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第3話 廃屋、理想の箱

コケコッコォォォ――!


「起きてるわよ!」


 スノーベル村で迎えた3日目の朝、私は布団をバァンと跳ね飛ばした。


「今日は私の勝ちね!」


「鶏は勝負を申し込んでいないと思われます」


 朝食の盆を置いたアンナが、ものすごく冷静に現実を差し出してくる。


「昨日、よい競争相手だと言ったでしょう?」


「それを真に受けて、夜明け前から3度も起きるとは思いませんでした」


「勝負に妥協はないのよ」


「物件探しの途中で眠くなっても、背負いませんからね」


「……勝負には適切な休息も必要ね」


 クルリと手のひらを返す。


 昨夜はローランを思い出して腹を立て、衛兵たちの硬いパンを思い出しては「やっぱり店が要る!」と起き上がった。


 追放3日目にして、私の心は完全に人手不足である。


◇◇◇


 朝食後、昨日まとめた紙を机へ広げた。


「街道沿い。衛兵詰所と宿屋に近い。夜でも見つけやすくて、守りやすい。商品を置けて、改装できる広さがあること」


「水場、厨房、倉庫も必要です」


 アンナが迷いなく書き足す。


「最後に、私たちでも借りられるお値段であること」


 そこだけ線がやけに太い。


「夢が急に世知辛くなったわね」


「現実にするための夢でございましょう?」


「その通りだけど、お金の行だけ太すぎない?」


「昨夜、硬貨を数えながら『王宮なら、この10倍は動かせたのに』と5回ほど愚痴をおっしゃった方への注意喚起です」


「5回も?」


「途中から数えるのを諦めました」


「もっと多かったの!?」


 支度金と王宮で貯めた小遣いだけでは、建物を借り、床を直し、商品を仕入れれば、硬貨は羽を生やして飛んでいく。


 王女だった頃は、書類へ数字を書けば金が動いた。


 今は銅貨1枚が、パン何個、棚板何枚、アンナの給金何日分という顔を持っている。


「不自由ね」


「お嫌ですか?」


「ううん。悔しいけど、面白いわ」


 硬貨を指で弾くと、チリンと乾いた音がした。


「この1枚をどこへ使うかで、店の形が変わる。私の決断が、そのまま棚や商品になるのね」


「失敗すれば、そのまま損にもなります」


「今ちょっと格好よく決めたかったの!」


「帳簿係として、店主の暴走を止める義務がございますので」


 暴走止め係、強い。


 元王女の威厳など、すでに半分くらい売り払われている。


「では出発よ!」


「危険な建物へ勝手に入らない。床や屋根を素手で確かめない。暗くなる前に戻る」


「私への信用、低すぎない!?」


「昨日の実績を適正に評価しております」


 悔しい。


 今日は絶対、一発で理想の物件を見つけてやる。


 そう意気込んだ私は、1軒目から現実に殴られた。


◇◇◇


「屋根が斜めね」


「芸術的なほど斜めでございます」


「雨の日に店内で水遊びができそう。却下」


 2軒目は街道から遠すぎた。


「夜中にここまで来るお客様がいたら、買い物より先に迷子として保護するべきね」


 3軒目は民家と壁が近い。


「私の『売れたぁ!』が毎晩聞こえたら、3日で苦情が来るわ」


「初日かと」


「そこは少し信じて!」


 4軒目は川沿いの倉庫だった。


 広いが、衛兵詰所から見えず、大雨では水が出るらしい。


「商品が全部プカプカ浮かぶ店……」


「新商売になさいますか?」


「水上営業は100年早いわ。却下!」


 紙の上へ大きな×が増えるたび、私の足取りはズルズル重くなった。


「条件を欲張りすぎたかしら」


「安全、仕入れ、近隣への配慮。どれを諦めますか?」


「……どれも嫌」


「では探しましょう。昼食の後で」


「勢いが切れる!」


「空腹で倒れれば、物件より先に寝床を探すことになります」


