表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/100

第5話 内装スタート、職人と握手

夜間営業許可証を手に入れた翌朝。


 私は日の出より早く目を覚まし、寝台の上で両腕を組んでいた。


「床、壁、厨房、棚、会計台、窓、魔道具。それから――」


「まだ増えるのでございますか?」


 閉じた扉の向こうから、アンナの声がした。


「どうして起きていると分かったの?」


「先ほどから床板が4度鳴りました」


 ギィ。


「5度目です」


「……店より先に、ここの床を直した方がいいかもしれないわね」


「その前に、お顔を洗ってください」


 扉が開き、アンナが朝食の盆を運び込んでくる。


「見えない請求書だけが、私より先に店の棚を占領している気がするの!」


「商売人として健全な幻覚です」


 最優先は建物の安全確認と改装。つまり、本日は大工探しである。


 村で腕のよい職人を尋ねると、返ってくる名はオルフ・バッカスだった。


「口が悪くて値段もまけない。気に入らない仕事なら貴族でも断る。だが、あの人が直した家は20年経っても歪まない」


「私と相性がよさそうな要素、最後だけじゃない?」


「仕事が確かです」


「昨夜、『安全だけは値切らない』とおっしゃったのはリリアーナ様です」


「昨日の私の正論が、今日の私を容赦なく殴ってくる!」


 槌の音をたどって村の端へ行くと、木の看板を掲げた工房が見えた。


 カン、カン、カン。


 規則正しい音が、私たちの姿を認めた途端、ピタリと止まった。


「歓迎されていない音の止まり方ね」


 鞄の中の図面を確かめる。


 職人には、私の夢へ付き合う義務などない。


「よし」


 頬をパンッと叩く。


「道楽じゃないって、仕事で分からせるわ」


◇◇◇


 作業台の向こうにいたのは、40代ほどの大柄な男だった。


 日に焼けた腕は丸太のように太く、掌には硬い皮が重なっている。


 鋭い目で私たちを見ると、削りかけの板から手を離した。


「客か?」


「改装をお願いしたくて伺いました」


「どこだ」


「街道沿いの元雑貨屋です」


「あの廃屋か。依頼主は?」


「私です。リリアーナ・フィオーレと申します」


「どこかで聞いた名だな」


 工房の奥から、若い弟子がヒョコッと顔を出す。


「親方。王都から来た、元王女様ですよ」


「王女?」


「元、です。今はスノーベル村の住民です」


 オルフは私の外套から靴まで、値踏みするように眺めた。


 そして、フンと鼻を鳴らす。


「王女様の道楽につき合うほど暇じゃねえ」


 ズキッ。


「あの建物は、きれいな棚を置いて、お姫様が3日笑って終わりって仕事じゃない。床下から見なきゃならねえ。梁も壁も傷んでる。遊びなら他を当たれ」


 悔しい。


 カッと頬が熱くなり、反論が喉まで駆け上がる。


 誰が3日で飽きるって!?


 こっちは追放されて、村長に一度断られ、それでも許可を取ったのよ! 図面だって、目をショボショボさせて何度も描き直した!


 前へ出かけたアンナを、そっと片手で制した。


 怒鳴って「私は王女よ」と返したら、オルフの疑いを自分で証明するだけだ。


「どの部分が、一番大きな仕事になりますか?」


「……何?」


「昨日見た限りでは、床板、窓枠、厨房の仕切りが必要だと思いました。でも私は建物の専門家ではありません。見落としがあるなら、教えてください」


 オルフの眉が動いた。


「俺は断ったんだぞ」


「道楽なら断る、と聞きました。ですから、道楽かどうかを決める材料を見てから断ってほしいんです」


「口が回るな、お姫様」


「元です。それと、口だけだと思われるのは……ものすごく悔しいです」


「本当は今すぐ図面を机へ叩きつけて、『これを見なさい!』って叫びたいくらい。でも、それでは仕事を頼む態度じゃない。だからお願いします。せめて中身を見てから、駄目だと言ってください」


