第57話 物流革命の兆し
「リリアーナ様、ついに完成しました!」
ゼルドが興奮した表情で店に駆け込んできたのは、朝の7時頃だった。普段なら閉店時間でみんな疲れているはずなのに、彼の熱気に引かれて全員が注目する。
「何が完成したって?」
「夜間集配センターです!ついに本格稼働開始です!」
ゼルドは手に持った設計図を広げながら、興奮冷めやらぬ様子で説明を始めた。
「これまで3ヶ月かけて建設していた物流の中核施設が、昨夜から本格的に動き出したんです」
リリアーナも興味深そうに設計図を覗き込む。
「すごい規模ね...これ、想像していたより大きい」
「はい。王都郊外に建設した巨大な倉庫施設で、全店舗への配送を一元管理します」
ミアが疑問を口にする。
「でも、なんで夜間なんですか?普通は昼間に配送するものじゃ...」
「それが革命的な部分なんです!」ゼルドの目が輝く。「従来の物流は昼間中心でした。でも、私たちは夜営業。夜間に商品が必要なんです」
「なるほど」
「つまり、他の誰もやっていない『夜間物流システム』を構築したということです」
(前世でも、深夜配送は効率が良かったのよね。道路も空いてるし、コストも安い)
リリアーナは前世の知識と重ね合わせながら頷いた。
「具体的には、どんなシステムなの?」
「それが...もう見ていただいた方が早いです。今から案内しますので、ぜひ見学に来てください!」
◇◇◇
王都郊外の夜間集配センターは、確かに想像を超える規模だった。
「うわぁ...これは本当にすごい」
巨大な倉庫には、所狭しと商品が整理されて積まれている。しかし、ただ積まれているわけではない。全てが系統的に、効率的に配置されているのが一目で分かる。
「まず、在庫管理システムから説明します」ゼルドが指差したのは、倉庫の一角にある魔法装置だった。
「これは需要予測魔法陣です。各店舗の過去の売上データを分析して、明日必要になる商品の量を自動的に予測します」
「自動的に?」
「はい。『月曜日の王都旗艦店では肉まんが50個、おにぎりが80個必要』といった具合に、店舗別・商品別に予測が出ます」
アンナが感心する。
「それは便利ですね。これまでは手動で発注していましたから」
「しかも、予測精度が95%以上なんです」ゼルドが誇らしげに付け加える。「魔法と統計学を組み合わせた、世界初のシステムです」
倉庫の奥では、多数のスタッフが働いている。でも、その動きは普通の倉庫作業とは明らかに違った。
「みんな、すごく効率的に動いてますね」ミアが観察する。
「ピッキングシステムを最適化したんです」ゼルドが説明する。「各配送員に最短ルートで商品を集められるよう、魔法的なナビゲーション装置を装備させています」
「魔法的なナビゲーション?」
「簡単に言うと、『次にどこに行けば良いか』を光で示してくれる装置です。迷うことなく、最短時間で必要な商品を集められます」
リリアーナは感嘆した。これは明らかに、従来の物流システムを大きく上回る効率性を持っている。
◇◇◇
「さて、実際の配送工程も見てみましょう」
ゼルドは一行を配送エリアに案内した。そこには、見たことのない形状の馬車が並んでいる。
「これは...普通の荷馬車じゃないわね」
「特注の夜間配送車です」ゼルドが胸を張る。「積載量を最大化し、かつ夜間でも安全に走行できるよう設計しました」
馬車の荷台は、通常の倍近い容量がありそうだった。しかも、整理整頓された区画に分かれており、各店舗の商品が混ざらないよう工夫されている。
「積載最適化システムも導入しています」
「積載最適化?」
「各店舗への配送商品を、最も効率的に積み込むための計算システムです。重いものは下に、軽いものは上に、壊れやすいものは専用区画に、といった具合に自動的に配置を決定します」
配送スタッフの一人が説明してくれた。
「以前は積み込みだけで1時間かかっていましたが、今では20分で完了します」
「しかも、配送先での荷下ろしも格段に楽になりました」
「どうして?」
「必要な商品がすぐに見つかるよう、配送順に積み込まれているからです」
なるほど、これは確かに革命的な改善だ。
「配送ルートも最適化されています」ゼルドが地図を広げる。「全店舗を最短距離で回れるよう、魔法的な計算で最適ルートを算出しています」
地図には、複雑な線が描かれている。一見すると迷路のようだが、よく見ると非常に効率的なルートになっているのが分かる。
