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第7話 魔道具ショッピング

改装工事が始まって3日目。


 廃屋だった店には朝からカン、カン、と槌の音が響き、傷んだ床板が一枚ずつ新しい木へ替わっていた。


「そこは踏むな。まだ仮留めだぞ」


「分かっているわ」


 オルフ親方へ答えた直後、別の板を踏んでギィィッと大きく軋ませる。


「分かってる奴の足音じゃねえな」


「リリアーナ様。見学は、この線の外からです」


 アンナに両肩をつかまれ、木屑で引いた安全線の後ろへ戻された。


「私、店主なのに……」


「店主が開店前に床下へ落ちたら、工期も治療費も増えます」


「現実が痛い。まだ落ちてもいないのに、もう痛いわ」


 工事は順調だ。


 会計台の骨組みが立ち、棚を置く位置も床へ記されている。ミアの意見で角度を変えた棚は、入口から奥まで見通せる形になった。


 木の枠ばかりだった空間が、毎日少しずつ店の顔を持ち始めている。


 胸がムズムズする。


 嬉しくて、つい安全線を越えたくなる程度には。


「建物の次は、照明、冷蔵、加熱ね」


「一度に揃えると、また大金が出ていきます」


 アンナが帳簿を開いた。


「分かってる。必要な能力と価格を確かめて、最小限から――」


「リリアーナ様ぁぁ!」


 街道の方から、ミアが息を切らして駆けてきた。


「大きな商隊です! 荷馬車が10台以上! 魔道具をたくさん売っているみたいです!」


 照明、冷蔵、加熱。


 魔道具商隊。


 なんという運命的な出会い。


 前世なら、給料日に欲しかった家電が特売になったくらい危険な組み合わせだ。


 私とアンナは顔を見合わせた。


「……見るだけよ」


「はい。そのお言葉、時刻とともに記録いたしました」


「信用してない顔ね」


「先ほど『最小限から』とおっしゃった直後のお顔ではありません」


「どんな顔よ」


「売り場ごと欲しがっている顔です!」


 ミアにまで見抜かれた。


 見るだけ。比べるだけ。絶対に勢いで買わない。


 前世でも、売り場へ入る前はいつもそう思っていたわね!