 オルフは黙った後、作業台を顎で示した。


「5分だ」


「10分ください」


「図々しいな」


「図面が4枚あります」


「7分」


「ありがとうございます!」


 勝ったわけではない。でも、最初の7分を確保した。


 私は鞄から図面を取り出した。


◇◇◇


 オルフは面倒そうに1枚目を受け取った。


 入口、会計台、商品棚、通路、倉庫、厨房、照明、冷却魔道具の予定位置。


 2枚目へ移る頃には、オルフは作業台の削り屑を腕で払い、図面を平らに広げていた。


「入口の右に会計台。背は低めで、店内と外の両方を見えるようにします」


「客が入って、反時計回りに棚を見る形か」


「通路は、大人2人が荷物を持ってすれ違える幅。棚は向こうまで見通せる高さに」


「防犯と、品出しのしやすさを兼ねてるわけだ」


 オルフの太い指が図面の線をなぞる。


「会計台の奥行きが足りねえ。釣り銭箱と包み紙を置いたら、商品を渡せんぞ」


「では、こちらへ広げる?」


「その分、入口が狭くなる」


「入口は荷物を持つ人も通るから、狭めたくないわ」


「なら、台を鉤形にする。内側へ作業面を伸ばせば、客側の通路は残る」


「それよ!」


 思わず身を乗り出し、オルフの肩へ額をぶつけそうになった。


 クイッ。


 アンナに襟を引かれる。


「近いです」


「ご、ごめんなさい。いい案を見ると、身体が先に!」


「客の前でも毎回それをやる気か?」


「努力して止めます」


「絶対に止めろ」


 弟子が背を向け、肩を震わせている。


 笑われた。でも、さっきの突き放す笑いではない。


「棚は商品を前後2列に置く想定です。ただ、実際の板の厚みまでは分かりません。倒れないことを優先して、寸法は直してください」


「図面どおり作れと言わねえのか?」


「配置には理由があります。でも、この世界の木材や建物に合う作り方は、オルフさんの方が知っている」


「理由ってのは?」


「棚を低くするのは店中を見渡し、困っているお客様へすぐ声をかけるため。通路を広くするのは、旅人と店員がぶつからないためです」


 私が知っているのは「なぜ、その配置が便利だったか」まで。この世界で「どう作るか」には、職人の知恵が必要なのだ。


「照明は棚の間へ均等に。ただし、客の顔と会計台が影にならないようにしたいです」


「冷却の魔道具をここに置くなら、裏の導管は1本にまとめられる。厨房の熱源とは離せ」


「では、壁をこちらへ動かして――」


「駄目だ。倉庫への道が狭くなる。荷運びのたび、腰と口から悲鳴が出るぞ」


「私、口からは今でもよく悲鳴が出るけど」


「自慢するな」


「自慢じゃないわよ!」


「棚を半尺縮めろ。売り場の品数は少し減るが、補充が止まらん」


「品数を減らすのは悔しいわ……」


「客へ見せる棚だけ立派で、裏から運べなきゃ、もっと悔しいぞ」


「ぐっ。正しい。採用!」


「俺の案だ」


「店に採用するって意味!」


 図面の上で互いの案が行き交い、約束の7分はとっくに過ぎた。弟子まで木材を提案している。


「面白えな、これ」


 オルフが初めて、はっきり笑った。


「飾るための図面じゃねえ。客と働く奴が、毎日どう動くかまで考えてある」


 道楽ではないと、ようやく伝わった。


「毎日使う店ですから」


 平静を装った声が、少し上ずる。


「本当に、あんたが描いたのか?」


「はい。でも、完成させるのは私一人では無理です」


 私は深く頭を下げた。


「私の知っている店へ無理やり合わせるのではなく、この村で長く使える店にしてください」


「頭を上げろ。まず現場を見るぞ」


「はい!」


◇◇◇


 元雑貨屋へ移動すると、オルフは床を一枚ずつ槌で叩いた。


 コン。コン。ゴン。


「今の、音が違う」


「床下の湿気だ。開けてみなきゃ、どこまで傷んでるか分からん」


 梁を見上げ、窓枠へ指を滑らせ、井戸と排水まで確認する。


 私が棚と商品を夢見ていた場所を、オルフは壊れる可能性から見ていた。


「傷んだ床板の交換。壁の補修と塗装。窓枠。厨房の防火壁。商品棚、会計台、倉庫棚。魔道具の導管を通す穴と覆い」


「安い木で済ませる所と、毎日手が触れるから丈夫にする所を分けても――ざっと200金貨だ」


「にひゃ……」


 声が途中で死んだ。


 200金貨。


 財布ごと巨大な鳥にさらわれ、空の彼方へ消えていく金額よ!


