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第41話 ヴェルナー商会、宣戦布告


「リリアーナ様、大変です!」


朝の仕入れから戻ってきたゼルドの表情が青ざめている。いつもの冷静な彼がこんな顔をするなんて、相当深刻な事態なのかしら。


「どうしたの?そんなに慌てて」


「仕入れ価格が...突然、全部の業者が価格を吊り上げてきました!」


「価格を?どのくらい?」


「平均して3割増しです。しかも、全ての業者が申し合わせたように同じタイミングで」


えぇ!?3割増しって、それは完全に利益を圧迫するレベルよ。でも、全業者が同じタイミングなんて...そんな偶然あるわけない。


「明らかにおかしいですよね。市場価格に変動はないのに、私たちとの取引だけ値上げなんて」


ゼルドが憤慨している。そりゃそうよね、これは明らかに意図的な嫌がらせ。


「背後に何かありそうね...」


私の頭に一つの名前が浮かんだ。ヴェルナー商会。王都最大手の商会で、この辺りの流通を牛耳っている。以前から、私たちの成功を苦々しく思っているという噂があった。


「ゼルド、仕入れ業者に理由を聞いた?」


「聞きました。でも、みんな歯切れが悪くて...『上からの指示で』とか『仕方ないんです』とか」


やっぱり。圧力をかけられているのね。


◇◇◇


その日の昼、さらに悪いニュースが舞い込んできた。


「リリアーナ様!」


今度はミアが慌てて駆け込んできた。


「どうしたの?」


「市場で変な噂が流れてるんです!『夜営業の店は衛生に問題がある』って!」


「衛生に問題?」


何それ、根も葉もない話じゃない。うちほど衛生管理を徹底している店はないはずよ。


「『夜中だから管理が甘い』とか『食中毒が出たらしい』とか...でも、そんなの嘘ですよね!?」


もちろん嘘よ。食中毒なんて一件も発生していないし、衛生管理は医師のエルウィンさんからもお墨付きをもらっている。


「誰がそんな噂を流してるの?」


「それが...はっきりしないんです。『どこかで聞いた』とか『人から聞いた』とかで、発信源が特定できなくて」


典型的な風評被害の手口ね。発信源を曖昧にして、噂だけが一人歩きする。こんなのは...


