第23話 商品開発3:おでん、出汁の衝撃
「寒いっすね...」
夜勤の衛兵ハンスが、温かいスープを飲みながらつぶやく。
「そうですね。もう冬本番ですね」
ミアが同意しながら、温かいお茶を差し出す。
私は店内で肉まんの蒸し具合を確認しながら、ハンスの様子を観察していた。
『肉まんも好評だけど、もっと長時間温まれる料理があれば...』
前世の記憶が蘇る。寒い夜のコンビニで、圧倒的な存在感を放っていたあの料理。
「大鍋で煮込む料理...」
私がつぶやく。
「大鍋?」
ミアが聞き返す。
「おでんを作ってみましょう」
「おでん?」
二人が首をかしげる。
「色々な具材を出汁で煮込んだ料理よ。体の芯から温まって、夜勤の方にぴったりなの」
私の目がまたもキラキラと輝いている。
『おでんなら、この寒さにぴったり』
◇◇◇
翌朝、私は村の市場で食材探しをしていた。
「この白い根っこ、何ていう名前?」
八百屋のおじさんに聞く。
「ああ、それはホワイトルートだよ。大きくて甘みがあるんだ」
私が手に取って確認する。
『これ、大根にそっくり!』
大きさといい、形といい、前世で見慣れた大根とほぼ同じ。
「これ、煮込み料理に使えそうね」
「煮込み?確かに煮込むと甘くて美味いよ」
『大根の代用品、確保』
次に卵。
「卵はいつものでいいわね」
この世界の鶏卵も、前世とほぼ同じ。
問題は練り物だった。
『この世界には練り物の概念がないのよね』
前世のおでんに欠かせないのは、はんぺんやちくわなどの練り物。でもこの世界にはそんなものは存在しない。
「魚団子を手作りしましょう」
私が決意する。
川魚で手作りの魚団子を作れば、練り物の代わりになるはず。
◇◇◇
魚屋で新鮮な川魚を調達。
「今日は大量ですね」
「特別な料理を作るんです」
魚屋のおじいさんが興味深そうに見つめる。
「どんな料理で?」
「おでんという煮込み料理です」
「煮込み...魚を煮込むのか?」
「いえ、魚は団子にして、出汁で煮込むんです」
おじいさんが首をひねる。
「変わった料理だなあ。でも面白そうだ」
『この世界の人には斬新すぎるかしら』
◇◇◇
店に戻って、魚団子作りから開始。
「魚の身をすり潰して...」
私が包丁で魚をたたいている。
「すげー細かくしてるっす」
ロウが驚いて見ている。
「魚のすり身を作ってるの。これを団子にするのよ」
前世の記憶を頼りに、魚の身を徹底的にすり潰す。
「ここに卵白を加えて...」
「塩を少々...」
「片栗粉でつなぎを...」
「うわー、なんか粘り気が出てきたっす」
「そう、この粘りが大切なの」
私が手でこねながら説明する。
「これを丸めて団子にするのよ」
手のひらで丸めて、一口大の魚団子を作っていく。
「おお、魚が団子になった!」
ロウが感動している。
『練り物の概念がないから、全部手作り』
◇◇◇
次に出汁の研究。
これがおでんの命。
「魚の骨、野菜くず、何でも使って旨味を作りましょう」
私が大鍋に水を張る。
「魚の骨を入れて...」
「野菜の皮や根っこも入れて...」
「昆布があればいいんだけど...」
内陸のこの村に海藻はない。
「代わりに、この辺りで取れる川草を使ってみましょう」
川で取れる水草を投入。
「後は長時間煮込んで、旨味を抽出するのよ」
私が火加減を調整する。
『出汁作りは時間勝負』
◇◇◇
3時間後。
「いい香りがしてきたっす」
ロウが鼻をひくつかせる。
「本当ですね。魚の良い香りが」
ミアも興味深そうに見つめる。
私が味見をしてみる。
「うん、いい出汁が取れた」
濾して澄んだ出汁を作る。
「この透明な液体が出汁?」
ミアが驚く。
「そう。この中に魚や野菜の旨味が凝縮されてるの」
「味見してもいいっすか?」
ロウが興味を示す。
「どうぞ」
ロウが一口飲んで...
