第6話 初バイト、ミア採用
翌朝早く、私は台所でおにぎりの試作に取り組んでいた。
「うーん、この世界の米って日本のとは微妙に違うのよね」
前世の記憶を頼りに作ってはいるものの、食材が違えば仕上がりも変わってくる。
「リリアーナ様、何を作っていらっしゃるんですか?」
アンナが興味深そうに覗き込んでくる。
「おにぎりよ。コンビニの主力商品になる予定の」
「おにぎり?」
「握り飯のことよ。でも、ただの握り飯じゃない。具材を工夫して、もっと美味しく、もっと便利にしたの」
私は手のひらに塩をつけて、炊きたてのご飯を握り始めた。
『塩加減が重要なのよね』
前世では何百回と握ったおにぎり。その経験を思い出しながら、丁寧に形を整えていく。
「今日はミアちゃんが来るから、試食してもらいましょう」
「ミアさんですか?」
「そう。実際に食べてもらって、どんな反応をするか見てみたいの」
『商品開発の基本は、ターゲット顧客の生の声を聞くこと』
◇◇◇
午前10時頃、元気な声と共にミアちゃんがやってきた。
「おはようございます!」
扉を開けると、茶色い髪を三つ編みにした16歳の少女が、満面の笑顔で立っていた。
「おはよう、ミアちゃん。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ!面白そうな店ができるって聞いて、昨夜は興奮して眠れませんでした!」
『この明るさ...接客業に向いてるわ』
第一印象で確信した。この子なら絶対に良いスタッフになる。
「まず、家の中で色々とお話ししましょう」
「はい!」
居間に案内すると、ミアちゃんは目をキラキラさせて辺りを見回している。
「すごく綺麗なお家ですね」
「ありがとう。座って座って」
◇◇◇
お茶を出してから、まずは基本的な説明をした。
「アルバイトに興味ある?」
「はい!すごく興味あります!」
即答だった。迷いが全くない。
「でも夜勤だから、普通のお仕事とは違うのよ?」
「夜勤...夜中に働くってことですよね?」
「そう。午後8時から朝6時までの10時間労働」
「大丈夫です!私、夜更かし得意なんです。それに...」
ミアちゃんが少し恥ずかしそうに続ける。
「農作業の手伝いばかりで、他のお仕事をしたことがないんです。色んなことを覚えたくて」
『向上心もある...完璧ね』
「それじゃあ」私は立ち上がった。「まず試作品を食べてもらいましょうか」
「試作品?」
「今日の朝作ったおにぎりよ」
台所から、さっき作ったおにぎりを持ってきた。
白いご飯だけのシンプルなものと、梅干しを入れたもの、そして鮭をほぐして入れたものの三種類。
「おにぎり...ああ、握り飯ですね」
「ええ、でも普通の握り飯とはちょっと違うの。食べてみて」
ミアちゃんが恐る恐る白いおにぎりを手に取った。
「いただきます」
一口かじった瞬間...
「!!!」
ミアちゃんの目が見開かれた。
◇◇◇
「うま...何これ、お米がこんなに美味しいなんて!」
ミアちゃんが興奮している。
「普通の握り飯と何が違うんですか?」
「塩加減と握り方よ。塩は手につけて握ることで、ご飯全体に均等に行き渡る。そして握り方は...」
私は実演しながら説明した。
「強く握りすぎると米粒が潰れて食感が悪くなる。でも弱すぎると形が崩れる。絶妙な力加減で、ふんわりと握るのがコツなの」
「すごい...こんなに違うなんて」
ミアちゃんが今度は梅干しのおにぎりを食べる。
「酸味と塩味のバランスが絶妙!」
そして鮭おにぎり。
「この鮭の味付けも素晴らしい!」
三個のおにぎりをあっという間に平らげてしまった。
「どうだった?」
「感動しました!」ミアちゃんが涙ぐんでいる。
『え?泣いてる?』
「こんなに美味しい食べ物があるなんて...みんなにも食べてもらいたい!」
ミアちゃんが立ち上がって、私の手を握った。
「私、働かせてください!この美味しさを村中に広めたいんです!」
『完全に堕ちたわね』
心の中で笑った。おにぎりの威力は予想以上だ。
◇◇◇
「それじゃあ、正式に採用よ」
「やったー!」ミアちゃんが飛び跳ねている。
「でも、お仕事は簡単じゃないのよ?色々覚えてもらうことがあるの」
「何でも覚えます!頑張ります!」
やる気満々だ。これなら研修も楽しくなりそう。
「それじゃあ、今日から接客の基本を教えるわね」
「接客の基本?」