 ぐうの音も出ない。


 なお、私のお腹からは、ぐぅぅと立派な音が出た。


「聞かなかったことにして」


「昨日から、よく鳴るお腹でございますね」


「店主自ら夜食需要を実証しているのよ!」


 苦しい言い訳と一緒にパンをかじり、街道へ続く角を曲がる。


 そこで私は、ピタリと止まった。


「あれ……」


◇◇◇


 街道に面した角地に、2階建ての建物が立っていた。


 看板は外され、窓には板が打ちつけられている。


 白かった壁は雨で灰色にくすみ、入口の脇には枯れた蔓。


 第一印象だけなら、堂々たる廃屋だ。


 それでも屋根は真っすぐで、太い柱にも大きな傾きはない。


 道の向こうには衛兵詰所。


 反対へ少し歩けば、宿屋『銀の狼』の看板が見える。


 街道からの見通しもいい。


「角地。宿屋と詰所から歩いてすぐ。荷馬車も止められる。隣の家とは少し離れてる……」


 条件が、頭の中でカチッ、カチッとはまっていく。


 胸の奥が一気に熱くなった。


「うおおおっ、理想の立地、見つけたぁ!」


 両腕を天へ突き上げる。


 通りかかった農夫が、ビクッと振り返った。


「リリアーナ様。元王女としての品位が、街道の向こうへ走り去りました」


「追わなくていいわ! それより見て、この場所!」


「まだ中を見ておりません」


「外だけなら100点!」


「床が腐っている可能性も」


「85点!」


「井戸が使えなければ?」


「75点! 夢の点数をドンドン下げないで!」


 板の隙間から中を覗こうと顔を寄せる。


 フワッ。


「ぶえっくしょん!」


 埃が鼻へ直撃した。


「勝手に触れない約束でしたね?」


「触ってないわ。建物のほうから挨拶してきたの」


「建物は動きません」


 近くの女性へ尋ねると、元は雑貨屋で、持ち主はガレオ村長だと分かった。


 前の店主が王都へ移り、半年も空いているらしい。


「半年……誰も扉を開けなかったのね」


 役目を失い、辺境へ置かれた自分と重なる。


 元雑貨屋と、元王女。


 元が2つ並んだ。嬉しくない共通点だ。


「勝手に親近感を抱くのは、失礼かしら」


「どなたにですか?」


「この家に」


 アンナは板で閉じられた窓を見てから、私へ向き直った。


「似ておりません」


「そう?」


「この建物の中身は、まだ分かりません。ですが、リリアーナ様の中身が十分立派なことは、私は存じております」


 急に真っすぐな言葉を投げられ、喉が詰まる。


「……そういうの、ずるいわ。泣いたらアンナのせいだからね」


「泣かれても、お化粧を直します」


「もっと優しい逃げ道を用意して!」


 笑いながら目元をこする。


 まだ中身は分からない。


 だからこそ、確かめたい。


 捨て置かれて見えても、使い道まで終わったとは限らない。


「ガレオ村長のところへ行きましょう。この家も、私も、中身を証明するの」


◇◇◇


 ガレオは事情を聞き、古い鍵を持ってきてくれた。


「雨漏りは2年前に直しました。ただ、半年閉め切っています。埃と鼠は覚悟してください」


「埃とは、すでに挨拶を済ませました」


「……挨拶?」


「お気になさらず」


 アンナが真顔で話を切る。


 建物へ戻る途中、ガレオが足を止めた。


「リリアーナさん。失礼を承知で聞きます。本当に商売をなさるおつもりですか?」


「そのために物件を探しています」


「王宮へ戻るまでの、ほんの気晴らしではなく?」


 胸の傷へ、細い針が刺さった。


「私が、気まぐれに見えますか」


 思ったより尖った声が出る。


「元王女のあなたが、3日前まで商売と無縁だったことは事実です。以前、倉庫を貸した旅商人が3か月で消え、未払いの修繕費だけが残りました」


 私は違う、と怒鳴りたい。