「高いか?」


「正直に申し上げると、今、心の中で私の財布の葬儀を執り行っています」


「そりゃご愁傷様だ」


「参列者は私とアンナ。故人の思い出は、昨日の営業許可証です」


「勝手に殺さないでください。資金は残ります」


 アンナが帳簿を開き、冷静に訂正した。


 弟子がブフォッと噴き出す。


 オルフは笑わない。


 金額へ責任を持つ、職人の顔だった。


 払えなくはない。けれど、支度金を工事へ使い切れば、仕入れも賃金も払えない。


「材料費はいくらですか?」


「半分より少し上だ。注文した時点で払ってもらう。俺も材木屋へ『王女様の夢だから待ってくれ』とは言えねえ」


「材料費は先に全額払います」


 アンナを見る。


 彼女は帳簿を確かめ、短く頷いた。


「工賃は、床と壁が終わった時に一部。棚と会計台の設置時に一部。完成検査の後に残りを。最後の分だけ、開店後3か月に分けていただけませんか」


 オルフの顔が険しくなった。


「店が潰れたら?」


 胸がズキリと痛む。けれど、商売を始める側が失敗の危険を負わなければならない。


「私個人の借金として残します。店の売上がなくても、支度金の残りと、私物を売って払う。ガレオ村長にも条件を確認していただき、書面にします」


「宝石を売る気か?」


「必要なら」


 アンナが小さく息を呑んだ。


 母から贈られた品もある。手放したくない。それでも、私の夢の危険だけをオルフへ押しつける方が嫌だった。


「そこまでして失敗したら、悔しくねえのか?」


「悔しいに決まってるでしょう!」


 思わず声が跳ねた。


「たぶん3日は泣く! 4日目にはローランの悪口を言う! 5日目には別の商品を考え始めるわ!」


「立ち直りが早えな」


「追放された翌日に店を思いついた女よ。そこだけは自信がある!」


 オルフの口元が、わずかに動いた。


「でも、失敗したときだけ親方が損をする約束よりはましです。職人の時間も、弟子の給金も、材木屋への支払いも、私の挑戦とは別の生活でしょう?」


 沈黙が落ちる。


 オルフはアンナの帳簿へ目を落とした。


 支払日。材料費。工賃。生活費。仕入れの予備費。


「最後の工賃を3回払い。それ以上は延ばさん」


「受けていただけるの?」


「材料費は先に全額。途中の検査で追加が出たら、勝手に工事を進めず見積もりを出す。あんたも、追加を口約束で頼むな」


「はい!」


「まだ全部聞け」


「はいっ」


「手抜きはしねえ。あんたの無茶な寸法には遠慮なく駄目を出す。工期を急かして安全を削れと言ったら、その場で降りる」


「望むところです」


「それと、作業中の弁当で工賃をまけさせようとするなよ」


「お弁当とお茶は用意します。でも代金は工事費と分けます。贈り物と取引をごちゃ混ぜにはしません」


 弟子がまた吹き出した。


「親方。この人、王女様らしくないっすね」


「元よ!」


 反射で返すと、工房じゅうに笑いが広がった。


 オルフが大きな手を差し出す。


「気に入った。引き受ける」


 差し出された手を両手で握る。何年も木を削り、槌を握ってきた手は、ざらりと硬い。