「お客様と接する時の基本的なマナーよ」
私は前世のコンビニ研修を思い出しながら、カリキュラムを組み立てた。
「まずは挨拶から」
「挨拶ですね!」
「お客様が来店された時の第一声。これがとても重要なの」
私は実演してみせた。
「いらっしゃいませ。お疲れ様です」
「声のトーンは明るく、でも大きすぎない。笑顔で、相手の目を見て」
「いらっしゃいませ〜♪」
ミアちゃんが真似してみる。
『天然の明るさで即座に習得!』
完璧だった。というより、天性の才能がある。
「素晴らしいわ!その調子よ」
「本当ですか?」
「ええ。あなたの笑顔は間違いなくお客様を幸せにするわ」
◇◇◇
次は商品の袋詰めの練習。
「商品をお渡しする時の袋詰めも重要なの」
私は適当な物を使って実演した。
「重いものは下、軽いものは上。壊れやすいものは別の袋に」
「温かいものと冷たいものは分ける。これは商品の品質を保つためよ」
「なるほど!」ミアちゃんが真剣にメモを取っている。
「実際にやってみて」
ミアちゃんが袋詰めに挑戦する。
最初はぎこちなかったが、すぐにコツを掴んだ。
「こんな感じですか?」
「完璧!飲み込みが早いわね」
『やっぱり賢い子ね。教え甲斐がある』
次はお釣りの計算。
「数字は得意?」
「はい!農作業の売上計算はいつも私がやってます」
『頼もしい』
簡単な計算問題を出してみたが、全て正確に答えられた。
「素晴らしいわ。これなら安心してレジを任せられる」
◇◇◇
午後は実際の接客シミュレーション。
「私がお客様役をするから、一通りの流れをやってみましょう」
「はい!お願いします」
私は客として店に入る演技をした。
「いらっしゃいませ〜♪」
ミアちゃんの挨拶。完璧だ。
「おにぎりとお茶をください」
「ありがとうございます。温めますか?」
『え?温めるって発想が出てきた?』
これは教えていない。ミアちゃんが自分で考えて言ったのだ。
「そうね、温めてもらおうかしら」
「かしこまりました」
ミアちゃんが商品を受け取って、加熱の演技をする。
「お待たせいたしました。袋は分けますか?」
『これも教えてない!気が利くのね』
「一緒で大丈夫よ」
「ありがとうございます。50銅貨になります」
私が100銅貨を渡す。
「100銅貨お預かりします。50銅貨のお返しです」
お釣りを丁寧に渡してくれる。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ〜♪」
『完璧すぎる!』
◇◇◇
「どうでした?」ミアちゃんが不安そうに聞く。
「完璧よ!というより、教えてないことまで自分で考えてやってくれたわね」
「えへへ〜」ミアちゃんが照れている。
「温めるかどうか聞いたり、袋を分けるか確認したり...すごく気が利くのね」
「農作業で、色んなお客さんと接する機会があったんです。その時に覚えたことです」
『なるほど、すでに接客経験があるのね』
これは予想以上の拾い物だった。
「それじゃあ」私は正式に宣言した。「明日から一緒に頑張りましょう!」
「はい!」ミアちゃんが元気よく答える。
「この村一番の店員になります!」
『この意気込み...頼もしいわ』
◇◇◇
夕方、ミアちゃんの初日研修が終了した。
「今日はお疲れ様でした」
「ありがとうございました!すごく勉強になりました」
「明日からは実際の店舗で準備作業をしましょう」
「はい!楽しみです」
ミアちゃんが帰った後、アンナが感想を述べた。
「素晴らしい方ですね」
「そうね。予想以上に優秀だったわ」
「あのおにぎりの食べっぷりも印象的でした」
『ああ、あの感動ぶりね』
私は笑った。
「きっと、お客様にも同じような感動を与えられるわよ」
実際、ミアちゃんの反応を見て確信した。このおにぎりは間違いなくヒット商品になる。
『あとは肉まんとスープも完成させれば...』
商品ラインナップが着々と固まってきている。
◇◇◇
その夜、私は一人でコンビニの完成予想図を描いていた。
明るい店内で、ミアちゃんが笑顔で接客している姿。
衛兵や冒険者が温かいおにぎりを食べて満足している姿。
すべてがリアルに想像できる。
『きっと素晴らしい店になる』
ミアちゃんという最高のパートナーを得て、成功への確信がより強くなった。
「明日からは本格的な商品開発ね」
肉まんのレシピ開発、スープの試作、仕入れ業者との詳細打ち合わせ...