 けれどガレオには村の建物を守る責任があり、彼はローランではない。


「……ごめんなさい。疑う理由があるのね」


 握った拳を開く。


「王宮へ戻る予定はありません。いつか戻れと言われても、始めた仕事を放り出さない。途中でやめる場合の責任も文書にします」


「なぜ、そこまで?」


「見返したいからです」


 きれいな理由だけではない。


「役立たずと決めた人へ、売上帳簿を鼻先へ突きつけてやりたい。ものすごく悔しいもの」


 ガレオの眉が上がった。


「でも、それだけなら飽きるかもしれません。昨日、夜の村を歩きました。怖くて、寒くて、その中で衛兵は空腹を我慢し、旅人は食料を買えずに困っていた」


 怒りとは違う熱が、胸へ戻ってくる。


「私は、あの人たちへ温かい物を渡したい。夜に『ここは開いている』と分かる場所を、私が選んだ仕事として作りたいんです」


 ガレオは少し黙り、鍵を錠へ差し込んだ。


 ガチャリ。


「では、中をご覧ください。今度は、この家を眠らせない方に借りていただきたい」


◇◇◇


 扉がギギギ……と開く。


 最初に飛び出したのは、希望ではない。


 埃だった。


「けほっ、けほっ! 挨拶が多いわ、この家!」


 ガレオが窓板を1枚外すと、細い日差しの中で埃がギラリと舞った。


 一階は一続きの店舗。


 天井が高く、大きな窓がある。


 奥には倉庫と裏口。井戸から引いた水も、排水も生きていた。


「広い……!」


 傷んだ床の上に、頭の中で棚が立っていく。


「入口の右へ会計台。その後ろに大事な商品。棚は高くしすぎず、入口から店中を見渡せるようにするわ」


「床板は最低でも12枚、交換です」


「温かいスープは入口近く。香りで迎えて――」


「壁の漆喰も剥がれています」


「左にはパンとお菓子。奥へ歩く間に飲み物と旅用品――」


「リリアーナ様、私の声を消さないでください」


「だって今、頭の中で開店したところなの!」


「現実の店は、床が抜けます」


「分かった! 床板12枚、予算へ追加!」


 アンナが別の板を押す。


 ギィ。


「こちらも」


「13枚!」


「あちらも」


「14枚! 床板、どこまで増えるの!?」


 ガレオが、とうとう声を立てて笑った。


「お二人は、いつもこの調子ですか?」


「昨日からです」


「ずっとよ!」


 二階には小さな居間と寝室、簡素な台所があった。


 王宮の私室より、ずっと狭い。


 けれど、ここで朝を迎える自分を想像すると胸が高鳴る。


「狭いのに、前の部屋より自分の場所に見えるわ」


「寂しくはございませんか?」


「寂しいわ。王宮の部屋も、庭も暖炉も好きだった。でもあれは、王女という役へ貸されていた部屋だったのね」


 悔しさに声が少し揺れる。


 だから、わざと明るく続けた。


「でも、ここなら家賃を払うのも私! 床を直すのも私! 埃と戦うのも私!」


「掃除は私も戦います」


「アンナ……!」


「分担表を作ります」


「感動を返して!」


 笑ったら、涙は引っ込んだ。


 一階へ戻り、ガレオへ夜営業の店を考えていると伝える。


 すると彼の眉間へ、くっきり皺が寄った。


「建物を貸す話と、夜に商売する許可は別です。治安や近隣の生活に関わります」


「はい。だから明日、需要と安全策を正式に説明します」


「許可が下りなければ?」


「賃貸契約は成立させない形にしてください」


「気に入ったのでしょう?」


「手放したくありません。ものすごく嫌です。でも、夜に開けられないなら目的が変わる。気持ちだけで村へ損をさせたくないんです」


 ガレオは長く私を見てから頷いた。


「条件書を作りましょう。契約は、明日の話し合いの後です」


 まだ鍵は私のものではない。


 それでも夢を置く場所は決まった。


◇◇◇


 採寸を続けていると、天井の上でカサリと音がした。


