表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/41

第6話 初バイト、ミア採用


 翌朝早く、私は台所でおにぎりの試作に取り組んでいた。


「うーん、この世界の米って日本のとは微妙に違うのよね」


 前世の記憶を頼りに作ってはいるものの、食材が違えば仕上がりも変わってくる。


「リリアーナ様、何を作っていらっしゃるんですか?」


 アンナが興味深そうに覗き込んでくる。


「おにぎりよ。コンビニの主力商品になる予定の」


「おにぎり?」


「握り飯のことよ。でも、ただの握り飯じゃない。具材を工夫して、もっと美味しく、もっと便利にしたの」


 私は手のひらに塩をつけて、炊きたてのご飯を握り始めた。


『塩加減が重要なのよね』


 前世では何百回と握ったおにぎり。その経験を思い出しながら、丁寧に形を整えていく。


「今日はミアちゃんが来るから、試食してもらいましょう」


「ミアさんですか?」


「そう。実際に食べてもらって、どんな反応をするか見てみたいの」


『商品開発の基本は、ターゲット顧客の生の声を聞くこと』


◇◇◇


 午前10時頃、元気な声と共にミアちゃんがやってきた。


「おはようございます!」


 扉を開けると、茶色い髪を三つ編みにした16歳の少女が、満面の笑顔で立っていた。


「おはよう、ミアちゃん。今日はよろしくお願いします」


「こちらこそ!面白そうな店ができるって聞いて、昨夜は興奮して眠れませんでした!」


『この明るさ...接客業に向いてるわ』


 第一印象で確信した。この子なら絶対に良いスタッフになる。


「まず、家の中で色々とお話ししましょう」


「はい!」


 居間に案内すると、ミアちゃんは目をキラキラさせて辺りを見回している。


「すごく綺麗なお家ですね」


「ありがとう。座って座って」


◇◇◇


 お茶を出してから、まずは基本的な説明をした。


「アルバイトに興味ある?」


「はい!すごく興味あります!」


 即答だった。迷いが全くない。


「でも夜勤だから、普通のお仕事とは違うのよ?」


「夜勤...夜中に働くってことですよね?」


「そう。午後8時から朝6時までの10時間労働」


「大丈夫です!私、夜更かし得意なんです。それに...」


 ミアちゃんが少し恥ずかしそうに続ける。


「農作業の手伝いばかりで、他のお仕事をしたことがないんです。色んなことを覚えたくて」


『向上心もある...完璧ね』


「それじゃあ」私は立ち上がった。「まず試作品を食べてもらいましょうか」


「試作品?」


「今日の朝作ったおにぎりよ」


 台所から、さっき作ったおにぎりを持ってきた。


 白いご飯だけのシンプルなものと、梅干しを入れたもの、そして鮭をほぐして入れたものの三種類。


「おにぎり...ああ、握り飯ですね」


「ええ、でも普通の握り飯とはちょっと違うの。食べてみて」


 ミアちゃんが恐る恐る白いおにぎりを手に取った。


「いただきます」


 一口かじった瞬間...