やることはまだまだたくさんある。
でも、ミアちゃんがいれば何でも乗り越えられそうな気がした。
『あの子の明るさと前向きさがあれば、お客様も絶対に喜んでくれる』
私は安心して眠りについた。
明日からは、本当の意味でのチーム戦が始まる。
◇◇◇
翌朝、予定より早くミアちゃんがやってきた。
「おはようございます!」
「おはよう、ミアちゃん。早いのね」
「楽しみで眠れませんでした!今日は何をするんですか?」
『この積極性...素晴らしい』
「今日は実際の店舗を見に行きましょう。そして、あなたの意見も聞かせてもらいたいの」
「私の意見ですか?」
「そう。実際に働く人の視点で、店舗レイアウトを確認してもらいたいの」
私たちは改装予定の廃屋に向かった。
オルフさんの工事開始まではまだ数日あるが、実際の空間を見ながら打ち合わせをするのは重要だ。
「わあ、結構広いんですね」
ミアちゃんが店内を見回している。
「ここがレジカウンター、ここが商品棚...」
私が図面を見せながら説明すると、ミアちゃんが積極的に質問してくる。
「お客さんの動きやすさを考えると、こっちの方が良いかも」
「冷蔵庫は入口から見えた方が、商品をアピールできますね」
『なるほど、現場目線の意見は貴重ね』
ミアちゃんの提案で、レイアウトをいくつか修正することになった。
◇◇◇
午後は商品企画の相談。
「メインのおにぎり以外に、どんな商品があったら嬉しい?」
「うーん...」ミアちゃんが真剣に考える。
「夜勤の人って、甘いものも欲しがると思うんです」
「甘いもの?」
「はい。疲れた時って、甘いものが食べたくなりませんか?」
『確かに!夜勤の時は甘いものが欲しくなる』
これは重要な指摘だった。
「どんな甘いものが良いかしら?」
「簡単に食べられて、エネルギーになるもの...大福とかどうでしょう?」
「大福!いいアイデアね」
『和菓子という発想はなかった』
「それと」ミアちゃんが続ける。
「冒険者の人たちには、保存の利く食べ物も必要だと思います」
「保存食ね」
「はい。日持ちして、持ち運びしやすいもの」
『これも的確な指摘』
ミアちゃんの顧客目線での提案は、どれも説得力があった。
「ミアちゃん、あなたって本当に商才があるのね」
「そうですか?えへへ〜」
照れているが、これは間違いなく才能だ。
『この子がいれば、お客様のニーズを的確に捉えられる』
◇◇◇
夕方、一日の研修を終えて家に戻った。
「今日も勉強になりました!」
「こちらこそ。ミアちゃんの意見はとても参考になったわ」
「本当ですか?」
「ええ。あなたがいてくれて本当に良かった」
ミアちゃんの目が輝いている。
「私、絶対に良いお店にしたいです。リリアーナ様と一緒に」
「ありがとう。きっと素晴らしい店になるわよ」
ミアちゃんが帰った後、私は今日の収穫を整理した。
レイアウトの改善案、新しい商品企画、そして何より信頼できるパートナーの確保。
『これで開店への道筋がより明確になった』
ミアちゃんという最高のスタッフを得て、私の夢はさらに現実味を帯びてきた。
明日からは、いよいよオルフさんの改装工事が始まる。
そして、それと並行して本格的な商品開発と仕入れ準備も加速させていく。
『世界初のコンビニ、必ず成功させてみせる』
私は決意を新たにした。
ミアちゃんの「この村一番の店員になります!」という言葉が、心の中で響いている。
きっと、お客様に愛される店を作ることができる。
そんな確信を抱きながら、私は明日への準備を始めた。