第4話 村長を口説く
物件も決まり、いよいよ本格的な準備に入る時が来た。
でもその前に、絶対にクリアしなければならない関門がある。
「営業許可ね」
私は朝食を食べながら、今日の予定を確認していた。
「営業許可?」アンナが首をかしげる。
「商売を始めるには、村の許可が必要よ。特に夜営業なんて前例のないことをするなら尚更」
前世の記憶では、日本でもコンビニを開店するには様々な許可が必要だった。食品衛生法、深夜酒類提供飲食店営業、防火管理...
『この世界ではどんな手続きが必要なのかしら?』
とりあえず、村のトップであるガレオ村長に相談するのが一番だろう。
「今日は村長さんと真剣勝負よ」
「真剣勝負?」
「夜営業の許可をもらうの。きっと反対されるでしょうから、論理的に説得しないと」
私は頭の中でプレゼンテーションの構成を組み立て始めた。
『まず現状の問題点を提示して、解決策を提案して、メリットを数字で示して...』
前世で身につけたビジネススキルを総動員する時が来た。
◇◇◇
村長宅を訪れたのは午前10時頃だった。
「お忙しい中すみません」
扉をノックすると、ガレオ村長本人が出てきてくれた。
「おや、リリアーナさん。どうされました?」
「実は、重要なご相談があります。お時間をいただけませんでしょうか?」
「重要な相談?」ガレオさんが眉をひそめる。
私の真剣な表情を見て、何か察したようだ。
「どうぞ、中にお入りください」
村長宅の居間に通してもらうと、奥さんがお茶を運んできてくれた。
「ありがとうございます」
優しそうな初老の女性だった。ガレオさんにぴったりの、穏やかな印象の奥さんだ。
「それで、相談というのは?」
ガレオさんが本題を促す。
「実は」私は深呼吸してから切り出した。「夜営業のお店を開きたいんです」
「夜営業?」
ガレオさんの表情が変わった。
「元王女が商売?しかも夜営業とは...」
困惑した表情を隠そうともしない。
『やっぱり反対されるわよね』
予想通りの反応だった。
「なぜ夜営業を?普通の商店ではいけませんか?」
「夜勤で働いている方々が困っているのを見て、何かお役に立てればと思いまして」
「うーん...」ガレオさんが腕を組んで考え込む。
しばらく沈黙が続いた後、ガレオさんが口を開いた。
「申し訳ありませんが、夜営業は許可できません」
『きた!本格的な反対!』
でも想定内だ。ここからが本番。
「理由をお聞かせください」
「いくつかあります」ガレオさんが指を折りながら説明する。
「まず治安の問題。夜に営業していると、良からぬ者が集まる可能性があります」
「次に風紀の乱れ。夜更かしを助長して、村の生活リズムが狂います」
「そして前例がない。これまで夜営業をした商店はありませんし、何が起こるかわからない」
『なるほど、予想通りの反対理由ね』
私は心の中で頷いた。どれも一般的な懸念事項だ。でも、すべて論理的に反駁できる。
「ガレオ村長」私は落ち着いて言った。「データで説明させていただけませんか?」
「データ?」
「はい。数字と事実に基づいた説明です」
◇◇◇
私は事前に準備していた資料を取り出した...といっても、紙に手書きしたメモだが。
「まず、現在の夜勤者の実数を調査しました」
「夜勤者?」
「夜中に働いている方々の人数です」
私は指を折りながら説明し始めた。
「衛兵詰所の夜警が2名。宿屋の夜番が1名。合計3名が毎晩働いています」
「それは...確かにそうですね」
「この3名は現在、干し肉と固いパンと水だけで10時間の勤務をこなしています」
「うむ」
「さらに」私は続ける。「宿泊中の冒険者も夜中に起きていることが多い。平均して3〜5名は夜更かししています」
「なるほど」
「つまり、毎晩6〜8名の潜在的な顧客がいるということです」
ガレオさんが真剣な表情で聞いている。
「現在の不便さについてもデータがあります」
「どんな?」
