第24話 生産者を守る契約
「リリアーナ様、お疲れ様です」
朝の仕入れを終えて店に戻ると、ミアの父親のトーマスさんが店の前で待っていた。
「トーマスさん、どうされました?」
いつもは朗らかなトーマスさんの表情が、今日はどこか暗い。
「実は...相談があるんです」
「どうぞ、店内でお話しましょう」
私は彼を店内に案内した。
『何か深刻な問題がありそう』
「最近、他の商人が買い叩いてきて...」
トーマスさんが重い口を開く。
「買い叩き?」
「はい。『他に売り先がないだろう』って言って、市場価格の半分以下で買い取ろうとするんです」
私の表情が険しくなる。
『生産者いじめね』
◇◇◇
「それは困りますね」
私が同情を込めて言う。
「でも断ったら、今度は『もう二度と買わない』って脅されて...」
トーマスさんが困り果てた様子で続ける。
「他の農家も同じような目に遭ってるんです」
「そんな...」
ミアが驚いている。
「お父さん、なぜ今まで言わなかったの?」
「心配をかけたくなくて...でももう限界なんだ」
『これは看過できない問題ね』
私の脳内で、前世の知識が活性化する。
「トーマスさん、長期契約を結びませんか?」
「長期契約?」
「はい。お互いが安心できる取引関係を築きましょう」
◇◇◇
「具体的には、どのような?」
トーマスさんが興味深そうに聞く。
「まず、最低買取価格を保証します」
私が説明を始める。
「市場価格より高めに設定して、それ以下では絶対に買い叩かせません」
「本当ですか?」
トーマスさんの目が輝く。
「そして品質ボーナス制度も導入します」
「品質ボーナス?」
「良いものには正当な対価を払います。品質が高ければ高いほど、価格も上がる仕組みです」
『生産者のモチベーション向上が狙い』
「こんな話、初めて聞きます」
トーマスさんが感動している。
◇◇◇
「でも、なぜそこまでしてくださるんですか?」
トーマスさんが疑問を口にする。
「生産者が幸せでないと、良い商品は生まれないからです」
私が経営哲学を語る。
「買い叩かれて苦しんでいる農家から、本当に良い野菜は生まれません」
「そうですね...」
「逆に、適正な価格で買い取り、品質を評価してもらえれば、農家の皆さんも良いものを作ろうと意欲が湧くはずです」
『Win-Winの関係が理想』
「それが結果的に、お客様により良い商品を提供することにつながる」
「なるほど...」
トーマスさんが深く頷く。
◇◇◇
「契約書を作成しましょう」
私が紙とペンを取り出す。
「契約書?」
「はい。お互いの約束を明文化するんです」
前世の知識を活かして、契約書を作成し始める。
「まず、買取価格の設定」
私がペンを走らせる。
「ホワイトルート、通常品:銅貨15枚/キロ、上級品:銅貨20枚/キロ、特級品:銅貨25枚/キロ」
「こんなに高く?」
トーマスさんが驚く。
「市場価格は12枚程度ですから、確実に上回っています」
「ありがたい...」
◇◇◇
「次に品質基準です」
私が続ける。
「形の良さ、色つや、大きさ、傷の有無...これらを総合的に評価します」
「評価基準が明確だと、作る側も目標が立てやすいですね」
「そうです。何を頑張れば評価されるかが分かれば、農家の皆さんも努力しがいがあるでしょう」
『透明性が重要』
「そして最低買取保証」
「これが一番ありがたいです」
トーマスさんが感謝を込めて言う。
「どんなことがあっても、最低この価格では買い取ります」
「安心して作物を作れます」
◇◇◇
「契約期間は1年とし、双方に問題がなければ自動更新」
私が契約書を仕上げていく。
「支払いは商品受け取りから3日以内」
「早い!他の商人は1ヶ月後とか言ってきます」
「キャッシュフローは大切ですからね」
『農家の資金繰りを考慮』
「そして、この契約に違反した場合の対処法も明記しておきます」
「こんな詳細な契約書、見たことがありません」
トーマスさんが感心している。
「お互いが安心できる取引をするために必要なんです」