「従来は配送に6時間かかっていましたが、今では3時間で完了します」
「半分の時間で?」
「はい。しかも、配送品質も向上しています」
◇◇◇
「配送品質の向上って、具体的には?」ロウが尋ねる。
「まず、欠品率の劇的な改善です」配送責任者が答える。「以前は月に10-15回の欠品がありましたが、今では月1回あるかないかです」
「それはすごい改善ね」
「需要予測システムの精度が高いので、必要な分だけ確実に用意できるんです」
「それに、商品の鮮度も向上しました」別のスタッフが付け加える。「配送時間が短縮されたので、より新鮮な状態でお客様に提供できます」
「特に、魚や野菜などの生鮮食品は、明らかに品質が上がりました」
アンナが実務的な質問をする。
「コスト面ではいかがですか?」
「大幅な削減を実現しました」ゼルドが答える。「運送コストは従来の60%まで削減されています」
「60%って、それは相当な削減よね」
「効率化により、燃料費、人件費、車両維持費、全てが削減されました」
「その分、商品価格を下げることもできますし、サービス向上に投資することもできます」
リリアーナは感動していた。これは単なる物流改善ではない。事業全体の競争力を根本的に向上させるシステムだ。
(これって、業界全体に影響を与えるレベルの革新よね)
◇◇◇
見学を終えて店に戻ると、早速その効果を実感することになった。
「あれ?今日の商品、いつもより種類が多くない?」ミアが商品棚を見ながら言う。
「はい」ゼルドが満足そうに答える。「新しい物流システムにより、より多種類の商品を安定供給できるようになりました」
確かに、棚には普段より多くの商品が並んでいる。しかも、全て新鮮そうだ。
「これまでは、人気商品に偏った仕入れをせざるを得ませんでした。でも、今では需要予測に基づいて、全商品を最適な量だけ仕入れることができます」
その夜の営業で、システムの効果は明らかになった。
「今日は珍しく、全然欠品がないな」常連の冒険者ディランが気づく。
「いつものおでんの大根も、まだたくさん残ってる」衛兵のハンスも喜んでいる。
「この時間でも、肉まんが蒸したてで食べられるなんて」
客たちの満足度も、明らかに向上していた。
「リリアーナ様、売上データも素晴らしいです」アンナが報告する。
「どれくらい?」
「欠品による機会損失がほぼゼロになったので、売上が15%向上しました」
「15%も?」
「はい。これまでは『欲しい商品がない』ということが結構あったんですが、それがなくなりました」
ゼルドも嬉しそうに付け加える。
「しかも、これは1店舗だけの話ではありません。全店舗で同様の効果が出ています」
「つまり、チェーン全体の売上向上に繋がっているということね」
「その通りです」
◇◇◇
新しい物流システムの効果は、すぐに業界の注目を集めることになった。
「最近、他の商会の人がよく見学に来るようになりましたね」アンナが報告する。
「見学?」
「『新しい物流システムを見せてもらえないか』という依頼が、毎日のように来ています」
ゼルドが苦笑いを浮かべる。
「正直、対応が大変です。王国最大の商業ギルドからも正式な視察申し込みが来ました」
「それはすごいわね」
「『このシステムを業界標準にしたい』という声も上がっています」
リリアーナは少し考えた。確かに、このシステムは他の商会にとっても有益だろう。独占するより、広く普及させた方が業界全体の発展に繋がる。
「見学は受け入れましょう。ただし、有料で」
「有料ですか?」
「技術指導料として適正な対価をいただく。そして、その収益で更なるシステム改善を図る」
「なるほど、それは良いアイデアですね」
実際、翌週から大手商会の視察が相次いだ。
「これは...革命的ですね」ある商会の幹部が感嘆する。
「我々の物流システムとは、次元が違う」
「特に、需要予測システムの精度は驚異的です」
「これを導入すれば、我々の効率も大幅に改善できるでしょう」
見学者たちの反応は、一様に驚きと感動だった。
「ぜひ、技術導入をお願いしたい」
「ライセンス契約は可能ですか?」
「コンサルティングサービスも提供していただけますか?」
申し込みが殺到した。
◇◇◇
「これは...思った以上の反響ですね」ゼルドが嬉しい悲鳴を上げる。
「どれくらいの申し込みが?」
「大手商会10社、中堅商会20社、その他多数です」
