第7話 魔道具ショッピング
改装工事が始まって三日目の朝。
オルフさんの職人仕事は見事なもので、着々と店舗の形が見えてきていた。
「順調ね」
私は工事現場を見学しながら、次の課題について考えていた。
『魔道具の調達が急務よ』
照明、冷蔵、加熱...コンビニ営業に必須の設備を揃える必要がある。
「リリアーナ様」ミアちゃんが駆け寄ってきた。
「街道に大きなキャラバンが来てますよ!」
「キャラバン?」
「はい!すごく大きな荷馬車がいっぱい」
『もしかして...』
私たちは急いで街道沿いに向かった。
◇◇◇
街道には確かに大規模な商隊が到着していた。
10台以上の荷馬車が連なり、商人たちが慌ただしく荷物を整理している。
「これは...かなり大きな商隊ね」
前回見た商隊とは規模が違う。きっと王都から来た大手の商会だろう。
「あ、看板が見えます」アンナが指差した。
『魔道具商会ガンダルフ』と書かれた立派な看板が荷馬車に掲げられている。
「魔道具専門!」私は興奮した。「これは渡りに船よ!」
『まさに求めていたものじゃない』
魔道具商人が向こうからやってきてくれるなんて、タイミングが良すぎる。
「魔道具はいかがですか〜?」
商人の一人が呼び込みを始めた。
中年の男性で、ローブを着た典型的な魔道具商人といった風体だ。
「すみません」私は声をかけた。「お店用の魔道具を探しているんですが」
「お店用ですか?」商人の目が輝いた。「どのような用途でしょう?」
「夜営業の店舗なので、照明、冷蔵、加熱設備が必要なんです」
「夜営業!」商人が驚く。「珍しいですね。でしたら良い商品がございます」
◇◇◇
商人に案内されて、魔道具の展示スペースに向かった。
荷馬車を改造した移動ショールームには、様々な魔道具が並んでいる。
「まず照明から参りましょう」
商人が指差したのは、球体の形をした透明な器具だった。
「こちらが『魔灯』です」
「魔灯?」
「光属性の魔石を内蔵した照明器具です。魔力を注入すると明るく光ります」
実演してくれると、魔灯が眩しいくらいに光った。
「これ、電球みたいなものね」
私は前世の記憶と比較する。仕組みは違うが、用途は完全に同じだ。
「明るさの調整は可能ですか?」
「もちろんです。魔力の注入量で調整できます」
「持続時間は?」
「魔石の大きさにもよりますが、この大きさなら24時間連続使用可能です」
『24時間!完璧じゃない』
夜営業には必須の性能だ。
「いくつ必要になりそうですか?」商人が尋ねる。
「店内用に10個、看板用に2個、バックヤード用に5個...合計17個ですね」
「17個!」商人が喜ぶ。「まとめ買いなら割引もございます」
◇◇◇
次は冷蔵設備。
「こちらが『冷却箱』です」
商人が見せてくれたのは、木製の箱に魔石が埋め込まれた装置だった。
「氷属性の魔石で冷やし続けます」
「冷蔵庫...完璧じゃない!」
私は興奮を隠せなかった。
『これがあれば、おにぎりもお弁当も新鮮に保存できる』
「温度調整は?」
「魔石の出力で調整可能です。氷点下から冷蔵温度まで自在に」
「サイズのバリエーションは?」
「小型から大型まで各種ございます」
商人が様々なサイズの冷却箱を見せてくれる。
「飲み物用に大型を2台、食品用に中型を3台、保存用に小型を2台...」
『計算してみると7台必要ね』
前世のコンビニのレイアウトを思い出しながら、必要台数を計算していく。
「結構な台数になりますね」商人が驚いている。
「本格的な店舗運営なので」
◇◇◇
そして加熱設備。
「こちらが『加熱炉』です」
商人が紹介してくれたのは、金属製の箱型装置だった。
「火属性魔石で均一加熱いたします」
「これで肉まんが作れる!」
私は即座に用途を理解した。
『蒸し器としても使えそうね』
「温度設定は?」
「魔石の出力調整で、弱火から強火まで自在です」
「複数同時調理は?」
「この大きさなら、肉まん20個程度は同時に可能です」
『20個!十分な容量ね』