 私は帳簿を抱えたアンナと、まだ息の弾むミアを連れ、街道へ急いだ。


◇◇◇


 街道脇の広場には、幌付きの荷馬車が長く連なっていた。


 箱を運ぶ人。車輪を点検する人。魔物除けの札を張り替える人。


 10台を超える商隊は、小さな市場が丸ごと移動してきたような賑わいだ。


 一番大きな馬車には、『魔道具商会ガンダルフ』の看板が掲げられている。


「魔道具はいかがですか! 家庭用から工房用まで、王都の品を取り揃えております!」


 呼び込みをしていたのは、紺色のローブを着た中年の男だった。


「店で使う設備を探しています」


「どのようなご商売で?」


「午後8時から午前6時まで開く、食料と日用品の店です。明るい売り場、食品の冷蔵、温かい軽食の加熱が必要なんです」


「夜通し開く店……ですか?」


 男の目が、値踏みから好奇心へ変わった。


「申し遅れました。私は、この商会を預かるガンダルフです。ずいぶん珍しい計画ですね。詳しく伺っても?」


「もちろんです。ただし、今日は性能と価格を確かめに来ました。購入は、その後で決めます」


 外向きには、慎重な店主の顔で答える。


 内側の私は、「照明! 冷蔵庫! 加熱器! 全部見せてぇぇ!」と両手を振り回していた。


「承知しました。では、実物をご覧ください」


 ガンダルフが展示用の荷馬車へ案内する。


 隣では、アンナが「購入は後」と帳面へ二重線で囲んでいた。


 念押しが強い。


◇◇◇


「まずは魔灯です」


 ガンダルフが透明な球を掲げ、台座の印へ触れた。


 ポッと柔らかな光が灯り、魔力を強めるにつれて昼のような白さになる。


「光属性の魔石を内蔵しています。明るさは調整可能。この規格なら、最大出力で24時間連続使用できます」


「24時間!」


 食いついた私の袖を、アンナがクイッと引く。


 分かっている。まだ買わない。質問よ、質問。


「24時間の後は、どうなります?」


「魔石を交換するか、魔力の補充が必要です。夜だけの使用なら、昼に補充すれば交換回数を減らせます」


「一個当たりの補充費と、明るさを半分にした場合の持続時間は?」


 アンナが間髪を入れず尋ねた。


 ガンダルフは少し驚き、すぐに維持費の表を出す。


 店内の通路、会計台、厨房、倉庫、階段、外看板と入口。


 図面上で暗くなる場所を一つずつ確認すると、必要な設置場所は17か所になった。


「17個……多くないですか?」


 ミアが図面を覗く。


「全部を同じ明るさで点けるわけじゃないわ。閉鎖中の倉庫は消す。外の2個は看板と入口。会計台と火を扱う場所だけは、手元へ影を作らない」


「夜の安全は守る。でも、使わない光まで点けて魔石代を燃やさない、ですね!」


「その通り。ミアさん、もう私より財布への理解が深いわ」


「リリアーナ様の理解が浅いのでは?」


 アンナの一撃が冷静すぎる。


 次は、氷属性の魔石を埋め込んだ木箱だった。


「冷却箱です。氷点下から、野菜を凍らせない温度まで調整できます」


「冷蔵庫……!」


 前世の店では当たり前だった設備が、目の前にある。


 飲み物を冷やせる。肉も野菜も守れる。作った商品を、すぐ捨てずに済む。


 嬉しい。欲しい。抱えて帰りたい。


「リリアーナ様。お顔が戻ってきてください」


「大丈夫。まだ理性はいるわ。かなり遠くにいるけれど!」


「温度は、どう確かめるのですか?」


 ミアが尋ねた。


「この色札を中へ入れます。青が濃すぎれば凍結、薄くなれば冷却不足です」


「扉を何度も開けても、同じ温度ですか?」


「いえ。開閉が多ければ冷気は逃げます。置く場所と開ける回数によって、魔力消費も変わります」


「なら、売り場と倉庫で分けた方がよさそうね」


 冷却箱は巨大な一台ではなく、売り場の台へ組み込める規格箱だった。


 飲み物用の大型2台、食品用の中型3台、倉庫で原料を分ける小型2台。合計7台。


「おにぎりと生肉を、同じ箱へ詰め込まずに済みますね」


「でも、7台とも魔石が要るのですよね」


「もちろんです」


 アンナの炭筆が、維持費の欄でガリガリ動く。


 冷却箱より先に、場の空気が冷えてきた気がした。


 最後は、火属性魔石を使う箱型の加熱炉だった。


「蒸す、温める、焼く。火力を調整すれば3つの使い方ができます。この大きさなら、肉まんほどの物を20個ほど同時に蒸せますよ」


「20個!」


 頭の中へ、ホカホカの肉まんがズラリと並んだ。


 白い皮。割ればフワッと立つ湯気。夜勤の衛兵が両手で包み、冷えた指を温める姿。


 これよ。


 私が夜へ届けたいものは、これなのよ!