「!!!」


 ミアちゃんの目が見開かれた。


◇◇◇


「うま...何これ、お米がこんなに美味しいなんて!」


 ミアちゃんが興奮している。


「普通の握り飯と何が違うんですか?」


「塩加減と握り方よ。塩は手につけて握ることで、ご飯全体に均等に行き渡る。そして握り方は...」


 私は実演しながら説明した。


「強く握りすぎると米粒が潰れて食感が悪くなる。でも弱すぎると形が崩れる。絶妙な力加減で、ふんわりと握るのがコツなの」


「すごい...こんなに違うなんて」


 ミアちゃんが今度は梅干しのおにぎりを食べる。


「酸味と塩味のバランスが絶妙!」


 そして鮭おにぎり。


「この鮭の味付けも素晴らしい!」


 三個のおにぎりをあっという間に平らげてしまった。


「どうだった?」


「感動しました!」ミアちゃんが涙ぐんでいる。


『え?泣いてる?』


「こんなに美味しい食べ物があるなんて...みんなにも食べてもらいたい!」


 ミアちゃんが立ち上がって、私の手を握った。


「私、働かせてください!この美味しさを村中に広めたいんです!」


『完全に堕ちたわね』


 心の中で笑った。おにぎりの威力は予想以上だ。


◇◇◇


「それじゃあ、正式に採用よ」


「やったー!」ミアちゃんが飛び跳ねている。


「でも、お仕事は簡単じゃないのよ?色々覚えてもらうことがあるの」


「何でも覚えます!頑張ります!」


 やる気満々だ。これなら研修も楽しくなりそう。


「それじゃあ、今日から接客の基本を教えるわね」


「接客の基本?」


「お客様と接する時の基本的なマナーよ」


 私は前世のコンビニ研修を思い出しながら、カリキュラムを組み立てた。


「まずは挨拶から」


「挨拶ですね!」


「お客様が来店された時の第一声。これがとても重要なの」


 私は実演してみせた。


「いらっしゃいませ。お疲れ様です」


「声のトーンは明るく、でも大きすぎない。笑顔で、相手の目を見て」


「いらっしゃいませ〜♪」


 ミアちゃんが真似してみる。


『天然の明るさで即座に習得!』


 完璧だった。というより、天性の才能がある。


「素晴らしいわ!その調子よ」


「本当ですか?」


「ええ。あなたの笑顔は間違いなくお客様を幸せにするわ」


◇◇◇


 次は商品の袋詰めの練習。


「商品をお渡しする時の袋詰めも重要なの」


 私は適当な物を使って実演した。


「重いものは下、軽いものは上。壊れやすいものは別の袋に」


「温かいものと冷たいものは分ける。これは商品の品質を保つためよ」


「なるほど!」ミアちゃんが真剣にメモを取っている。


「実際にやってみて」


 ミアちゃんが袋詰めに挑戦する。


 最初はぎこちなかったが、すぐにコツを掴んだ。


「こんな感じですか?」


「完璧!飲み込みが早いわね」


『やっぱり賢い子ね。教え甲斐がある』


 次はお釣りの計算。


「数字は得意?」


「はい!農作業の売上計算はいつも私がやってます」


『頼もしい』


 簡単な計算問題を出してみたが、全て正確に答えられた。


「素晴らしいわ。これなら安心してレジを任せられる」


◇◇◇


 午後は実際の接客シミュレーション。


「私がお客様役をするから、一通りの流れをやってみましょう」


「はい!お願いします」


 私は客として店に入る演技をした。


「いらっしゃいませ〜♪」


 ミアちゃんの挨拶。完璧だ。


「おにぎりとお茶をください」


「ありがとうございます。温めますか?」


『え?温めるって発想が出てきた?』


 これは教えていない。ミアちゃんが自分で考えて言ったのだ。


「そうね、温めてもらおうかしら」


「かしこまりました」


 ミアちゃんが商品を受け取って、加熱の演技をする。


「お待たせいたしました。袋は分けますか?」


『これも教えてない!気が利くのね』


「一緒で大丈夫よ」


「ありがとうございます。50銅貨になります」


 私が100銅貨を渡す。


「100銅貨お預かりします。50銅貨のお返しです」


 お釣りを丁寧に渡してくれる。


「ありがとうございました。またお越しくださいませ〜♪」


『完璧すぎる!』


◇◇◇


「どうでした?」ミアちゃんが不安そうに聞く。


「完璧よ!というより、教えてないことまで自分で考えてやってくれたわね」


「えへへ〜」ミアちゃんが照れている。


「温めるかどうか聞いたり、袋を分けるか確認したり...すごく気が利くのね」


「農作業で、色んなお客さんと接する機会があったんです。その時に覚えたことです」


『なるほど、すでに接客経験があるのね』


 これは予想以上の拾い物だった。


「それじゃあ」私は正式に宣言した。「明日から一緒に頑張りましょう!」


「はい!」ミアちゃんが元気よく答える。


「この村一番の店員になります!」


『この意気込み...頼もしいわ』


◇◇◇


 夕方、ミアちゃんの初日研修が終了した。


「今日はお疲れ様でした」


「ありがとうございました!すごく勉強になりました」


「明日からは実際の店舗で準備作業をしましょう」


「はい!楽しみです」


 ミアちゃんが帰った後、アンナが感想を述べた。


「素晴らしい方ですね」


「そうね。予想以上に優秀だったわ」


「あのおにぎりの食べっぷりも印象的でした」


『ああ、あの感動ぶりね』


 私は笑った。


「きっと、お客様にも同じような感動を与えられるわよ」


 実際、ミアちゃんの反応を見て確信した。このおにぎりは間違いなくヒット商品になる。


『あとは肉まんとスープも完成させれば...』


 商品ラインナップが着々と固まってきている。


◇◇◇


 その夜、私は一人でコンビニの完成予想図を描いていた。


 明るい店内で、ミアちゃんが笑顔で接客している姿。


 衛兵や冒険者が温かいおにぎりを食べて満足している姿。


 すべてがリアルに想像できる。


『きっと素晴らしい店になる』


 ミアちゃんという最高のパートナーを得て、成功への確信がより強くなった。


「明日からは本格的な商品開発ね」


 肉まんのレシピ開発、スープの試作、仕入れ業者との詳細打ち合わせ...


