第62話 展示会で世界を釣る
「これが国際商業都市グランドヘイブンですか...すごい規模ですね」
ミアが馬車の窓から身を乗り出して、眼前に広がる巨大都市を見つめていた。王都の3倍はありそうな街並みに、世界各国の旗がはためいている。
「年に一度の国際見本市だからね。世界中の商人が集まってくる」リリアーナも緊張を隠せない。
今回の参加は、これまでの地域展開とは全く違う挑戦だった。世界規模の商業イベントで、『夜明けの星』のビジネスモデルを披露するのだ。
「でも、本当に世界の人たちに受け入れられるでしょうか?」ロウが不安そうに呟く。
「大丈夫よ」リリアーナが自信を込めて答える。
「困っている人、お腹をすかせた人、便利さを求める人...それは世界共通よ」
馬車にはプレゼンテーション用の資料、実演販売用の機材、そして最新の氷魔道具が積まれている。海鮮おにぎりの成功で自信をつけた一行は、今度は世界市場への挑戦を決意したのだ。
「あ、見えてきました!」ゼルドが指差す先に、巨大な建物群が現れた。
「国際展示場...これは圧倒的ですね」
建物だけで王都の商業区を上回る規模があり、各国の商人たちが荷物を運び込む様子が見える。この中で勝負することになるのだ。
◇◇◇
展示会場に到着すると、その国際色豊かな雰囲気に圧倒された。
「東の大陸からは香辛料商人、西の島国からは織物商人、南の砂漠地帯からは宝石商人...」
アンナが会場案内を読み上げる。
「本当に世界中から集まってるのね」
リリアーナたちに割り当てられたブースは、会場の中央エリアにあった。人通りは多いが、その分競争も激しい場所だ。
「隣のブースは...『エルドリア帝国香辛料組合』か」
隣には豪華な装飾を施したブースがあり、色とりどりの香辛料が美しく陳列されている。係員も正装した商人で、いかにも格式高い印象だ。
「向かいは『ドラゴン諸島海運連合』ですね」
こちらは船舶模型や海図が展示された、海運業のブースのようだ。
「私たちのブースは...地味に見えるかも」ミアが心配そうに言う。
確かに、他のブースと比べると装飾は質素だった。でも、リリアーナには確信があった。
「見た目じゃない。中身で勝負よ」
「中身って?」
「実演販売と、データによる実績証明。これで世界を驚かせてみせる」
◇◇◇
ブースの設営が完了すると、リリアーナは戦略を確認した。
「まず、実演販売で注目を集める。海鮮おにぎりと肉まんの作りたて提供」
「次に、興味を持った商人にデータプレゼンテーション」
「最後に、具体的な契約交渉」
シンプルだが効果的な戦略だ。
「でも、言語の問題はどうしましょう?」ロウが心配する。
「共通語で大丈夫」リリアーナが答える。
「国際商業都市だから、みんな共通語を話せるはず」
「それに」ゼルドが付け加える。
「食べ物の美味しさは、言語を超えますからね」
翌朝、いよいよ見本市が開始された。
「さあ、始めましょう」
リリアーナの合図で、実演販売がスタートした。
蒸篭から立ち上る湯気、おにぎりを握る手際の良さ、そして何より美味しそうな香り。それらが複合的に注目を集めていく。
「何をやっているんだ?」
最初に足を止めたのは、エルドリア帝国の商人だった。
「海鮮おにぎりと肉まんの実演販売です。よろしければ試食をどうぞ」
ミアが流暢な共通語で応対する。
「試食?」
「はい、無料です」
商人は半信半疑で海鮮おにぎりを口にする。
「...なんだこれは!」
驚きの表情を見せた。
「魚の旨味がここまで凝縮されているとは」
「しかも、持ち運びが容易だ」
「これは革命的な食品だな」
その反応を見た他の商人たちも、続々と集まってきた。
◇◇◇
「あの行列は何だ?」
ドラゴン諸島の船長が興味深そうに近づいてくる。
「食べ物の実演販売らしいが...」