「肉まんとは?」


「小麦の皮で肉と野菜を包み、蒸した軽食です。まだ試作前ですが、成功したら一つ差し上げます」


「では、ぜひ成功していただきたい」


 ガンダルフの真顔に、ミアが吹き出した。


 加熱炉は3台。


 蒸し物、焼き物、店頭での温め直しを同時に行え、1台が故障しても温かい商品をすべて止めずに済む。


「以上を全部で、おいくらですか?」


 ガンダルフが携帯用の算盤を取り出す。


 カチ、カチ、カチ。


 さっきまで軽快だった珠の音が、一回ごとに私の胸へ刺さる。


「魔灯17個、冷却箱7台、加熱炉3台。設置用の導管を含めて、合計500金貨です」


「ごひゃ……」


 声が途中で消えた。


 500金貨。


 オルフ親方への改装費が、突然かわいく見えてくる。


 ごめんなさい、200金貨。昨日は高いなんて言って。あなた、今日から小さい方よ。


「一度、3人で相談させてください」


 震えそうな声を元王女の威厳で包み、私たちは馬車から離れた。


◇◇◇


 500金貨は必要経費――と叫んで飛びつくには、大きすぎる。


 設備がなければ理想の店は作れない。


 だが、設備を買ったせいで仕入れや賃金が払えなくなれば、本末転倒だ。


 アンナが帳簿を開き、残る現金と3か月分の最低経費を示した。


「全額を今払えば、商品を仕入れられません。棚だけ光り輝き、売る物が一つもない店になります」


「嫌ぁぁ! そんな悲しい展示場を作るために、私は追放されたんじゃない!」


「追放の目的は、店作りではございません」


「そこは今どうでもいいの!」


「冷蔵をなくすと、売れる物が大きく減りますよね」


 ミアが図面を広げる。


「加熱炉を1台にしたら、壊れた日に温かい物が全部なくなります。でも、最初から7台の冷却箱を全部使わなければ、魔石代は抑えられませんか?」


「ええ。設備は持っていても、運用は小さく始められる。売れる種類が分かってから、動かす箱を増やせばいいわ」


 売上予想の低い方で計算し直す。


 改装の分割工賃。材料の仕入れ。ミアの賃金。魔石の補充。設備返済。


 項目が増えるたび、店主の夢が硬貨の音へ翻訳されていく。


「月に30金貨を超えると、売上の悪い月は赤字になります」


 アンナが太い線を引いた。


「頭金は150金貨まで。残りを12か月、月およそ30金貨。それ以上なら、設備の数を減らしましょう」


「設備だけで、月売上見込みのおよそ4分の1ね」


「はい。残りから仕入れ、賃金、工賃、魔石代を払います。売上が少し崩れれば、すぐ苦しくなります」


 怖い。


 私一人なら、宝石を売って耐えればいいと言えた。


 けれど今は、ミアの賃金も、ロバートから買う野菜代も、オルフの工賃もある。


 失敗したら困る人が、私以外にも増えている。


「修理も契約へ入れてもらいましょう。設備が止まった日にも、返済だけは止まらないもの」


「賛成です」


 私は息を整え、ガンダルフのもとへ戻った。


「頭金150金貨。残り350金貨を12か月、月およそ30金貨で。故障時の点検と通常修理、設置後の使い方の指導も含めてください」


「商会側にも危険があります。店が続かなければ、残額を回収できません」


「返済不能時には、設備を回収できる条項を入れてください。返済済みの額との差は、使用期間と状態を見て精算する。私個人も支払いの責任を負います」


 ガンダルフの目が、商人の鋭さを帯びた。


「王都に10店、20店と増やすから、今回は安くしてくれ――とは、おっしゃらないのですか?」


 痛い。


 ここで格好よく大きな夢を語り、値引きを引き出したい気持ちはある。


 でも、まだ1号店すら開いていない。


「王都へ広げたい夢はあります。ですが、今は成功すると約束できません。できない約束を商品みたいに売って、信用を先食いしたくないんです」


「では、こちらに得がない」


「次の店を作るときは、同等の性能と価格なら、最初にガンダルフ商会へ相談します。それから、この店で設備の使用記録を取り、改善点をお渡しします。夜間店舗での実績は、商会にとっても新しい売り方になるはずです」


 沈黙。


 長い。


 胸の中で、30金貨、30金貨、30金貨、と返済額が行進する。


「夢を大きく語る方より、失敗したときの話ができる方を信用しましょう」


 差し出された契約書には、頭金150金貨。残額12回払い。月約30金貨。


 通常使用での故障に対する修理、設置後の指導、次回出店時の優先相談、運用記録の共有も加えられている。


「契約成立です」


 握手を交わす。


 やった。


 欲しかった設備を、手の届く条件で揃えられる。


 同時に、12か月分の責任がズシンと肩へ乗った。


「嬉しいのに胃が痛いわ……商売って感情が忙しすぎない?」


「店主らしいお顔になられました」


「昨日も聞いた気がする、その評価!」


◇◇◇


 工事中の店へ戻り、オルフへ図面と設備仕様を見せた。


「明日、設置技師が5人来ます。導管を通す場所を相談したいそうです」


「明日だと? 勝手に壁へ穴を開けられちゃ困るぞ」


「だから、親方にも立ち会ってほしいんです」


 オルフは冷却箱の構造図へ顔を近づけた。


「氷の魔力をここから回すのか。厨房の熱が床下でぶつからねえよう、経路を分ける必要があるな」


 口調は不機嫌そうなのに、目は少年のように輝いている。


「追加の仕事になります。費用は――」


「先に見せてもらってからだ。必要な補強と、俺が面白がって首を突っ込む分は分けて請求する」


「面白がった分まで請求されないのは助かります!」


「礼は、動く店を見てからにしろ」


 翌朝、ガンダルフは約束どおり5人の技師を連れてきた。


 最初の打ち合わせで、早くも意見が割れる。


「魔力導管は最短で、この柱を抜きます」


「駄目だ。その柱は2階を支えてる。便利になる前に、家が潰れるぞ」


「では床下を一周させる必要があり、力が減衰します」


「壁沿いに補助管を通して、木の覆いで守れない?」


 私は図面を指した。


 オルフが強度を、技師が魔力の流れを確かめる。


 互いの専門用語は違う。それでも、なぜ必要かを説明し合ううち、一つの経路へ収まっていった。


「建物は、箱を置く台じゃないんですね」


 ミアが小声で言う。


「魔道具も、買って置けば終わりではないみたいね。500金貨を払ったら勝手に店が完成すると思った私を、誰か叱って」


「もう十分、帳簿に叱られておられます」


 専門をつなぐのも、店を作る者の仕事だ。


 魔灯は棚の間へ影が落ちない位置に置く。


 外の2灯は、近隣の家の窓を照らさない角度へ。


 冷却箱は飲料、完成食品、生の材料を分ける。


 加熱炉は防火壁の内側へ2台、受け渡し側へ1台。


 昼過ぎ、すべてが定位置へ収まった。


「動作確認を始めます」


 技師が主魔石へ力を通す。


 一つ、また一つと魔灯が点いた。


 パッ、パッ、パァッ!


