第22話 商品開発2:肉まん、さらなる進化への道
「……売れてるのはいいんだけどさ」
営業後の厨房にて。帳簿を前に、私は小さくため息をついた。
机の上には蒸篭の残骸……いや、肉まんを売り切った後の空っぽの竹籠が転がっている。
「リリアーナ様、どうしたんですか? 今日は完売で大成功だったのに」
ミアが心配そうに私の顔を覗き込む。
「そうなんだけど……」
私は湯気の残り香を感じながら唇を噛んだ。
「なんかね……まだ伸びしろがある気がするの」
「伸びしろ?」
ロウが、かじりかけの肉まんを持ったまま首をかしげる。
「これ以上どう改良するんすか? めちゃくちゃ美味いじゃないっすか!」
「確かに美味しい。でも、完璧かって言われると……まだ“もっと上”を目指せる気がするのよ」
『前世のコンビニ肉まんだって、毎年ちょっとずつ改良してたもんね……』
「へえ、リリアーナ様でも不満があるんすか」
ロウが面白そうに私を見る。
「じゃあ逆に聞きますけど、どこが不満なんすか?」
「うーん……」
私は机に肘をつき、じっと空中を見つめた。
「まず、皮。今のままでもふわふわしてるけど……もう少し甘みを出したい」
「甘み?」ミアが首をかしげる。
「はい。皮の甘みがほんのりあると、中の餡と一緒になったときに“ああ、これこれ!”ってなるの」
「ふむふむ……」ロウは肉まんをもう一口。
「確かに皮は主張控えめっすね。餡が主役って感じ。でも甘みがあると……スイーツみたいにならないっすか?」
「甘すぎちゃダメ。でもほんのり甘いと、塩気のある餡とのバランスが最高になるの」
『あと、皮の白さももう少し出したいな……この世界の小麦はちょっと黄色いから、見た目の“美しい真っ白”が足りないんだよね』
◇◇◇
「じゃあ餡はどうですか?」ミアがメモ帳を構える。
「餡は……今でも十分ジューシーだけど、改良の余地はある」
「また改良するんすか! 俺、今のでも十分やばいぐらい美味いと思うんすけど」
ロウが口の端に肉汁をつけたまま抗議する。
「いや、もっと肉汁を閉じ込めたいのよ」
「え? 今でもあふれてますけど?」
「まだまだよ!」私は身を乗り出した。
「肉汁があふれすぎても皮が破けるし、少なすぎても物足りない。その“黄金バランス”を探りたいの!」
「おお……なんか研究者みたいっすね」ロウが感心する。
「例えば、ゼラチン質を足して、蒸したときに溶けて肉汁になる仕掛けを作るの」
「ぜらちん?」
ミアが首をかしげる。
「豚の骨とか皮から取れる“煮こごり”よ。この世界なら獣の骨でもできるはず」
「なるほど……それなら餡に混ぜておけば、蒸すときにじゅわっと出てきますね」
ミアが目を輝かせる。
「そう。つまり、“噛んだ瞬間に肉汁爆弾”を仕込むのよ!」
「爆弾……!」ロウの目がキラキラする。
「めっちゃワクワクする名前っす!」
◇◇◇
「あとね……香り」
「香り?」
「そう。今のままでも十分美味しい香りだけど……もう一押し、“食欲をかき立てる香り”がほしいの」
「えーと……それってスパイス的なやつっすか?」
「そう。生姜は入れたけど、もう少しハーブを足してみたい」
「例えば?」
「五香粉みたいな香辛料……いや、この世界に完全にはないけど、似た香りを組み合わせて作れそう」
「五香粉?」ミアが首をかしげる。
「前世で……じゃなくて、えっと……本で読んだのよ! 桂皮、八角、山椒、丁子、茴香……そういうスパイスのブレンド」
「ほうほう」
ロウがよくわからないけどとりあえず頷いている。