夜営業なら、そこまで大量生産は必要ない。
「オーブン機能もございます」商人が追加説明する。
「オーブン?」
「焼き物料理も可能です。パンや焼き魚なども」
『これは便利!パンの温め直しもできるわ』
「加熱炉は3台欲しいですね」
「3台ですか?」
「用途別に使い分けたいので」
◇◇◇
ひと通り商品を見終わって、価格の話になった。
「合計でお幾らになりますか?」
商人が計算機(この世界版のそろばん)で計算し始める。
「魔灯17個、冷却箱7台、加熱炉3台...」
カチカチと珠を動かす音。
「合計で500金貨になります」
『500金貨...結構な金額ね』
でも、これらの設備なしにはコンビニは成り立たない。必要経費だ。
「分割払いでお願いします」
「分割払い?」商人が首をかしげる。
「開店後の売上から、月々お支払いするということです」
『現代でいうリース契約みたいなもの』
「なるほど...でもリスクが」
「商売繁盛すれば追加注文もありますよ」
私は営業トークを展開する。
「今回は小さな村の店舗ですが、成功すれば王都にも展開予定です」
「王都に!」商人の目が輝く。
「そうです。将来的には10店舗、20店舗と拡大していく計画です」
『将来のビジョンを見せて、長期的な取引関係をアピール』
これも前世で覚えた営業テクニックだ。
◇◇◇
商人は少し考え込んでから、提案してきた。
「でしたら、こんな条件はいかがでしょう?」
「どのような?」
「頭金として150金貨をお支払いいただき、残りを12ヶ月の分割払い」
「月々の支払額は?」
「約30金貨です」
『月30金貨なら、なんとか払えそう』
売上予測では月商9,000〜12,000銅貨。金貨に換算すると90〜120金貨程度。
『売上の4分の1程度なら、許容範囲内』
「さらに」商人が続ける。
「王都展開の際は優先的にご用命いただくということで」
「もちろんです」
「それと、故障時の修理サービスも無料でお付けします」
『アフターサービスまで!至れり尽くせりね』
「ありがとうございます。お受けします」
握手で契約成立。
「面白い事業ですね、応援します!」
商人も乗り気になってくれた。
◇◇◇
契約後、すぐに設置作業の段取りを決めた。
「明日の午前中に設置に伺います」
「こちらでも準備しておきます」
工事現場に戻ると、オルフさんが休憩していた。
「お疲れ様です」
「おう、リリアーナ。どうだった?」
「魔道具一式、調達できました」
「そうか、それは良かった」
「明日設置に来てくれるので、お手伝いいただけますか?」
「もちろんだ。魔道具と建築の融合、面白そうじゃないか」
オルフさんも興味深そうだ。
『職人魂をくすぐるのね』
◇◇◇
翌日の朝。
約束通り、魔道具商人が設置チームを連れてやってきた。
「おはようございます」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
設置チームは5名。みんな魔道具の専門技師のようだ。
「まず照明から設置いたします」
チームリーダーが指示を出す。
「配線はどのようにしましょう?」
「天井から吊り下げる形で」
私は前世の記憶を元に、効率的な照明配置を指示した。
「こことここに魔灯を設置して、影ができないようにしたいんです」
「なるほど、よく考えられてますね」
技師たちが感心している。
◇◇◇
オルフさんも加わって、設置作業が始まった。
「魔道具の配線って、建築工事とは違うんだな」
オルフさんが興味深そうに見学している。
「魔力の流れを考慮しないといけないんです」技師が説明する。
「魔力の流れ?」
「魔石から各機器への魔力供給ルートです」
『電気配線みたいなものね』
私も興味深く見学した。
この世界独自の技術体系があるのが面白い。
「こっちの冷却箱は、どこに設置しますか?」
「入口近くの右側にお願いします」
私は図面を見せながら、詳細な配置を指示していく。
「加熱炉はバックヤードに」
「承知いたしました」
◇◇◇