 薄暗かった店から影が退き、白い壁と新しい木目が現れる。


「明るい……! 棚がまだ空なのに、もう本当にお店みたいです!」


 ミアが歓声を上げ、オルフは眩しそうに目を細めた。


 全部を最大にしなくても、会計台から入口まで人の顔が見える。


 冷却箱の色札は、ゆっくり適温の青へ変わった。


 加熱炉へ水を張ると、ほどなく細い湯気がフワッと立つ。


 設備は動いた。


 胸の奥から「完成!」と叫びたい気持ちが湧く。


 でも、今日一度動くことと、毎晩安全に動き続けることは違う。


「止め方、魔石残量の見方、異音がした場合の手順を、もう一度説明してください。担当が変わっても分かるよう、私たちで記録します」


 ガンダルフが満足そうに頷いた。


「明日から、負荷と時間を変えて試してください。異常があれば、すぐ連絡を」


◇◇◇


 翌朝、最初の加熱試験を行った。


 小麦粉を練った皮で、刻んだ肉と野菜の餡を包む。


 前世の肉まんより形は不揃いで、一つは口が開きかけていた。


「笑っているみたいです」


 ミアが言う。


「中身が全部笑い出す前に蒸しましょう」


 加熱炉へ並べ、時間と魔力の強さを記録する。


 最初の組は底が少し固く、2組目は火力を弱めて時間を延ばした。


 蓋を開ける。


 フワァッ!


 肉と小麦の甘い香りが、白い湯気と一緒に広がった。


「熱っ……でも、おいしい! 皮がフワフワで、中のお肉がジュワッとします!」


 ミアが口元へ息を吹きかけながら頬張る。


「皮は2組目。餡は、もう少し塩を減らせるわね」


 アンナの評価は冷静だ。


「商品にするなら、中心まで火が通ったことを毎回確かめる方法も必要です」


「切って確認する見本を一個作る。それから、温度の目安になる色札をガンダルフさんへ相談しましょう」


「おいしいだけでは駄目なんですね」


「お客様のお腹を満たす商品で、お腹を壊させたら笑えないもの」


 冷却箱では、前日に作ったおにぎりを、包み方と置く場所を変えて保存していた。


 6時間後に取り出すと、入口近くの物は少し乾き、奥の物は柔らかさを保っている。


「冷えていれば全部同じ、ではないのね」


「扉を開けるたび、温かい空気が入るんですね」


 保存できた、で終わらせない。


 何時間なら味が落ちないか。どこへ置くか。魔石残量はどれほど減るか。売れ残ったらどうするか。


 記録用紙には、成功より多くの修正点が並んだ。


「開店まで、あと1週間です」


 アンナが予定表を指す。


「1週間しかない!」


「1週間もあります」


「アンナ、どっちの味方なの?」


「睡眠の味方です。そのお顔は、今夜も眠らないおつもりでしょう」


「交代で眠る店を作る人が、開店前に倒れたら笑えないもの。きちんと寝るわよ」


「証人が2人おりますからね」


 ミアとアンナが同時に頷いた。


 魔灯が店を明るくし、冷却箱が静かに冷気を保ち、加熱炉から肉まんの香りが立つ。


 異世界の魔法と、前世で知った店の仕組み。


 違うものがつながって、夜へ明るさと温かさを渡す形になり始めた。


 ただし、魔法は何でも解決する奇跡ではない。


 費用も、手入れも、失敗もある。だから、使う人が考え、記録し、直し続けなければならない。


「さあ、次は昼の試験営業ね」


「いよいよ、お客様が来るんですね!」


 ミアの顔がパッと輝く。


「まず午前10時から午後4時まで。いきなり夜へ挑まず、昼に動きと商品を確かめるわ」


「設備返済も始まります」


 アンナが帳簿をペラリとめくった。


 その数字を見た瞬間、明るいはずの魔灯がスッと遠くなる。


「……冷却箱より先に、私の懐が冷え切ったわ」


「ご安心ください。これ以上は冷えません」


「底だから!?」


 ミアが耐えきれずに吹き出し、アンナも肩を揺らした。


 笑っている場合ではない。


 でも、笑った後なら次の数字にも向き合える。


「よし。設備には働いてもらうわよ。一金貨分も遊ばせないから!」


 魔灯がパッと瞬いた。


 返事にしては、少し頼もしすぎる光だった。

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