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第5話 内装スタート、職人と握手


 営業許可証を手に入れた翌日。


 私は早朝から村の大工を探し回っていた。


「改装工事が最優先よね」


 アンナと一緒に村を歩きながら、職人の工房を探している。


「あちらから槌の音が聞こえますね」


 アンナが指差した方向から、確かにトンカントンカンという規則正しい音が響いている。


「行ってみましょう」


 音の方向に向かって歩いていくと、村の端にある工房が見えてきた。


『OLFH WORKSHOP』と書かれた看板が掲げられている。


「オルフ工房...ここね」


◇◇◇


 工房に近づくと、筋骨隆々の男性が作業台で木材を削っていた。


 四十代前半くらいだろうか。日焼けした肌に汗を光らせながら、集中して作業している。


「すみません」私は声をかけた。


 男性が手を止めて振り返る。鋭い目つきだが、職人らしい真面目な顔をしていた。


「あん?客か?」


 関西弁...ではなく、この世界の方言のようだ。口調は少し荒っぽいが、悪意は感じられない。


「改装の件でお願いがあります」


「改装?」男性が眉をひそめる。「俺はオルフ・バッカスだ。で、どこの改装だって?」


「街道沿いの元雑貨屋です」


「ああ、あの廃屋か」オルフが作業台に工具を置く。「で、誰が依頼主だ?」


「私です」


「あんたが?」オルフが私をじろじろと見回す。「見ない顔だな。どちら様で?」


「リリアーナ・フィオーレです。最近この村に越してきました」


「リリアーナ...」オルフが首をかしげる。「どこかで聞いた名前だな...」


 その時、工房の奥から若い男性が顔を出した。


「親方、その人元王女様ですよ」


「王女?」オルフの目が点になった。「マジかよ...」


「元王女ですが、今は一村民です」私は苦笑いする。


「それで」オルフが腕を組む。「王女様が大工仕事?冗談だろ?」


 明らかに疑いの目で見られている。


『やっぱり最初は信用してもらえないわよね』


 これは想定内だった。元王女が突然現れて改装を依頼なんて、普通に考えておかしい。


「冗談ではありません。真剣です」


「真剣ねぇ...」オルフが鼻で笑う。「王女様の道楽に付き合う暇はないんだが」


『道楽...まあ、そう見えるでしょうね』


 でも、ここで諦めるわけにはいかない。


「設計図をお見せします」


 私は事前に準備していた図面を取り出した。


◇◇◇


 オルフは最初、面倒くさそうに図面を受け取った。


 しかし、見始めた途端に表情が変わった。


「これは...」


 図面には、前世の記憶を元に作成したコンビニのレイアウトが詳細に描かれていた。


 入口の位置、レジカウンターの配置、商品棚の寸法、照明の位置、動線の設計...