設置作業は順調に進んだ。
技師たちの手際が良く、昼過ぎには全ての機器が設置完了。
「動作確認をいたします」
チームリーダーが各機器の電源...じゃなくて、魔力を投入していく。
魔灯が一斉に光る。
「明るい!」ミアちゃんが歓声を上げる。
夜営業には十分すぎる明るさだ。
冷却箱も順調に冷却開始。
「おお、冷えてる冷えてる」オルフさんが中を覗いている。
加熱炉も問題なく稼働。
「これで肉まんも蒸せますね」技師が確認してくれる。
「完璧です!」
私は大満足だった。
◇◇◇
すべての設置作業が完了して、技師たちが帰っていく。
「何かご不明な点がございましたら、いつでもご連絡ください」
「ありがとうございました」
見送った後、改めて店内を見回した。
「すごいですね」ミアちゃんが感動している。
「本当にお店みたいになってきました」
「ええ、これで24時間営業の基盤完成よ!」
照明、冷蔵、加熱...コンビニに必要な設備がすべて揃った。
「オルフさんの工事も、あと数日で完成予定ですね」アンナが確認する。
「そうですね。来週には内装工事も終わりそうです」
順調すぎるくらい順調だ。
◇◇◇
夕方、みんなで完成イメージを共有した。
「照明は夜でも明るく、商品がよく見える」
「冷蔵設備で新鮮な食品を提供できる」
「加熱設備で温かい料理も作れる」
「これで他の店舗との差別化は完璧ね」
ミアちゃんが質問してくる。
「お客さんは、きっと驚きますよね」
「そうね。この村で夜中に明るい店があるなんて、想像もしてないでしょう」
『きっと、まるで異世界から来た店みたいに感じるかも』
皮肉だが、前世の知識で作る店は、この世界の人たちには確かに異世界的に映るだろう。
「でも」私は続けた。
「驚きだけじゃダメ。ちゃんと便利で、美味しくて、価格も適正でないと」
「はい!」ミアちゃんが元気よく答える。
「絶対に喜んでもらえる店にしましょう!」
◇◇◇
その夜、私は一人で店舗を見学した。
真新しい魔道具が並ぶ店内。
もう、前世のコンビニとほとんど変わらない設備が整っている。
『技術は違っても、結果は同じなのね』
魔法と科学、手段は違っても目指すところは同じ。
人々の生活を便利にすること。
『あとは商品と運営ノウハウ』
ハード面は整った。次はソフト面の充実だ。
おにぎりのレシピ改良、肉まんの開発、スープの試作...
やることはまだまだある。
でも、今日の設備導入で大きく前進した。
『本当にコンビニが実現する』
夢が現実になりつつある実感がある。
魔道具の力を借りて、この世界に便利さをもたらす。
それが、追放された王女の新しい使命なのかもしれない。
◇◇◇
翌朝、早速魔道具を使った商品開発に取り組んだ。
「加熱炉で肉まんを作ってみましょう」
ミアちゃんと一緒に、肉まんの試作に挑戦。
小麦粉を練って皮を作り、肉餡を包んで加熱炉で蒸す。
「うわ、すごく良い匂い!」
蒸し上がった肉まんは、前世で食べたものと遜色ない出来栄えだった。
「美味しい!これは絶対に売れます!」
ミアちゃんが試食して太鼓判を押してくれる。
冷却箱でおにぎりの保存実験も実施。
「6時間経っても、ご飯がパサパサになってない」
『温度管理が完璧なのね』
これなら夜営業でも、いつでも美味しいおにぎりを提供できる。
「魔道具って、本当に便利ですね」アンナが感心している。
「ええ。魔法の技術を現代的な用途に応用するって、すごく面白いわ」
『この世界の人たちには当たり前の魔法も、使い方次第で革新的になる』
それが私の強みなのかもしれない。
異世界の常識を、前世の知識で再構築する。
きっと、誰も考えたことのない便利さを提供できるはずだ。
「よし」私は決意を新たにした。
「開店まであと一週間。完璧な準備をしましょう」
「はい!」ミアちゃんとアンナが同時に答える。
魔道具という強力な武器を得て、コンビニ開店への準備は最終段階に入った。
世界初の夜営業店舗が、ついに現実のものとなる。
そのための基盤は、今日完成したのだった。