「よろしくお願いします、オルフさん」


「親方でいい」


「ではオルフ親方。世界初のコンビニを、世界一使いやすい――」


「世界一は知らん」


 言葉を途中で切られた。


「村で一番使いやすい店にはしてやる」


 世界一と言いたかった。でも、村で一番を本気で作る人の言葉の方が、今は頼もしい。


「望むところです!」


 図面の上で、最初の工事日が決まった。


 頼れる職人仲間、獲得。棚より先に、私の背筋へ丈夫な柱が通った気がした。


◇◇◇


 工房を出た後、私たちは村の南にあるロバートの畑へ向かった。


 畝には朝露が残り、根菜の葉が風にサワサワ揺れている。


 ロバートは鍬を置き、布で額の汗を拭いた。


「夜のお店に使う野菜を、継続して仕入れたいんです」


「うちの野菜を?」


「スープ用の根菜、添え物にする葉物、日持ちさせる漬物用の野菜。最初は少量ですが、毎週決まった日に買い取りたいと思っています」


 ロバートは喜びかけ、すぐに畑を見渡した。


「根菜は安定しています。ただ、葉物は天気で量が変わる。毎週同じ量と言われると、約束できません」


「不作でも同じ量を出せ、とは言いません。足りない週は別の農家や、別の商品で補います」


「形の悪い物でも構いませんか?」


 ロバートが、曲がった根菜を1本抜いて見せる。


「市場へ出すと値を下げられます。でも、味は変わらない」


「切ってスープにするなら、形より鮮度と安全です。傷みがなく、味に問題がなければ買います」


「それは助かる」


 ロバートの顔が明るくなった。


「ただし、『形が悪いから何でも安く』にはしません。市場の相場を基準にして、選別や洗浄をこちらで行う分だけ相談しましょう」


「元王女様なら、『王女の店へ納められるんだから安くしろ』と言われるかと思いました」


 冗談めかした声だったが、その不安は本物だ。


「安く買えても、来年作っていただけなくなったら困るわ。店だけ儲かって、畑が続かなくなる値段では意味がないもの」


「店としては、安い方が嬉しいでしょう?」


「短い間だけね。私、追放されてから『長く続ける』って言葉に敏感なの。ある日いきなり『もう必要ない』と切られる痛さを知ったから」


 ロバートの表情が、少し変わった。


 作物を買いながら、生産者の明日を削る店にはしたくない。


「なら、こちらも長くお付き合いしたい」


 土のついた手と握手を交わす。


「それと、娘のミアが……店で働くことに興味を持っていまして」


「ミアさんが?」


「人と話すのが好きな子です。畑の帳簿も手伝っている。ただ、農作業以外の仕事は初めてですし、夜となると親として心配で」


 人と話すのが好きで、帳簿も分かる。心の中で「ぜひ!」が三段跳びした。


 でも、口からそのまま飛び出させてはいけない。


「本人から、なぜ働きたいのかを聞かせてください。仕事内容、時間、賃金、安全について説明して、それでも希望するなら適性を一緒に確かめます」


「今夜、連れて伺っても?」


「お待ちしています」


 採用候補、現る。


 まだ候補よ、私。落ち着いて。今すぐ制服の寸法を考え始めない!