◇◇◇
契約書が完成した。
「これで如何でしょうか?」
私がトーマスさんに手渡す。
「読ませていただきます」
トーマスさんが真剣に目を通す。
「...素晴らしい」
彼の目に涙が浮かんでいる。
「こんな契約、初めてです」
「気に入っていただけましたか?」
「はい。農家のことを本当に考えてくださっている」
『感動してもらえて良かった』
「では、署名をお願いします」
お互いに署名をして、契約成立。
◇◇◇
「お父さん、良かった!」
ミアが嬉しそうに駆け寄る。
「ああ、リリアーナ様のおかげだ」
トーマスさんが感謝を込めて頭を下げる。
「こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
「はい。必ず良いものを作ります」
トーマスさんの表情が明るくなった。
『これぞWin-Winの関係』
「それと、トーマスさん」
「はい?」
「他の農家の皆さんにも、同じような契約を提案したいと思っています」
「本当ですか?」
◇◇◇
翌日、トーマスさんが他の農家を連れてきた。
「私たちも参加したいです」
5人の農家が集まっている。
「皆さん、ようこそ」
私が歓迎する。
「トーマスから話を聞いて、ぜひお願いしたいと思いまして」
年配の農家ヨハンさんが代表して言う。
「もちろんです。皆さんと契約を結ばせていただきます」
『農業共同体の形成』
一人一人と契約を結んでいく。
「こんな安心できる取引、夢のようです」
「これで子供たちにも胸を張れます」
農家の皆さんが喜んでいる。
◇◇◇
契約締結から一週間後、早くも変化が現れ始めた。
「リリアーナ様、すごいです」
ミアが興奮して報告する。
「何がすごいの?」
「お父さんたちの畑を見てください」
私たちは村の畑を見に行った。
「あら...」
畑の様子が明らかに変わっている。
雑草が丁寧に取り除かれ、作物の手入れが行き届いている。
「村の畑が活気づいてる」
『契約効果が早くも現れてる』
◇◇◇
「トーマスさん」
畑で作業中のトーマスさんに声をかける。
「あ、リリアーナ様」
「畑の様子が随分変わりましたね」
「はい。作る意欲が湧いてきたんです」
トーマスさんが嬉しそうに答える。
「品質で評価してもらえるなら、手間暇かけて良いものを作ろうと思って」
「素晴らしい心がけですね」
「他の皆も同じ気持ちです」
隣の畑でも、ヨハンさんが丁寧に作業している。
「良いものを作れば評価される」
ヨハンさんが私たちに手を振る。
「それが分かると、やる気が違いますね」
◇◇◇
一ヶ月後、品質向上の成果が明確に現れた。
「今日の野菜、いつもより格段に良いですね」
私が検品しながら言う。
「はい。皆さん、本当に頑張ってくださってます」
ミアが誇らしそうに答える。
特にトーマスさんのホワイトルートは見事だった。
「これは間違いなく特級品ね」
形も色つやも完璧。
「お父さん、きっと喜びます」
「品質ボーナスをしっかりお支払いしましょう」
『努力に対する正当な評価』
◇◇◇
支払いの日。
「トーマスさん、今月の精算です」
私が代金を手渡す。
「えっ?こんなに?」
トーマスさんが驚く。
「特級品が多かったので、品質ボーナスが付いています」
「信じられない...」
彼の目に涙が浮かんでいる。
「こんなにもらって良いんですか?」
「もちろんです。約束通りですから」
『契約通りの支払い』
「家族に報告してきます」
トーマスさんが嬉しそうに走って帰った。
◇◇◇
その夜、村の酒場から笑い声が聞こえてきた。
「何か良いことでもあったのかしら?」
私が不思議に思っていると、ミアが説明してくれた。
「お父さんたちが、初めての品質ボーナスで打ち上げをしてるんです」
「それは良いことね」
「『俺たちの野菜が評価された』って大喜びです」
『農家の皆さんの喜びが伝わってくる』
「リリアーナ様のおかげです」
「いえ、皆さんが頑張ってくださったからよ」
◇◇◇
翌朝、予想外の来客があった。