「この棚の高さは客の目線に合わせて、手の届きやすい130センチに設定しています」


 私は図面を指しながら説明し始めた。


「レジカウンターは客の流れを考慮して、右側に配置。左手で商品を持ったまま、右手で支払いができるようになっています」


「ほぉ...」オルフが真剣に図面を見つめている。


「商品棚は奥行き40センチ。商品を二列に並べても、奥の商品が見えるように設計しています」


「なるほど」


「照明は影ができないよう、棚の間隔に合わせて配置。商品がきれいに見えるようになっています」


 オルフの目の色が完全に変わっていた。


「おい、これ本格的じゃないか」


 職人の厳しい視線が、今度は感心の表情に変わっている。


「通路幅も計算されてるな。二人がすれ違えるように120センチ確保してある」


「はい。お客様同士がぶつからないよう配慮しました」


「この冷蔵設備の配置も理にかなってる」オルフが図面を指差す。「電源...じゃなくて、魔道具の魔力供給源からの距離も最適化されてる」


『さすが職人。技術的なポイントをすぐに理解してくれる』


 私は内心で安堵した。


◇◇◇


 オルフは図面を何度も見返していた。


「これ、誰が設計したんだ?」


「私です」


「嘘だろ?王女がこんな実用的な設計できるわけない」


『まあ、前世の記憶があるからできたんだけど...』


「本当に私が設計しました。実用性を重視して、何度も見直したんです」


「信じられねぇ...」オルフが頭を掻く。


 しばらく考え込んでから、オルフが口を開いた。


「で、予算はどれくらいだ?」


『予算の話になった!興味を持ってくれたのね』


「まず概算をお聞かせください。それから予算を調整します」


「う〜ん...」オルフが図面を見ながら計算し始める。


「棚の製作、レジカウンター、照明工事、床の張り替え、壁の塗装...」


 ブツブツと呟きながら、頭の中で見積もりを立てている。


「ざっと200金貨ってところかな」


『200金貨...結構な金額ね』


 でも、これは必要投資だ。


「分割払いは可能ですか?」


「分割?」


「完成時に半額、残りは営業開始後の売上から月々お支払いします」


 オルフが眉をひそめる。


「営業が軌道に乗らなかったらどうする?」


「その時は...」私は少し考えてから答えた。「完成したら一番の常連客になります」


「常連客?」


「毎日お弁当とお茶を買いに来ます。あと、工具や作業用品も置く予定なので、必要な時はうちで調達してください」


 オルフが面白そうに笑った。


「なるほど、Win-Winの関係ってやつか」


『Win-Win...この世界にもその概念があるのね』


「そういうことです」


 オルフが立ち上がって、私に手を差し出した。


「面白い、やってやろうじゃないか!」


『やった!』


 私はオルフの手を握り返した。職人の手は硬くて力強かった。


「よろしくお願いします」


「こちらこそ。久しぶりに面白い仕事だ」


 握手で契約成立。これで改装工事の目途が立った。


◇◇◇


 工房を出ると、アンナが感心したような顔をしていた。


「すごいですね、リリアーナ様。あんなに頑固そうな職人さんを説得されるなんて」


「図面の力よ。具体的な計画があれば、どんな職人でも興味を持ってくれる」


 前世の経験では、職人との打ち合わせは図面がすべてだった。


「それにオルフさんは良い職人ね。技術的なポイントをすぐに理解してくれた」


『あの人なら、質の高い工事をしてくれそう』


 次は仕入れルートの確保だ。


「ミアちゃんのお父様に会いに行きましょう」


「ロバートさんですね」


「そう。農家との直接取引ができれば、新鮮な野菜を確保できる」


◇◇◇


 ロバート・クラウスの畑は村の南側にあった。


 広々とした畑で、様々な野菜が育てられている。


「こんにちは」私は畑で作業しているロバートさんに声をかけた。


「おや、リリアーナさん」ロバートさんが作業の手を止める。「どうされました?」


「実は、お商売の相談があります」


「商売?」


「夜営業のお店を開く予定なんです。新鮮な野菜を仕入れさせていただけませんか?」


 ロバートさんの表情が明るくなった。


「それは良いお話ですね。どんな野菜が必要ですか?」


「スープ用の根菜、サラダ用の葉物、漬物用の野菜...色々と」


「うちで作ってるものなら、何でも供給できますよ」


『やった!これで野菜は確保できる』


「価格はどうしましょう?」


「市場価格を参考に、適正な価格で取引しましょう」ロバートさんが提案してくれる。


「ありがとうございます。長期契約も可能ですか?」


「もちろんです。安定した取引先があるのは、こちらも助かります」


『Win-Winの関係、また一つ構築』


 農家との直接契約が成立した。


◇◇◇


 ロバートさんとの話の中で、重要な情報を得た。