◇◇◇


 午後は、週に2度開く小さな市場を回った。


 並ぶ魚は、近くの川で獲れた物が中心。


 肉は豚と鶏が多く、牛は時々。


 穀物商には小麦と大麦だけでなく、前世の米によく似た穀物もあった。


「これなら、おにぎりを作れる」


「握り飯とは違うのですか?」


「似ているけれど、具と握り方を工夫するの。夜でも片手で食べられて、手を汚しにくい。温かい汁物と合わせたら、もう最強よ!」


「価格を確認する前に、献立を完成させないでください」


「あっ」


 危ない。


 頭の中では、もう衛兵が湯気の立つスープを飲んでいる。現実の私は、まだ米を一粒も仕入れていない。


 値段だけでなく、産地、入荷日、雨や雪で遅れた場合の代替品も尋ねた。


 雑貨の露店には、石鹸、歯磨き粉、櫛、布、紙、インク、小さな裁縫道具が並んでいる。


「夜中に針が折れた。紙が必要になった。石鹸を切らした。そういう『今ほしい!』にも応えたいわ」


「何でも置くと、また資金が足りなくなります」


「うぐっ。財布の葬儀、第2会場を設けるところだったわ」


「最初は少量ずつにしてください」


「ええ。見本を少量だけ仕入れて、売れた物を増やす。魚も肉も穀物も、棚と献立が決まってから正式な数を頼みましょう」


 商人たちは興味を示したが、大量注文はしない。工事日も棚の数も未定だ。約束を急がないことも、長い取引には必要だった。


◇◇◇


 夕方、家へ戻ると、今日決まったことを紙へまとめた。


「改装はオルフ親方。材料費を先払いし、工事の進み具合に合わせて工賃を払う」


「野菜はロバートさん。市場価格を基準に、週ごとの量を相談する」


「魚、豚肉、鶏肉、時々の牛肉。それから米、小麦、大麦、石鹸などは候補を確認。正式な数量は、棚と商品計画が決まってから」


 アンナが読み上げ、私が支払日を横へ書き込む。


「1日で、ずいぶん進みましたね」


「ええ。でも、私一人で進めたことは一つもないわ」


 ガレオ、オルフと弟子、ロバート、商人、衛兵。そして私が夢だけを見て走らないよう、足元を照らすアンナ。


 店は、違う仕事をする人たちの約束が結ばれる場所なのだ。


「ミアさんは、どんな方でしょうね」


「ロバートさんの話では、明るくて、人と話すのが好き。それから、畑の帳簿を手伝っているそうよ」


「リリアーナ様は、もう採用するお顔です」


「まだよ。本人の話を聞くまでは決めないわ」


「では、その緩みきったお顔を鏡でご覧になりますか?」


「アンナは時々、私に厳しすぎない?」


「共同事業者ですので」


 その言葉が嬉しくて、一瞬、返事ができなかった。


 私一人で始めたつもりの夢を、アンナは共同事業者として背負ってくれている。


「……ありがとう」


「何のことでしょう」


「何でもない。さあ、面談の準備をしましょう」


「はい。浮かれて即採用なさらないよう、私が条件を読み上げます」


「そこまで信用がないの!?」


 コンコン。


 扉を叩く音がした。


「リリアーナさん、ロバートです」


 扉を開けると、ロバートの隣に、茶色の髪を三つ編みにした少女が立っていた。


 緊張しているのだろう。背筋を伸ばし、両手を身体の前でギュッと結んでいる。


 それでも私と目が合うと、パッと明るい笑顔になった。


「は、初めまして!」


 声が大きすぎたことに自分で驚き、少女は頬を真っ赤にする。


「ミア・クラウスです! 夜のお店のお仕事について、どうしてもお話を聞きたくて来ました!」


 声が、家へ響いた。


 私は笑って、扉を大きく開ける。


「いらっしゃい、ミアさん。まずは、あなたの希望を聞かせて」


 胸がパッと明るくなる。


 ――と同時に、隣からアンナが採用条件を書いた紙をサッと差し出した。


 労働時間。賃金。休憩。夜道の送迎。試用期間。


 夢に浸る隙が、1秒もない。


「共同事業者が優秀すぎて、私の見せ場を片っ端から現実に変えてくる……!」


「何かおっしゃいましたか?」


「いいえ。頼りにしていると言ったのよ」


「では、その頼れる共同事業者も同席いたします」


「逃げ道まで塞がれた!」


 ミアが目を丸くした後、クスッと笑った。


 その笑顔を見て、私の緊張も少しだけほどける。


「どうぞ、中へ」


 店の棚は、まだ1本もない。


 それでも人と人の間には、最初の通路ができ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