』
今度は子供たちがやってきた。
「わ〜、お菓子がいっぱい!」
駄菓子コーナーに群がっている。
「こんなお菓子見たことない!」
「この飴、色がきれい!」
『王都から仕入れた駄菓子だからね』
この村では手に入らない珍しいお菓子を並べていた。
「お母さんに聞いてから買いなさい」
一人の子が走って帰っていく。
しばらくして、母親と一緒に戻ってきた。
「本当に珍しいお菓子ね」
母親も感心している。
「どれにする?」
「これと、これと...」
子供たちが目を輝かせて選んでいる。
『子供の反応は正直ね』
◇◇◇
正午頃には、店内に常時3〜4人の客がいる状態になった。
「忙しいですね」ミアちゃんが嬉しそうに言う。
「そうね。でも楽しいでしょう?」
「はい!みんなすごく喜んでくれて」
ミアちゃんの接客は完璧だった。
明るい笑顔、丁寧な説明、スムーズなレジ操作...
『研修の成果が出てるわ』
そこに、見覚えのある顔が入ってきた。
「ガレオ村長!」
「やあ、リリアーナさん。ついに開店ですね」
村長が視察に来てくれたのだ。
「はい。試験営業ですが」
「試験営業?」
「夜営業の前に、昼間で反応を確認したくて」
「なるほど、慎重ですね」
ガレオ村長が店内を見回す。
「これは...立派な店ですね」
「ありがとうございます」
◇◇◇
ガレオ村長も冷たいお茶とおにぎりを購入してくれた。
「確かに美味しい。これなら評判になりますね」
「ありがとうございます」
「それに」村長が続ける。
「店の雰囲気が良い。明るくて清潔で、安心して買い物ができる」
『雰囲気も重要なポイントよね』
前世のコンビニも、清潔感と明るさが売りだった。
「夜営業も楽しみです」
村長が帰り際に言ってくれた。
「期待に応えられるよう頑張ります」
午後1時頃、昼食時間になると客足が一時的に減った。
『この時間帯は家で食事よね』
でも、2時頃からまた人が来始めた。
「評判の店はここね」
初めて来る客が、そんなことを言っている。
『口コミで広がってる!』
◇◇◇
午後3時。
一人の老人がゆっくりと店内に入ってきた。
「おや、新しい店かな」
「いらっしゃいませ」ミアちゃんが優しく声をかける。
老人はゆっくりと店内を見回している。
「明るいのう。目にも優しい」
「ありがとうございます。何かお探しでしょうか?」
「薬はあるかな?」
「申し訳ございません。薬は扱っておりませんが...」
ミアちゃんが困っている。
『薬品は医師の許可が必要よね』
私が代わりに応対する。
「どのような症状でしょうか?村の先生をご紹介することもできますが」
「いや、大したことじゃない。ちょっと喉が渇いただけじゃ」
「でしたら、冷たいお茶はいかがですか?」
老人が冷たいお茶を飲んで、ほっとした表情を見せた。
「ああ、生き返る。こんな暑い日にこんなに冷たいものが...」
「またいつでもどうぞ」
「ありがとう。今度孫も連れてくるよ」
『高齢者にも好評ね』
◇◇◇
午後4時。
試験営業の終了時間がやってきた。
「お疲れ様でした」
最後の客を見送って、扉に『閉店中』の札をかける。
売上を計算してみると...
「銅貨で320枚!」
6時間の営業で、予想以上の売上だった。
「すごいですね!」ミアちゃんが興奮している。
「リリアーナ様、みんなすごく喜んでくれました!」
「そうね。手応いを感じたわ」
実際、客の反応は期待以上だった。
冷たい飲み物、出来立てのおにぎり、珍しい駄菓子...
どれも村の人たちにとって新鮮だったようだ。
「それに」私は追加分析をした。
「昼間でこの反応なら、夜営業はもっと需要があるはず」
『夜勤の人たちは、もっと切実に温かい食べ物を求めてる』
◇◇◇
夕方、今日の反省会を開いた。
「良かった点と改善点を整理しましょう」
「良かった点は...」ミアちゃんが発言する。
「商品の評価が高かったことです。特におにぎりは大好評でした」
「そうね。冷たい飲み物も予想以上に喜ばれた」
「店の雰囲気も評価されてましたね」アンナが追加する。
「明るくて清潔、安心して買い物ができるって」
『これは重要なポイント』
商品だけでなく、店の環境も競争力になる。
「改善点は?」
「薬品の件ですね」ミアちゃんが言う。
「そうね。医師との連携を検討してみましょう」
簡単な薬品なら置けるかもしれない。
「あとは商品の補充タイミング」
午後2時頃におにぎりが一時的に品切れになった。
「需要予測をもう少し正確にする必要があるわね」
◇◇◇
夜、一人で今日を振り返った。
『大成功だった』
客の反応、売上、スタッフの成長...すべてが期待以上だった。
特にミアちゃんの接客は素晴らしかった。
『あの子がいれば、夜営業も安心ね』
そして何より、村の人たちが心から喜んでくれた。
冷たい飲み物に感動する人、おにぎりの美味しさに驚く人、珍しいお菓子に目を輝かせる子供たち...
『これが、便利を提供するということなのね』
前世では当たり前だったことが、この世界では革新的。
そのギャップが、ビジネスチャンスを生んでいる。
『明日からは、いよいよ夜営業の準備』
昼間の試験営業で自信を得た。
夜営業はもっと大きな反響があるはずだ。
衛兵の人たち、冒険者の人たち...みんなが温かい食べ物を待っている。
『必ず成功させてみせる』
私は拳を握りしめた。
追放された王女の新しい人生が、順調に歩み始めている。
そして村の人たちも、この新しい便利さを受け入れてくれた。
『次は夜の世界を変える番ね』
明日からの夜営業準備に向けて、私は新たな決意を抱いた。
世界初のコンビニエンスストアが、ついに本格始動する。