「リリアーナ様」


店の奥からロウが顔を出した。


「今、変な人が来てました」


「変な人?」


「はい。身なりの良い中年の男性で、『より良い条件の仕事がある』って...」


あぁ、今度は人材引き抜きね。価格操作、風評被害、そして人材引き抜き。典型的な三段構えじゃない。


「どんな条件だったの?」


「給料を倍にするって言われました。でも、怪しいと思って断りました」


「そうね、正解よ」


それにしても、これだけ手の込んだ攻撃を仕掛けてくるなんて。相手は相当本気ね。


「ミア、ロウ、ちょっと座って」


二人を椅子に座らせて、状況を整理することにした。


「多分、これは偶然じゃないわ。誰かが組織的に私たちを潰そうとしている」


「組織的に?」


「そう。仕入れ価格の吊り上げ、風評被害、人材引き抜き...これは典型的な商業戦争の手口よ」


前世で見たことがある。大手が新興勢力を潰すための常套手段。


「でも、なんで私たちを?」


ミアが不安そうに聞く。


「私たちの成功が、既存の商習慣を脅かしているからよ。夜営業という新しいビジネスモデルが広がると、困る人たちがいるのね」


特に、夜間の独占的な地位を築いていた業者や、従来の商慣行で利益を得ていた人たち。私たちの成功は、彼らにとって脅威なのでしょう。


「でも、ヴェルナー商会って...あの王都最大手の?」


ロウが震え声で聞く。


「多分ね。状況から判断すると、彼らの可能性が高い」


◇◇◇


夕方、予想通りの来客があった。


「リリアーナ・フィオーレ様でいらっしゃいますね」


現れたのは、立派な馬車から降りた初老の男性。服装から身のこなしまで、明らかに上流階級の人物。


「はい、そうですが...どちら様でしょうか?」


「ヴェルナー商会の会長、ヴィクター・ヴェルナーと申します」


やっぱり来た!本人が直々に登場するなんて、相当な危機感を抱いているのね。


「はじめまして。お忙しい中、わざわざお越しいただき恐縮です」


一応、礼儀は保っておきましょう。


「単刀直入に申し上げます。夜営業などという馬鹿げた事業は、今すぐおやめになることをお勧めします」


おお、いきなり宣戦布告ね。回りくどい前置きもなし。


「馬鹿げた事業とは、ずいぶんな言い様ですね。多くのお客様に喜んでいただいているのですが」


「一時的な珍しさに過ぎません。そんなものが長続きするはずがない」


この人、本当に分かってないのね。夜営業の価値を全く理解していない。


「それに、既存の商習慣を無視した身勝手な行為です。秩序を乱す行為は容認できません」


あぁ、本音が出たわね。要するに、自分たちの既得権益が脅かされるのが嫌なのね。


「秩序と仰いますが、お客様の利便性よりも既存の慣習を優先すべきなのでしょうか?」


「生意気な!若い小娘が何を知っているというのか!」


おや、感情的になってきたわね。冷静さを失うなんて、案外器の小さい人なのかしら。


「知識や経験は年齢だけで決まるものではありません。大切なのは、お客様に価値を提供できているかどうかです」


「価値だと?夜中に店を開けることの何が価値だ!」


この人、本当に何も分かってない。夜勤で働く人たちの苦労も、夜営業が提供する便利さも、全く理解していない。


「では、なぜそんなに必死になって私たちを止めようとするのですか?価値がないなら、放っておけばいいじゃありませんか」


「...」


ヴィクターの顔が赤くなった。図星を突かれて、言葉に詰まったのね。


「最後の忠告です。この事業をやめなければ、あなたには居場所がなくなる。商売というものは、力関係で決まるのです」


完全に脅しね。でも、こんな脅しに屈するわけにはいかない。


「忠告、ありがとうございます。でも、お断りします」


私はきっぱりと答えた。


「私たちは、困っている人を助けるために商売をしています。それを力で封じ込めようとする人に屈するつもりはありません」


「後悔することになりますよ」


ヴィクターは苦い顔をして立ち上がった。


「向こうも本気で来たということね」


彼が去った後、私は静かにつぶやいた。でも、恐怖は感じない。むしろ、燃えてくるものがある。


◇◇◇


その夜、スタッフ全員を集めて緊急会議を開いた。


「みんな、状況は分かったわね」


「はい...」


ミアとロウが不安そうに頷く。


「正直に言うと、これから厳しい戦いになる。相手は王都最大手の商会。資金力も政治力も、私たちとは比べ物にならない」


「でも...」


ロウが言いかけて、口をつぐむ。


「何でも言って。遠慮はいらないわ」


「僕たちは、リリアーナさんについていきます。引き抜きの話も、すぐに断りました」


「私も同じです!お金だけの問題じゃありません。ここで働けて、本当に幸せですから」


ミアも力強く宣言する。この二人の忠誠心には、本当に頭が下がる。


「ありがとう。でも、無理はしないで。もし、本当に危険だと感じたら、遠慮なく言って」


「大丈夫です!」


二人の表情に迷いはない。


「それから、ゼルドはどう?」


「僕も同じです。これまでのパートナーシップを、たかが金で売り渡すつもりはありません」


心強い言葉ね。でも、彼らを危険に巻き込むのは申し訳ない気持ちもある。


「分かったわ。それなら、対抗策を考えましょう」


私は立ち上がって、店内を見回した。