「うおおお!なんだこれ!」
目を見開いて驚く。
「すげー!なんか...体に染み渡る感じっす!」
『出汁の力は万国共通ね』
◇◇◇
いよいよおでんの組み立て。
大鍋に出汁を入れて、具材を投入していく。
「まずはホワイトルートを大きめに切って...」
「卵は殻を剥いて丸ごと...」
「魚団子もそのまま...」
「他にも根菜を色々と...」
私が手際よく具材を投入していく。
「これで煮込むんですか?」
「そう。弱火でコトコト煮込んで、味を染み込ませるの」
大鍋がグツグツと音を立て始める。
「うわー、もうすげー良い匂いっす」
ロウが興奮している。
「本当ですね。お客さんも興味を示しそう」
ミアが期待を込めて言う。
◇◇◇
そして夜営業の時間。
店内の一角に設置された大鍋から、湯気が立ち上っている。
「なんだあの鍋は...」
最初に入店したハンスが、鍋を見つめて立ち止まる。
「良い匂いがするな」
「新しい料理です。おでんといいます」
ミアが説明する。
「おでん?」
「出汁で色々な具材を煮込んだ料理です」
「ほう...」
ハンスが興味深そうに近づく。
大鍋の中で、ホワイトルートや卵、魚団子がコトコト煮えている。
「これは...初めて見る料理だな」
「一杯いかがですか?」
私が提案する。
「そうだな、試してみるか」
◇◇◇
私が椀に出汁を注ぎ、具材を盛り付ける。
湯気の立つおでんを差し出す。
「熱いのでお気をつけて」
ハンスが一口スープを飲んで...
「熱っ...でも、この出汁は何だ!」
目を見開いて驚く。
「なんだこの味は...今まで飲んだことがない」
そして具材を一口。
「うまい!このホワイトルートの甘さと、出汁の旨味が...」
ハンスが感動している。
「体の芯から温まる」
「夜勤の疲れが吹き飛ぶ」
私がほくそ笑む。
『計算通りの反応ね』
◇◇◇
その様子を見ていた他の客たちも興味を示し始める。
「俺にも一杯くれ」
ベルトが注文する。
「私も気になります」
常連の村人も続く。
次々とおでんの注文が入る。
「あむ...」
「おお...」
「なんだこれは...」
全員が同じような反応を見せる。
出汁の奥深い味に、皆が衝撃を受けている。
『出汁文化の衝撃は凄まじいわね』
◇◇◇
特に衛兵たちの反応が凄かった。
「この出汁...何で作ってるんだ?」
ハンスが興味深そうに聞く。
「魚の骨と野菜を長時間煮込んで作りました」
「魚の骨で?こんな美味い汁が?」
「はい。旨味を抽出したんです」
「旨味...」
ハンスが考え込む。
「確かに、ただの塩味じゃない。もっと深い味がする」
『出汁の概念がないから、説明が難しい』
「これは革命だ」
ベルトが興奮して言う。
「今まで飲んだどのスープとも違う」
◇◇◇
おでんの人気は想像以上だった。
「毎日でも食べたい」
「夜勤前に必ず食べに来る」
「この温かさがたまらない」
衛兵たちのリピート率は100%。
毎日同じ顔ぶれが、おでんを求めてやってくる。
「お客さんの顔が本当に幸せそう」
ミアが嬉しそうに言う。
「そうね。おでんを食べてる時の表情がとても穏やか」
私も同感だった。
『食べ物の力って本当に偉大』
◇◇◇
数日後、予想外の反応があった。
「おでんの出汁、分けてもらえないか?」
ハンスが頼んできた。
「出汁を?」
「家で妻に飲ませてやりたいんだ。最近体調を崩していて」
私は心を打たれた。
「もちろんです。お大事にしてください」
『人の優しさが伝わってくる』
「本当にありがたい。君たちのおかげで、夜勤が楽しみになった」
ハンスが感謝を込めて言う。