「実は、娘のミアがお店で働かせていただけないかと...」


『キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』


 待ってましたの人材確保の話だ。


「ミアちゃんですか?ぜひお願いします」


「本当ですか?」ロバートさんが喜ぶ。


「ええ。若くて元気な方に来ていただけると心強いです」


「ミアは明るい子で、人と話すのが好きなんです」


『接客業にピッタリじゃない』


「今度お時間のある時に、お話しさせていただけませんか?」


「今夜、夕食後に伺わせていただきます」


『これでスタッフも確保できそう』


 予想以上に順調に事が進んでいる。


◇◇◇


 午後は市場の視察に出かけた。


 村の市場は週に二回開かれる小さなものだが、近隣の農家や商人が集まってくる。


「どんな商品が流通しているか確認しましょう」


 魚屋、肉屋、穀物商、雑貨商...それぞれの店を回って、取り扱い商品と価格を調査した。


「魚は川魚が中心ね」


「肉は豚肉と鶏肉、時々牛肉」


「穀物は米、小麦、大麦」


『おにぎりと肉まんの材料は確保できそう』


 雑貨商では、この世界の日用品を確認した。


「石鹸、歯磨き粉、櫛、タオル...基本的な物は揃ってるのね」


『コンビニの日用品コーナーも作れる』


 商人たちに仕入れの可能性を打診すると、皆さん前向きに検討してくれた。


「新しいお店ですか。頑張ってください」


「何か必要なものがあれば相談してください」


『みんな協力的で助かる』


◇◇◇


 夕方、家に戻って今日の成果を整理した。


「順調ですね」アンナが嬉しそうに言う。


「ええ。改装工事はオルフさんに決定」


「野菜はロバートさんから直接仕入れ」


「その他の食材は市場の商人から調達」


「そしてミアちゃんにスタッフとして来てもらう」


 一日でかなりの進展があった。


「後は魔道具の調達と、詳細な商品企画ね」


『照明、冷蔵、加熱の魔道具は必須』


 これは旅商人に相談するのが良さそうだ。


「明日は魔道具商人を探しましょう」


「はい!」


 その時、扉をノックする音が聞こえた。


「はーい」


 扉を開けると、ロバートさんと一緒に若い女の子が立っていた。


 茶色い髪を三つ編みにした、明るい表情の可愛らしい女の子だ。


「こんばんは、リリアーナ様。娘のミアです」


「初めまして、ミア・クラウスです!」


 ミアちゃんが元気よく挨拶してくれた。


◇◇◇


 居間でお茶を飲みながら、ミアちゃんと面談をした。


「お店で働くことに興味があるの?」


「はい!父から聞いて、すごく面白そうだと思いました」


 目をキラキラさせて答えるミアちゃん。


「夜営業だから、夜勤になるけれど大丈夫?」


「大丈夫です!夜更かしは得意なんです」


『若いから体力もあるでしょうし』


「お客さんと話すのは好き?」


「大好きです!村の人たちとお話しするのが一番楽しいです」


『完璧な接客業向きの性格』


「それじゃあ」私は採用を決めた。「一緒に働きましょう」


「本当ですか?やったー!」


 ミアちゃんが飛び跳ねて喜んでいる。


「ありがとうございます、リリアーナ様」ロバートさんも感謝してくれる。


「こちらこそ。きっと素晴らしいスタッフになってくれると思います」


『これで人材確保も完了』


 初日から最高のメンバーが揃った。


◇◇◇


 ロバートさんとミアちゃんが帰った後、アンナと今日一日を振り返った。


「本当に順調ですね」


「ええ。予想以上に皆さん協力的で助かったわ」


「オルフさんも、最初は厳しそうでしたが...」


「職人は技術を理解してもらえれば、必ず味方になってくれるのよ」


 前世でも、設計図を見せた途端に態度が変わる職人をたくさん見てきた。


「明日からはいよいよ本格的な準備が始まるわね」


「はい!頑張りましょう」


 私は窓の外を見た。


 夜の村は相変わらず静まり返っている。


 でも近いうちに、あの廃屋に明るい灯りが灯る。


 そして夜勤で働く人たちが、温かい食べ物を求めてやってくる。


『オルフさんの腕で、最高の店を作ってもらおう』


『ロバートさんの野菜で、美味しい料理を作ろう』


『ミアちゃんと一緒に、お客様に笑顔を届けよう』


 一人一人の顔を思い浮かべながら、私は決意を新たにした。


『みんなの期待に応えるような店を作ってみせる』


 職人との握手、農家との契約、スタッフとの出会い。


 すべてが実を結んで、素晴らしいコンビニエンスストアが誕生するはずだ。


 追放された王女は、一歩一歩確実に夢の実現に向かって歩んでいた。


 そして村の人々も、この新しい挑戦を温かく見守ってくれている。


『世界初のコンビニ、必ず成功させてみせる!』

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