「こんなに人が集まるということは、相当なものなのか?」
実際、ブースの前には長蛇の列ができていた。試食を求める商人、見学者、メディア関係者...様々な人々が興味深そうに見つめている。
「これ、本当に美味しいですね」
南方大陸の女性商人が感動している。
「我が国でも、ぜひ販売してもらいたい」
「どのようなビジネスモデルなのですか?」
興味を示した商人に対して、リリアーナはデータプレゼンテーションを開始した。
「まず、売上実績をご覧ください」
準備していた資料を広げる。
「開業から2年で、年商1億金貨を達成」
「店舗数は王都内だけで12店舗、総従業員数200人」
「顧客満足度は95%、リピート率は87%」
「そして、社会貢献として犯罪率75%減少、夜間事故死亡率40%減少を実現」
数字で示された実績に、商人たちがざわめいた。
「年商1億金貨?2年で?」
「従業員200人ということは、相当な雇用創出効果だな」
「犯罪率減少って、商売が治安改善に貢献しているのか?」
「信じられない数字だ」
エルドリア帝国の商人が懐疑的な表情を見せる。
「本当にこんな実績が?」
「全て公的機関の認証済みです」アンナが証明書類を示す。
「王国商務省認定、医師ギルド推奨、議会公式支援...」
「しかも、顧客データは第三者機関による調査結果です」
客観的な裏付けがあることで、商人たちの信頼度も上がった。
◇◇◇
「具体的には、どういうビジネスモデルなんですか?」
ドラゴン諸島の船長が質問する。
「夜間営業によるコンビニエンスストア事業です」リリアーナが説明を始める。
「夜間営業?」
「はい。従来、夜は全ての店舗が閉店していました。でも、夜勤労働者、緊急時の需要、様々なニーズがあります」
「それらに応えるため、24時間営業...いえ、夜間専門営業を開始しました」
「夜間専門...」商人たちが興味深そうに聞き入る。
「需要はあったのですか?」
「予想以上でした。初日から行列ができ、1年目で黒字化達成」
「すごいな...」
「ポイントは3つです」リリアーナが指を立てる。
「第一に、真のニーズに応えること。困っている人を確実に助ける」
「第二に、品質を絶対に妥協しないこと。安かろう悪かろうでは意味がない」
「第三に、地域社会への貢献。単なる利益追求ではなく、社会全体の幸福を考える」
商人たちが真剣にメモを取っている。
「技術的な優位性はありますか?」南方大陸の商人が尋ねる。
「はい。独自開発の物流システム、需要予測魔法陣、保冷技術...」
ゼルドが技術的な説明を行う。
「特に物流システムは、従来比で60%のコスト削減を実現しています」
「60%?」
「そんな効率化が可能なのか?」
「実際の数字です。全店舗で同一品質を保ちながら、コスト削減も実現しています」
◇◇◇
プレゼンテーションが終わると、予想以上の反響があった。
「我が国でも、ぜひ展開していただきたい」
エルドリア帝国の商人が真剣な表情で申し出る。
「帝国内の主要都市5箇所での展開を検討しています」
「私どもドラゴン諸島でも興味があります」
船長も手を上げる。
「島嶼部での夜間営業は、確実に需要があります」
「南方大陸でもお願いします」
「東方諸国連合としても、正式に提携を申し込みたい」
次々と契約申し込みが寄せられる。
「皆さん、ありがとうございます」リリアーナが深々と頭を下げる。
「ただし、私たちには条件があります」
「条件?」
「はい。技術移転と引き換えに、私たちの理念も継承していただきたいのです」
「理念?」
「『便利は正義』。困っている人を助け、地域社会に貢献する。それを最優先にしていただく」
「利益だけが目的ではなく、人々の幸福を追求する事業として展開していただきたいのです」
商人たちが顔を見合わせる。