「すみません、お時間いただけますか?」
隣村の農家らしい男性が訪ねてきた。
「どうぞ」
「実は、こちらの契約の話を聞いて...」
「隣村からですか?」
「はい。私たちも同じような契約を結んでもらえないでしょうか?」
『評判が隣村まで』
「もちろんです。ぜひご相談させてください」
「ありがとうございます」
男性が安堵の表情を見せる。
◇◇◇
契約農家が増えるにつれ、思わぬ副次効果が現れ始めた。
「リリアーナ様、野菜の品質が本当に向上しています」
ミアが報告する。
「お客様からも『野菜が美味しくなった』って声をいただいてます」
「それは嬉しいわね」
私も満足している。
『生産者のモチベーションアップが品質向上に直結』
「農家の皆さんも、プライドを持って作業されています」
「目に見えて表情が明るくなりましたね」
◇◇◇
ある日、村長のガレオが視察に来た。
「リリアーナさん、素晴らしい取り組みですね」
「ありがとうございます」
「農家との契約制度、村全体の活性化につながっています」
ガレオが評価してくれる。
「農業収入が安定して、若い人たちも農業に関心を持ち始めました」
「それは素晴らしいことです」
「跡継ぎ問題も解決の兆しが見えています」
『社会問題の解決にも貢献』
◇◇◇
契約から三ヶ月後、トーマスさんが息子を連れてきた。
「リリアーナ様、息子のカールです」
「初めまして」
カールは20代前半の青年だった。
「実は、息子が農業を継ぎたいと言い出したんです」
「それは素晴らしいですね」
私が驚く。
「以前は『農業なんて儲からない』って言ってたのに」
「でも、お父さんが楽しそうに働いているのを見て、考えが変わりました」
カールが説明する。
「品質で評価される農業なら、やりがいがありそうです」
『次世代への影響』
◇◇◇
夜営業の時間。
今日も新鮮で高品質な野菜を使った料理がお客様に喜ばれている。
「野菜が本当に美味しい」
「前より甘みが増してる」
お客様からの評価も上々。
『品質向上の成果が現れてる』
「ミア、お父さんに感謝を伝えておいて」
「はい。きっと喜びます」
◇◇◇
営業終了後、私は一人で契約書の束を見つめていた。
最初はトーマスさん一人だった契約が、今では15軒の農家と結んでいる。
『生産者を守る契約の意義』
前世でも、生産者と小売業者の関係はしばしば問題になっていた。
買い叩き、支払い遅延、不当な要求...
でも、それでは誰も幸せになれない。
『Win-Winの関係こそが持続可能』
◇◇◇
翌朝、嬉しい報告があった。
「リリアーナ様、大ニュースです」
ミアが興奮して飛び込んできた。
「何があったの?」
「隣町の商人組合から、私たちの契約制度を視察したいという申し出が」
「本当?」
「はい。『革新的な取り組み』として注目されているそうです」
『影響が広がってる』
「これで、もっと多くの生産者が救われるかもしれませんね」
「そうなることを願いましょう」
◇◇◇
その日の夕方、トーマスさんが特別に良いホワイトルートを持ってきた。
「リリアーナ様、これは特別製です」
見事な出来栄えのホワイトルート。
「素晴らしい品質ですね」
「はい。リリアーナ様への感謝を込めて、最高のものを作りました」
『生産者の心意気が伝わってくる』
「これほど立派なものを...ありがとうございます」
「こちらこそ。あの契約がなければ、今頃農業をやめていたかもしれません」
トーマスさんが感謝を込めて言う。
◇◇◇
夜営業の時間。
今日もお客様が美味しそうに野菜料理を食べている。
『生産者が幸せに作った野菜を、お客様が美味しく食べる』
この循環こそが、私の目指していたもの。
「生産者を守る契約」は、単なる商取引を超えた意味を持っていた。
『社会全体の幸せにつながってる』
窓の外では、月明かりに照らされた畑が見える。
明日もまた、農家の皆さんが心を込めて野菜を育ててくれるだろう。
『これからも、この関係を大切にしていこう』
私は満足感とともに、今夜の営業を続けるのだった。