「鼠?」


「にゃあ……」


「猫!」


 屋根裏口を開けると、茶色と白の小さな顔が覗いた。


 まだ若く、毛は埃でくすみ、脇腹の骨が分かるほど痩せている。


「おいで」


 手を伸ばすと、猫はビクッと身を引いた。


「嫌われた……」


「警戒しているだけです」


「同じようなものよ。猫にまで不要と言われたら、私、立ち直れない」


 冗談のつもりが、胸の奥へ少し刺さった。


 アンナは何も言わず、昼食のパンを取り出した。


「少し分けてもいい?」


「もちろんです。小さく置いて、離れましょう」


 パンをちぎって床へ置く。


 私たちが数歩離れると、猫は音もなく降り、一口食べた後は夢中で飲み込んだ。


「ゆっくり。誰も取らないわ」


 自分へ言っているようだった。


 食べ終えた猫は、すぐには近寄らない。


 少し離れた場所で前足を揃え、こちらを見ている。


「商品を扱う場所へ自由に入れるわけにはいきませんね」


「ええ。でも、屋根裏まで奪う必要はないわ。まず食べ物と、安全な寝床を用意しましょう」


「店員にする、とおっしゃるかと思いました」


「働くかどうかは、元気になってから本人と相談するわ」


「本人……」


 猫が「ニャア」と鳴いた。


「ほら。条件を聞く気はあるみたい」


 やがて一歩、また一歩。


 鼻先が私の指へ触れた。


「ここにいていいわ」


 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。


◇◇◇


 外から子供たちの声がした。


「廃屋に誰かいるぞ!」


「王女様じゃない?」


「お化けに食べられたんじゃない?」


「勝手に食べられたことにしないで!」


 窓から顔を出すと、3人の子供が道の向こうで固まった。


「ここで何してるの?」


「お店にできるか調べているの」


「何のお店?」


「夜でも開いていて、食べ物や暮らしに必要な物を買える、便利なお店よ」


「夜でも? お化けが来るぞ」


「お化けにも代金は払ってもらうわ」


「お金ないって言ったら?」


「夜中の掃除をしてもらう」


 3人がワッと笑った。


「お菓子はある?」


「みんなのお小遣いでも買える、小さなお菓子を置きたいわ」


「砂糖いっぱい?」


「いっぱいは高いから、ほどほど」


「けちー!」


「経営者と言いなさい!」


 また笑い声が上がる。


 王宮では、子供は私へ近づく前に礼儀作法を教えられていた。


 目を合わせ、頭を下げ、質問されたことだけ答える。


 こんなふうに「けち」と言われたことはない。


 なのに腹は立たなかった。


 むしろ、この近さがたまらなく嬉しい。


「いつ開くの?」


「まだ分からない。建物を直して、村長さんの許可をもらって、商品を作る人や一緒に働く人も探さなきゃ」


「いっぱいある……」


「ええ。数えて、今ちょっと後悔したくらい」


「やめちゃうの?」


「やめない!」


 即答すると、子供たちの顔が明るくなった。


「必ずここで知らせる。最初のお客様になってくれる?」


「なる!」


「お菓子、安くしてね!」


「値段はまだ約束しないわよ!」


 子供たちは笑いながら走っていった。


 ここを、誰でも扉を開けられる場所にしたい。


 王女へ会いに来るのではなく、必要な物を選びに来る、普通の場所に。


◇◇◇


 午後、私は一階の中央へ立った。


 埃っぽい空気。


 ギシギシ鳴る床。


 板で閉じられた暗い窓。


 紙には交換する床板、灯り、厨房の壁、棚、井戸の整備が並び、費用はドンドン膨らんでいる。


「……夢って、こんなに請求書の顔をしていたかしら」


「現実になりたがっているのでございましょう」


「もう少し可愛い顔で来てほしいわ」


 アンナが採寸表を下ろす。