「冒険者の方々は、深夜に補給したくても朝まで待つしかありません。これにより、早朝出発の際に慌ただしくなり、買い忘れが発生することがあります」
『これは昨日の聞き込みで得た実際の声』
「衛兵の方々は、10時間の勤務中に満足な食事を取れないため、集中力の低下が懸念されます」
「確かに...」ガレオさんが頷く。
「そして経済効果です」
ここが一番重要な部分だ。
「毎晩6〜8名の客が、平均50銅貨の買い物をすると仮定します」
「50銅貨...妥当な金額ですね」
「月商は9,000〜12,000銅貨。年商108,000〜144,000銅貨になります」
ガレオさんの目が輝いた。
「これは...かなりの金額ですね」
「はい。そして売上の一部は村の税収になります。また、雇用も創出されます」
『数字で殴るのが一番効果的』
前世の営業経験が活かされている。
◇◇◇
データによる説明で、ガレオさんの表情が少し軟化してきた。
でも、まだ完全に納得したわけではない。
「経済効果は理解しました。しかし、治安の問題はどうお考えですか?」
『きた!核心部分』
「安全対策も万全に準備します」
私は畳み掛けるように説明した。
「まず、衛兵隊との連携。詰所から見える場所に店を構えますし、何かあれば即座に連絡できる体制を作ります」
「連絡体制?」
「伝令札を使って、緊急時には瞬時に衛兵隊に通報できるようにします」
この世界の魔法通信システムを活用する提案だ。
「次に防火設備。魔法ランプは安全性の高いものを使用し、消火用の水桶も常備します」
「そして迷惑客への対応。酔っ払いや問題のある客は即座に通報し、出入り禁止にします」
ガレオさんが真剣に聞いている。
「さらに」私は追加の提案をした。「営業時間も配慮します。完全な深夜営業ではなく、午後8時から午前6時までとします」
「午後8時から?」
「はい。一般の村民の方々が就寝された後の時間帯に限定します。これなら風紀の乱れも最小限に抑えられます」
「なるほど...」
「そして」私は最後の切り札を出した。「試験期間を設けてはいかがでしょうか?」
「試験期間?」
「3ヶ月間の仮営業で、実際に問題が起こるかどうか検証します。もし治安悪化や風紀の乱れが確認されれば、即座に営業停止します」
これは完全にビジネス交渉のテクニックだ。相手の懸念を受け入れつつ、リスクを限定的にすることで合意を得やすくする。
◇◇◇
ガレオさんは長い間考え込んでいた。
奥さんがお茶をおかわりしてくれたが、緊張で味がよくわからない。
『どうかな...説得できたかしら?』
やれることはすべてやった。あとは村長の判断を待つだけだ。
「リリアーナさん」ガレオさんがようやく口を開いた。
「はい」
「正直に言うと、最初は絶対に許可するつもりはありませんでした」
『やっぱり...』
「夜営業なんて、ろくなことにならないと思っていました」
「しかし」ガレオさんの表情が変わった。
「君の説明を聞いて、考えが変わりました」
『え?』
「データに基づいた論理的な説明、具体的な安全対策、そして何より君の熱意」
ガレオさんが立ち上がった。
「君の熱意は分かった。3ヶ月の試験期間で許可しよう」
『やった━━━━(゜∀゜)━━━━!!』
心の中で大喜びしたが、表面は冷静を保った。
「ありがとうございます!期待に応えられるよう頑張ります」
「ただし」ガレオさんが条件を付け加える。
「月に一度、営業状況の報告をしてもらいます。売上、客層、トラブルの有無...すべて報告してください」
「もちろんです」
「そして、もし問題が発生したら即座に営業停止。これは絶対条件です」
「承知いたしました」
『むしろ問題が起こらないよう、完璧に運営してみせる』
私は心の中で決意を新たにした。
◇◇◇
ガレオさんが奥の部屋に行って、しばらくして戻ってきた。
手には木札を持っている。
「これが営業許可証です」
木札には『夜間営業許可証 期限:3ヶ月 スノーベル村』と刻まれていた。
「ありがとうございます!」