 やることはまだまだたくさんある。


 でも、ミアちゃんがいれば何でも乗り越えられそうな気がした。


『あの子の明るさと前向きさがあれば、お客様も絶対に喜んでくれる』


 私は安心して眠りについた。


 明日からは、本当の意味でのチーム戦が始まる。


◇◇◇


 翌朝、予定より早くミアちゃんがやってきた。


「おはようございます!」


「おはよう、ミアちゃん。早いのね」


「楽しみで眠れませんでした!今日は何をするんですか?」


『この積極性...素晴らしい』


「今日は実際の店舗を見に行きましょう。そして、あなたの意見も聞かせてもらいたいの」


「私の意見ですか?」


「そう。実際に働く人の視点で、店舗レイアウトを確認してもらいたいの」


 私たちは改装予定の廃屋に向かった。


 オルフさんの工事開始まではまだ数日あるが、実際の空間を見ながら打ち合わせをするのは重要だ。


「わあ、結構広いんですね」


 ミアちゃんが店内を見回している。


「ここがレジカウンター、ここが商品棚...」


 私が図面を見せながら説明すると、ミアちゃんが積極的に質問してくる。


「お客さんの動きやすさを考えると、こっちの方が良いかも」


「冷蔵庫は入口から見えた方が、商品をアピールできますね」


『なるほど、現場目線の意見は貴重ね』


 ミアちゃんの提案で、レイアウトをいくつか修正することになった。


◇◇◇


 午後は商品企画の相談。


「メインのおにぎり以外に、どんな商品があったら嬉しい?」


「うーん...」ミアちゃんが真剣に考える。


「夜勤の人って、甘いものも欲しがると思うんです」


「甘いもの?」


「はい。疲れた時って、甘いものが食べたくなりませんか?」


『確かに!夜勤の時は甘いものが欲しくなる』


 これは重要な指摘だった。


「どんな甘いものが良いかしら?」


「簡単に食べられて、エネルギーになるもの...大福とかどうでしょう?」


「大福!いいアイデアね」


『和菓子という発想はなかった』


「それと」ミアちゃんが続ける。


「冒険者の人たちには、保存の利く食べ物も必要だと思います」


「保存食ね」


「はい。日持ちして、持ち運びしやすいもの」


『これも的確な指摘』


 ミアちゃんの顧客目線での提案は、どれも説得力があった。


「ミアちゃん、あなたって本当に商才があるのね」


「そうですか?えへへ〜」


 照れているが、これは間違いなく才能だ。


『この子がいれば、お客様のニーズを的確に捉えられる』


◇◇◇


 夕方、一日の研修を終えて家に戻った。


「今日も勉強になりました!」


「こちらこそ。ミアちゃんの意見はとても参考になったわ」


「本当ですか?」


「ええ。あなたがいてくれて本当に良かった」


 ミアちゃんの目が輝いている。


「私、絶対に良いお店にしたいです。リリアーナ様と一緒に」


「ありがとう。きっと素晴らしい店になるわよ」


 ミアちゃんが帰った後、私は今日の収穫を整理した。


 レイアウトの改善案、新しい商品企画、そして何より信頼できるパートナーの確保。


『これで開店への道筋がより明確になった』


 ミアちゃんという最高のスタッフを得て、私の夢はさらに現実味を帯びてきた。


 明日からは、いよいよオルフさんの改装工事が始まる。


 そして、それと並行して本格的な商品開発と仕入れ準備も加速させていく。


『世界初のコンビニ、必ず成功させてみせる』


 私は決意を新たにした。


 ミアちゃんの「この村一番の店員になります!」という言葉が、心の中で響いている。


 きっと、お客様に愛される店を作ることができる。


 そんな確信を抱きながら、私は明日への準備を始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