「完璧な物件ではありません。本当にここに決めますか?」


「ええ。直せない欠点はないもの」


 目を閉じる。


 チリン、と扉の鈴が鳴る。


 明るい魔道灯の下で、アンナが客を迎える。


 見回りを終えたハンスが、湯気の立つスープを両手で包む。


 旅人は保存食を荷へ詰め、子供たちは硬貨を握って菓子の前で悩む。


 屋根裏では、茶白の猫が安心して丸くなる。


「ここにするわ」


 目を開き、板で閉じられた窓へ触れた。


「立地も広さもいい。それに、この家をもう一度明るくしたい」


 自分も、そうなりたい。


 口には出さなかったが、アンナには伝わったらしい。


「承知しました」


 その瞬間、屋根裏からバタバタバタッ! と激しい音がした。


 茶白の猫が梁から顔を出し、当然のように「ニャア」と鳴く。


「先住者の承認もいただけたようね」


「賃料として小魚を要求されるかもしれません」


「経費に入る?」


「入りません」


「即答!?」


 共同事業者は猫にも厳しかった。


 夕方、家へ戻って明日からの仕事を書き出す。


 ガレオとの賃貸条件。


 夜間営業の許可。


 改装を頼む職人、仕入れ先、魔道具、一緒に働く人。


「多っ!」


 机へ突っ伏す。


「もう嫌になりましたか?」


「なるわけないでしょう! ちょっと未来の私の睡眠時間と財布を心配しているだけよ!」


「では、小さく始めましょう」


「分かってる。でも、店の場所が決まったのよ。昨日まで頭の中にしかなかった店に、今日から住所がある!」


 声が自然に大きくなる。


「ここに会計台、ここに棚、ここからスープの匂いって、指を差せるのよ! 妄想じゃない! まだ契約前だけど!」


「最後の一言で、かなり現実へ戻りましたね」


「今は戻さないで。少しくらい浮かれさせて!」


 アンナが笑い、温かい茶を差し出した。


「今夜だけです。明日はガレオ村長へ、夜営業の計画を正式に説明しなければなりません」


「反対されるわね」


「おそらく」


 胸がギュッと縮む。


「今日あんなに気に入ったのに、駄目だと言われたら……泣くかもしれない」


「泣いても構いません」


「そのあと、悔しがる」


「村長へ怒るのですか?」


「自分へよ。泣いて終わったら、もっと悔しいもの。心配を全部聞いて、一つずつ対策を出す」


「王女として命令は?」


「私はもう王女じゃない」


 まだ痛い。


 でも、前よりまっすぐ言えた。


「それに、商売は命令で好かれるものじゃないでしょう?」


「はい」


「明日は企画書を持って、真正面から村長を口説くわ!」


 アンナが盛大にむせた。


「リリアーナ様! その表現は誤解を招きます!」


「夜営業へ『はい』と言ってもらうだけよ?」


「でしたら『説得する』とおっしゃってください!」


「心から納得してもらうんだから、口説くで合って――あ」


 意味を理解し、頬が熱くなる。


「ち、違うからね!? ガレオ村長を男性として口説くわけじゃないわよ! 計画を! 夜営業を!」


「分かっておりますから、声をお下げください! 壁が薄いのです!」


 隣家から、何かを落とすガタンという音がした。


 シン……。


「聞こえたかしら」


「聞こえたでしょうね」


「今から誤解を解きに行く?」


「説明するほど広がります。おやめください」


 くっ。


 明日の交渉前に、別種の評判が村へ広がる危機である。


 それでも今日、夢には住所ができた。


 鍵1本さえ、まだ私のものではない。


 泣いても、悔しがっても、明日は真正面から交渉する。


「待ってなさい、私の店。絶対、明るくしてあげるから」


 遠くで、茶白の猫が返事をするように一度だけ鳴いた気がした。

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