私は木札を大切に受け取った。
これで正式に営業する権利を得たのだ。
「頑張ってください、リリアーナさん」
村長夫人も笑顔で応援してくれる。
「本当にありがとうございました。必ず成功させてみせます」
私は深々とお辞儀をした。
◇◇◇
村長宅を出ると、アンナが心配そうに待っていた。
「リリアーナ様、どうでした?」
「見て!」私は木札を見せた。
「営業許可証!やりました!」
「本当ですか?すごいです!」
アンナも飛び跳ねて喜んでいる。
「これで正式に準備を始められるわ」
私は木札を大切に服のポケットに仕舞った。
『第一関門突破!』
しかし、これはまだスタートラインに立っただけ。
3ヶ月の試験期間で結果を出さなければ、営業停止になってしまう。
「アンナ」私は決意を込めて言った。「これからが本当の勝負よ」
「はい!私も全力で頑張ります」
家に帰る道すがら、私は今後のスケジュールを頭の中で組み立てた。
『まず改装業者を探して、内装工事の相談』
『商品の仕入れルートを確保』
『スタッフの募集と研修』
『安全対策の具体的な準備』
やることは山積みだが、一つ一つクリアしていけば必ず実現できる。
『ガレオ村長の期待を裏切るわけにはいかない』
あの真剣な表情で許可してくれた村長の信頼に応えたい。
『そして何より、夜勤で働く人たちの役に立ちたい』
衛兵や冒険者の困った顔を思い出す。きっと温かい食べ物を提供できれば、喜んでもらえるはずだ。
◇◇◇
家に着くと、さっそく具体的な準備計画を立て始めた。
「まず優先順位を決めましょう」
私は紙に項目を書き出していく。
「1. 改装工事の手配」
「2. 魔道具(照明・冷蔵・加熱)の調達」
「3. 商品仕入れルートの確保」
「4. 初期スタッフの確保」
「5. 安全対策の準備」
「どれも重要ですが」私はアンナに説明した。「まず改装工事を始めないと、他の準備が進められません」
「改装業者はどうやって探すんですか?」
「村に大工さんがいるはずよ。明日にでも探してみましょう」
『前世の経験では、信頼できる業者を見つけるのが一番大変だった』
でも小さな村だから、評判はすぐにわかるだろう。
「商品仕入れはどうしましょう?」
「王都からの商隊を利用するか、直接生産者と契約するか...これも調査が必要ね」
『まずは何が調達可能かを把握しないと』
おにぎりの米、肉まんの小麦粉と肉、スープの野菜...主力商品の材料から確保していこう。
「スタッフは...」
「ミアちゃんという村の娘さんに声をかけてみましょうか」
「ああ、お父様がロバートさんの」
「そう。若くて元気そうだったし、接客に向いているかもしれない」
『人材確保も重要な課題。でも小さく始めるなら、まずは信頼できる人から』
◇◇◇
夕方になって、改めて営業許可証を眺めた。
たった一枚の木札だが、これには大きな意味がある。
『これで私も正式な商人の仲間入り』
王女だった頃とは全く違う人生が始まろうとしている。
「リリアーナ様」アンナが心配そうに言った。
「3ヶ月の試験期間...短いですね」
「確かにね。でも逆に考えれば、3ヶ月で結果を出せば正式に認めてもらえるということよ」
私は前向きに捉えていた。
『期限があった方が、かえって集中できる』
前世でも、締切のあるプロジェクトの方が燃えた。
「それに」私は微笑んだ。「ガレオ村長は私を信頼して許可してくれた。その信頼に応えるのが筋よ」
「そうですね。リリアーナ様なら必ず成功させられます」
アンナの信頼の眼差しが嬉しい。
『よし、明日からフル回転で準備を進めよう』
私は拳を握りしめた。
夜営業という前例のない挑戦。
3ヶ月という限られた時間。
そして村の人々の期待。
すべてを背負って、私は世界初のコンビニエンスストアを実現してみせる。
『ガレオ村長、絶対に期待に応えてみせます』
営業許可証を大切に抱きしめながら、私は決意を新たにした。
追放された王女の新しい人生が、今、本格的に始まろうとしていた。