「...素晴らしい理念ですね」エルドリア帝国の商人が答える。
「我々も、そのような事業を目指したいと思います」
「同感です」他の商人たちも同意する。
「では、具体的な契約交渉に入りましょう」
◇◇◇
その日の午後、会場内での話題は『夜明けの星』のブース一色だった。
「あの王国の商人、すごいことを発表していたな」
「夜間営業で年商1億金貨だって」
「技術移転も検討してるらしい」
噂は瞬く間に広がり、メディア関係者も殺到した。
「グランドヘイブン商業新聞です。取材させていただけますか?」
「国際貿易タイムズです。ぜひお話を聞かせてください」
「大陸商業レビューです。革新的なビジネスモデルについて詳しく教えてください」
各国のメディアが取材を申し込んでくる。
「こんなに注目されるなんて」ミアが興奮している。
「でも、これが国際的な成功の証拠ね」リリアーナが満足そうに呟く。
取材では、事業の社会的意義を中心に説明した。
「単なる商売ではありません。社会問題の解決が目的です」
「夜間の安全確保、雇用創出、国際友好...これらの実現が私たちの使命です」
記者たちも感心している。
「商業活動で社会貢献...確かに理想的なモデルですね」
「しかも、実際に結果を出している」
「これは大きなニュースになりそうです」
◇◇◇
見本市最終日、予想以上の成果を上げることができた。
「契約申し込み...12カ国」アンナが集計結果を報告する。
「技術移転交渉...8件」
「メディア取材...15社」
「そして、会場内での売上...」
「売上まで?」
「はい。実演販売で3日間の合計が、5万金貨です」
「5万金貨!?」
たった3日間の実演販売で、これほどの売上を上げたのは会場内でも前例がないという。
「これは記録的な数字ですね」会場責任者も驚いている。
「来年はもっと大きなブースを用意させていただきます」
「ありがとうございます」
その時、特別な来訪者があった。
「グランドヘイブン商工会議所会長のマクベインです」
初老の紳士が丁寧に挨拶する。
「素晴らしい展示でした。ぜひ、来年は特別講演をお願いしたい」
「特別講演?」
「はい。『次世代商業モデル』についての講演です」
「各国の商業関係者が聞きたがっています」
これは大変な名誉だった。国際商業都市での特別講演は、世界的な権威として認められたことを意味する。
「喜んでお受けします」
◇◇◇
帰路の馬車の中で、一行は興奮冷めやらぬ様子だった。
「まさか、こんなに反響があるなんて」ロウが感慨深そうに言う。
「12カ国からの契約申し込みですよ」
「しかも、みんな真剣だった」ミアも興奮している。
「理念に共感してくれたのが一番嬉しかったです」
「そうね」リリアーナが微笑む。
「単なる技術移転じゃなく、価値観を共有できる仲間が世界中にできる」
「これで、本当にグローバル事業になりますね」ゼルドが将来を見据える。
「物流システムも、世界規模で構築する必要があります」
「人材育成も国際的に展開しないと」
課題は山積みだが、それ以上に可能性が広がっている。
「でも、基本は変わらない」リリアーナが改めて確認する。
「困っている人を助ける。美味しいものを提供する。地域に根ざした店を作る」
「それが世界のどこでも同じ」
「便利は正義」みんなで復唱する。
「これが世界共通の理念になるのね」
夕日に照らされた馬車が、王都に向かって走っていく。
『夜明けの星』は今、文字通り世界中に光を届けようとしている。
国際見本市での成功は、新たな時代の始まりを告げていた。
世界は、便利を求めている。そして、『夜明けの星』が、それに応えようとしている。
グローバル化の波に乗って、理念と実践を世界中に広げていく。
ついに、世界が認めた。
その事実が、リリアーナたちの心を熱くしていた。