「スパイスをほんの少し入れるだけで、“ただの肉まん”が“一口で異国気分”になるのよ!」
「異国気分の肉まん……名前だけで売れそうっすね」
◇◇◇
「じゃあ、今の課題は……皮の甘みと白さ、餡の肉汁爆弾、香りの工夫ってことですね」ミアがまとめる。
「その通り!」
「よーし、改良実験スタートだ!」
「なんかノリが研究所っぽいっすね……俺たち料理人じゃなくて錬金術師みたい」
「いいじゃない。食べ物を進化させるのも立派な錬金術よ」
『さあ、夜は長い。実験の始まりだ!』
◇◇◇
まずは皮の改良。
「甘みを足すには……砂糖を増やす?」
「でも増やしすぎると膨らみが悪くなるかも」
「じゃあ蜂蜜を混ぜてみましょう」
「お、いいっすね! 香りも甘そう」
蜂蜜入りの皮をこねる。
……蒸し上げて試食。
「あ、ちょっとべたつく」
「ですね。手にくっつきます」
「甘みは出たけど……皮のふわふわ感が犠牲になったか」
「次は牛乳で試してみましょう」
牛乳を水の代わりに入れて生地を作る。
「おお、色が少し白っぽくなったっす!」
蒸してみると……
「ふわふわだ!」
「甘みもほんのり。これはアリですね」
「牛乳入り、採用!」
◇◇◇
次は餡の改良。
「骨を煮込んで煮こごりを作ります」
鍋でコトコトと獣の骨を煮る。時間はかかるけど、透明なゼラチン質がとれてくる。
「これを冷やして固めると……ぷるぷるだ!」
「これを細かく切って餡に混ぜ込みます」
肉まんを包んで蒸し上げる。
ぱくっ。
「……!!」
口いっぱいに広がる肉汁。
「うおおお! なんすかこれ! マジで爆弾っす!」
ロウが叫ぶ。
「肉汁が洪水のように……!」ミアが驚きの声をあげる。
「やった……大成功だわ!」
『これぞ肉汁爆弾まん!』
◇◇◇
最後に香りの工夫。
「スパイスを組み合わせてみましょう」
桂皮に似た樹皮の粉末、山椒に似た小粒の実、香りの強い草の種……。
調合して餡に混ぜる。
蒸してみると……
「すげー香りっす!」
「香りだけでお腹が空いてきます」
試食。
「……うん! これは異国の味!」
「好き嫌いが分かれそうですが、確かに面白いですね」
「よし、これは限定品として売り出そう!」
◇◇◇
夜明け前、試作が終わった。
机の上には数種類の肉まんがずらり。
「基本形は牛乳入り皮+煮こごり餡」
「限定版はスパイス入り!」
「どっちも最高っすね!」ロウが満足そうにお腹をさする。
「よーし、今日の営業から投入だ!」
『新しい肉まんで、村をもっと驚かせてやるんだから!』
◇◇◇
その夜。
蒸篭から立ち上る湯気と共に、新しい肉まんが店頭に並んだ。
「なんだか今日のは香りが違うぞ」
「皮がさらにふわふわしてる!」
「……うおお、肉汁があふれる!」
客たちが次々に歓声をあげる。
「異国の香りがする……なんだこれ、クセになる!」
「普通の肉まんもいいけど、こっちもすげえ!」
店は歓声であふれた。
『やった! 改良大成功!』
私は胸の中でガッツポーズをした。
◇◇◇
こうして肉まんは、さらに進化を遂げた。
皮は甘みと白さを増し、餡は肉汁爆弾になり、香りは選べる二種類。
客たちの満足度はさらに跳ね上がり、売上も右肩上がり。
『進化は止まらない!』
私は窓の外の雪を見ながら、次の改良をすでに考えていた。
「次は……チーズ入りもアリかもね」
「え、チーズ?」
ロウとミアが同時に振り返る。
「ふふっ、楽しみにしてて」
夜の厨房に、次なる挑戦の炎が静かに燃えていた。