「正面衝突は避けるべきね。資金力で勝負しても勝ち目はない」


「じゃあ、どうすれば?」


「差別化よ。相手ができないこと、相手が思いつかないことで勝負する」


具体的には、サービス品質の徹底的な向上、顧客との関係強化、そして新しい価値の創造。


「幸い、私たちには強い武器がある」


「武器?」


「お客様の信頼よ。半年間、誠実に商売を続けてきた結果、多くの人に愛されている。これは、お金では買えない財産」


実際、今日の風評被害も、常連客は全く信じていない。「あの店が衛生に問題があるなんて、ありえない」と一蹴してくれた。


「それに、私たちには正義がある」


「正義?」


「そう。困っている人を助けるという、明確な大義名分。相手は既得権益を守ろうとしているだけ。どちらが正しいかは明らか」


◇◇◇


翌日から、予想通り嫌がらせが本格化した。


「リリアーナ様、また新しい噂が...」


ミアが心配そうに報告する。


「今度は何?」


「『夜営業は風紀を乱す』とか『青少年に悪影響』とか...」


相変わらず、根拠のない中傷ね。でも、こういう攻撃は予想していた。


「大丈夫。事実は曲げられない」


実際、青少年への悪影響どころか、子供たちが「将来あの店で働きたい」と憧れてくれている。真実はいずれ明らかになる。


「仕入れの方はどう?」


「厳しいですが、何とか代替ルートを確保しました」


ゼルドが報告する。


「価格は上がりましたが、品質は保てます」


「ありがとう。多少利益が減っても、品質は絶対に落とせないから」


その時、常連のハンスが来店した。


「おお、今日も元気にやってるね」


「ハンスさん、お疲れ様です!」


ミアが笑顔で迎える。


「変な噂が流れてるらしいじゃないか」


「はい...ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


「何を言ってるんだ。あんな噂、誰も信じやしないよ」


ハンスが豪快に笑う。


「この店がどれだけ清潔で、どれだけ美味しいか、みんな知ってるからな。むしろ、そんな噂を流す奴の方が怪しいって話になってる」


「本当ですか?」


「ああ。衛兵仲間もみんな、『絶対に嘘だ』って言ってる。それより、頑張って店を続けてくれよ。俺たちの生活に欠かせないんだからな」


涙が出そうになった。こんなに信頼してくれるお客様がいる限り、絶対に負けるわけにはいかない。


「ありがとうございます。絶対に負けません」


「そうそう、その意気だ!」


◇◇◇


営業中、驚くべき光景を目にした。


常連客たちが、まるで申し合わせたように続々と来店し、いつもより多めに買い物をしていく。


「今日はたくさん買われますね」


「ああ、応援してるからな。変な圧力に負けるな」


「僕たちも微力ながら支援します」


「この店がなくなったら困るのは俺たちだからな」


お客様たちが、自発的に店を支援してくれている。こんなに温かい支持があるなんて...


「皆さん、ありがとうございます...」


「何を感動してるんだ。当たり前のことだろう」


「そうそう。困った時はお互い様だ」


逆に団結力が強化されている。外からの圧力があることで、みんなの結束が深まっているのね。


◇◇◇


閉店後、一人で考え込んでいると、外から足音が聞こえた。


「リリアーナ様、まだ起きてたんですね」


ミアが心配そうに顔を出した。


「ええ、明日のことを考えていて」


「不安ですか?」


「不安というより...燃えてるのよね」


「燃えてる?」


「そう。本当の戦いはここからという感じ」


今まで村レベルでの小さな成功に満足していたけれど、王都最大手が本気で潰しにかかってくるということは、それだけ私たちの事業に価値があるということ。


「むしろ光栄よ。ヴェルナー商会ほどの大企業が、私たちを脅威と認めてくれたんだから」


「そう考えると...確かにすごいことですね」


「でも、簡単ではないわ。相手は百戦錬磨の商売人。資金も人脈も豊富」


「どうやって戦えば...」


「正攻法で行くしかないのよ。誠実に、真面目に、お客様のことを第一に考えて」


結局、商売の基本に立ち返ることが一番の対抗策。小手先の策略では、プロには勝てない。


「それに、私たちには彼らにない武器がある」


「武器?」


「革新性よ。新しいアイデア、新しい価値観、新しいサービス。既存の枠組みに縛られない発想力」


前世の知識もあるし、この世界にまだない概念もたくさん知っている。それらを活用すれば、必ず活路が見えるはず。


「明日から、更に頑張りましょう」


「はい!」


ミアの返事に力がこもっている。


窓の外を見ると、星空が美しく輝いている。嵐の前の静けさという感じね。でも、恐怖はない。むしろ、この困難を乗り越えることで、更に大きく成長できる予感がする。


「ヴェルナー商会か...上等じゃない」


小さくつぶやいて、2階に上がっていく。明日から本当の戦いが始まる。でも、負ける気はしない。


正義は私たちにある。そして、何より大切な仲間とお客様がいる。この力があれば、どんな困難も乗り越えられるはず。


「便利は正義」の旗を掲げて、堂々と戦い抜いてやる。

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