「それだけあれば、技術指導料だけでも相当な収益になるわね」
「はい。しかも、システムが広く普及すれば、部品や保守サービスの需要も生まれます」
アンナが計算結果を報告する。
「概算ですが、年間で現在の店舗売上の50%に相当する技術関連収益が見込めます」
「50%って...それは事業構造が変わるレベルね」
確かに、これまでは純粋に小売業だったが、今では技術サービス業としての側面も持つことになった。
「でも、一番大切なのは業界全体の底上げです」リリアーナが強調する。
「業界全体?」
「全ての商会が効率的な物流システムを導入すれば、消費者の利便性が向上する。価格も下がる。品質も良くなる」
「つまり、業界全体がWin-Winになるということですね」
「そう。私たちだけが儲かるのではなく、みんなが幸せになる」
その時、魔族のヴォルガーが興味深い情報を持ってきた。
「リリアーナさん、魔族領の商会からも問い合わせが来ています」
「魔族領からも?」
「はい。『人間領で評判の物流システムを導入したい』という申し出です」
「それは面白いわね」
「国境を越えた技術移転になりますね」ゼルドが興奮する。
「魔族領での物流事情はどうなの?」
「正直、人間領より非効率です」ヴォルガーが苦笑いする。「まだ手作業中心で、計画性も乏しい状況です」
「それなら、このシステムの効果は絶大でしょうね」
「でも、魔族領での導入となると、技術的な調整が必要になりますね」ゼルドが考え込む。
「どんな調整?」
「魔族の体格や文化に合わせた設備変更、言語の問題、法制度の違い...」
「確かに、単純移植では難しいかも」
「でも、やりがいのある挑戦ですね」
◇◇◇
その夜、営業終了後にスタッフ全員で振り返り会議を行った。
「新しい物流システム、1週間運用してみてどうだった?」リリアーナが尋ねる。
「最高です!」ミアが即答する。「欠品の心配をしなくて良いので、接客に集中できます」
「商品の品質も明らかに向上しました」ロウも同意する。
「お客様からの『いつもより美味しい』という声が増えています」
アンナが数字で裏付ける。
「顧客満足度調査でも、全項目で改善が見られます」
「レオナルドさんはどう?」
元ヴェルナー商会の支店長だったレオナルドが答える。
「驚嘆しています。これほど洗練された物流システムは見たことがありません」
「以前の会社と比べて?」
「比較になりません。ヴェルナー商会の物流は、このシステムから見れば石器時代のようなものです」
「それほど?」
「はい。需要予測の精度、配送効率、品質管理...全てが革新的です」
レオナルドは感慨深そうに続けた。
「もし、ヴェルナー商会がこのシステムを導入していれば...閉店することはなかったかもしれません」
「でも、今からでも遅くないわ」リリアーナが励ます。「技術は誰でも学べるし、改善はいつでも可能よ」
「そうですね。私も、このシステムをしっかり学んで、いつか役立てたいと思います」
ゼルドが今後の展望を語る。
「このシステムは、まだ第一段階です」
「第一段階?」
「はい。次は、AI機能の強化、予測精度の更なる向上、そして完全自動化を目指します」
「完全自動化?」
「人間の手を一切使わずに、注文から配送まで全て自動で行うシステムです」
「それは...すごいわね」
「実現すれば、24時間365日、完璧な物流サービスを提供できます」
その時、窓の外で何かが光った。朝日だった。
「もう朝ね」
「はい。でも、新しい物流システムのおかげで、明日の準備はもう完了しています」
確かに、以前なら朝の仕入れ準備で慌ただしかったが、今では全て自動的に手配されている。
「物流を制する者が勝つ」リリアーナがつぶやく。
「まさにその通りですね」ゼルドが同意する。
「でも、物流は手段であって目的じゃない」
「どういう意味ですか?」
「目的は、お客様に最高のサービスを提供すること。物流はそのための手段よ」
「なるほど」
「だから、システムがどんなに進歩しても、お客様を大切にする心は忘れちゃダメ」
全員が深く頷いた。
技術革新は確かに素晴らしい。でも、それを活かすのは人の心だ。
『夜明けの星』は、最新の物流システムと温かい人の心で、今日もまた新しい一日を迎えようとしていた。
物流革命の兆しは、確実に業界全体を変えつつある。そして、その中心には、お客様を想う変わらない心があった。