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
◇◇◇
その夜、私は一人でおでんの大鍋を見つめていた。
コトコト煮える音が、店内に響いている。
『前世でも、おでんは特別な料理だった』
寒い夜に、温かい出汁で体を温める。
そんな単純なことが、人をこんなにも幸せにできる。
『異世界でも同じなのね』
出汁の概念がなかった世界に、新しい美味しさを届けられた。
それが何より嬉しい。
◇◇◇
翌朝、オルフが店を訪れた。
「昨夜のおでん、妻が絶賛してたぞ」
「奥様も召し上がったんですか?」
「ああ。ハンスから出汁をもらって、家で具材を煮込んだらしい」
オルフが嬉しそうに言う。
「『こんな美味しいスープは初めて』って大喜びだった」
『家庭でも作られるようになった』
「レシピを教えてもらえないか?」
「もちろんです」
私がおでんの作り方を詳しく説明する。
「出汁作りがポイントなんですね」
「そうです。時間をかけて、じっくりと旨味を抽出するのが大切」
『出汁文化の普及になる』
◇◇◇
その日の夕方、魚屋のおじいさんが来店した。
「おでんの魚団子、評判になってるね」
「ありがとうございます」
「魚の新しい食べ方を教えてもらった。感謝してるよ」
おじいさんが嬉しそうに言う。
「魚団子の注文が増えてるんだ」
『地域経済にも貢献してる』
「みんな、あの料理を家でも作りたがってる」
「それは嬉しいですね」
「君のおかげで、魚の消費量が増えた。本当にありがとう」
◇◇◇
夜営業の時間。
今日もおでんの大鍋が満員御礼。
「今日も来ました」
ハンスが嬉しそうに入店する。
「いつものおでんですね」
ミアが慣れた手つきで盛り付ける。
「ああ。これを食べないと夜勤が始まらない」
『完全に生活の一部になってる』
店内には、おでんを囲む常連客たちの笑顔があふれている。
「温かいなあ」
「この出汁、何度飲んでも飽きない」
「明日も来るよ」
『手作りの温かさが伝わってる』
◇◇◇
営業終了後、スタッフと振り返りをした。
「おでん、大成功ですね」
ミアが満足そうに言う。
「本当に皆さん、幸せそうな顔をされます」
「そうね。出汁の力は偉大よ」
私が感慨深く答える。
「出汁って、そんなに特別なものなんですか?」
ロウが聞く。
「この世界では、まだ出汁の概念が普及してないの。だから皆さん驚かれるのよ」
『出汁文化の先駆者になった』
「すげー、俺たちが文化を作ってるってことっすか?」
「そういうことになるわね」
私が微笑む。
◇◇◇
翌日、村長のガレオが視察に来た。
「おでんという料理、話題になってますね」
「ありがとうございます」
「家庭でも作られるようになって、魚の消費量が増えている」
ガレオが嬉しそうに報告する。
「それは良いことです」
「君の影響で、村の食文化が豊かになっている」
『食文化への貢献』
「これからも、村のために頑張ってください」
「はい。必ず」
私が決意を込めて答える。
◇◇◇
その夜、一人になった私は大鍋を見つめていた。
コトコト煮える音が、心地よく響いている。
『おでんを通じて、夜勤者の心を掴んだ』
出汁の奥深さに衝撃を受ける異世界の人々。
手作りの温かさが伝わる喜び。
『これこそが、私の求めていたもの』
窓の外では雪が降り始めている。
これからもっと寒くなる。
おでんの需要は、ますます高まるだろう。
『次は何を開発しようかしら』
私の頭の中で、また新しいアイデアが湧き始めていた。
でも今夜は、この成功を噛み締めよう。
『出汁の衝撃、大成功』
おでんの湯気が、今夜も村の夜を温かく包んでいた。