第10話 24時の鐘、開店
ついにその日がやってきた。
世界初の夜営業店舗開店の日。
私は午後8時から最終準備に取り掛かっていた。
「商品の配置、最終確認完了」
おにぎり20個、温かいスープ10杯分、冷たいお茶15本、甘い菓子各種...
『初日だから控えめに準備したけれど、足りるかしら?』
需要予測は難しい。多すぎても少なすぎても問題だ。
「照明システム、全灯点火完了」
ミアちゃんが魔灯のスイッチを入れていく。
店内が昼間のように明るくなった。
「うわぁ、夜なのにこんなに明るい!」
ミアちゃんが興奮している。
「きっとお客さんも驚くでしょうね」
「ええ。この村の夜でこの明るさは、前例がないもの」
『まさに文明の光よ』
外は真っ暗なのに、店内だけが明々と光っている。
その対比は確実にインパクトがあるはずだ。
◇◇◇
午後11時30分。
開店30分前の最終チェック。
「アンナ、レジシステムは?」
「問題ありません。釣り銭も十分用意してあります」
「ミアちゃん、接客の準備は?」
「はい!完璧です!」
ミアちゃんが元気よく答える。緊張よりも興奮の方が勝っているようだ。
「防犯システムは?」
「警報魔法陣、営業モードに切り替え完了。伝令札も手元に」
すべてが準備万端だ。
『あとは...お客さんが来てくれるかどうか』
昼間の試験営業は成功したが、夜営業は全く別物。
本当に需要があるのか、実際に蓋を開けてみないと分からない。
その時、村の時計塔から11時45分の鐘が響いた。
「あと15分...」
私は深呼吸をした。
◇◇◇
午前0時5分前。
店の外を見ると、数人の人影が見えた。
「あ、もう来てる!」ミアちゃんが窓から外を覗いている。
衛兵のハンスとベルト、そして見知らぬ冒険者が2人。
みんな開店を待ってくれているようだ。
『本当に来てくれた!』
内心で大喜びしたが、表面は冷静を保った。
「緊張しますね」アンナが呟く。
「大丈夫よ。私たちは準備万端だもの」
村の時計塔から、0時を告げる鐘が鳴り始めた。
ゴーン、ゴーン、ゴーン...
12回の鐘の音が、静寂な夜に響き渡る。
最後の鐘が鳴り終わった瞬間...
「開店です!」
私は扉の『準備中』の札を『営業中』に変えて、大きく扉を開いた。
◇◇◇
「本当にやってる!」
ハンスが一番最初に飛び込んできた。
「すげぇ、本当に夜中に店が開いてる!」
ベルトも続いて入店。
「明るい!夜なのにこんなに明るい!」
冒険者の一人が驚きの声を上げる。
「これが噂の夜営業店か...」
もう一人の冒険者も感心している。
「いらっしゃいませ!」
ミアちゃんが満面の笑顔で迎える。
その明るさに、客たちの緊張も和らいだようだ。
「おお、ミアちゃんじゃないか」ハンスが親しげに話しかける。
「ハンスさん、ベルトさん、夜勤お疲れ様です!」
「俺たちのこと覚えててくれたのか」
「もちろんです!いつも村の安全を守ってくださって」
『ミアちゃんの人懐っこさが活きてる』
地元出身の強みが発揮されている。
◇◇◇
「それで」ベルトが辺りを見回す。
「どんな商品があるんだ?」
「こちらが食べ物コーナーです」
ミアちゃんが案内する。
「おにぎり、温かいスープ、冷たいお茶...」
「温かいスープ?」ハンスの目が輝く。
「はい!出来立てですよ」
私が加熱炉から湯気の立つスープを取り出してみせた。
「こんな夜中に温かいものが...」
ハンスが感動している。
そして一口飲んだ瞬間...
「うわあああああ!」
感動の涙を流し始めた。
「どうしたハンス!?」ベルトが驚く。
「温かい...本当に温かいんだ...」
ハンスが震え声で言う。
「いつも冷たい干し肉と水だけで...こんな夜中に温かいスープが飲めるなんて...」
『予想以上の反応ね』
私も感動してしまった。
◇◇◇
「俺にもそのスープを!」
ベルトも注文する。
「はい!お待ちください」
ミアちゃんがテキパキと準備してくれる。
冒険者の一人がおにぎりを手に取った。
「これは握り飯か?」
「特製のおにぎりです。塩加減にこだわりました」
私が説明すると、冒険者が一口かじった。
「...」
しばらく無言で咀嚼している。
「どうです?」
「これが...これが文明の味か!」
冒険者が感激している。
「今まで食べてた握り飯は何だったんだ!」
「塩加減が絶妙で、米の甘みが引き立ってる!」
もう一人の冒険者も試食して絶賛している。
『おにぎりでここまで感動してもらえるとは』
前世では当たり前だった味が、この世界では革命的なのだ。
◇◇◇
「あの〜」ベルトが恥ずかしそうに言う。
「甘いものとかある?夜勤って疲れるから...」
「もちろんです!」
ミアちゃんが駄菓子コーナーに案内する。
「飴、クッキー、小さなケーキ...」
「おお、こんなにたくさん!」
ベルトが目を輝かせている。
飴を一つ舐めて...
「甘い!生き返る〜!」
完全にリラックスした表情になった。
「疲れが吹き飛ぶ感じだ」
「そうでしょう?甘いものは疲労回復に効果的なんです」
私が説明すると、客たちが感心している。
「へぇ、そんな効果もあるのか」
「さすが元王女様、詳しいですね」
『前世の知識だけどね』
◇◇◇
開店から30分で、続々と客が増えてきた。
噂を聞きつけた村人、夜勤明けの人、通りすがりの旅人...
「本当に夜中に店が開いてるぞ」
「明るくて綺麗な店だ」
「食べ物も美味しいらしい」
口コミで広がっているようだ。
「ミアちゃん、忙しくない?」私が心配して声をかける。
「忙しいけど楽しい!」
ミアちゃんが生き生きと答える。
「みんなすごく喜んでくれて、私も嬉しいです!」
『この子、本当に接客が好きなのね』
天職だと思う。
その時、宿屋の方から駆け足で来る人影が見えた。
「あの人は...」
宿屋の主人ウォルターだった。
◇◇◇
「リリアーナさん!」
ウォルターが息を切らして店に入ってきた。
「すみません、お客様から聞いて慌てて...」
「どうされました?」
「宿泊中の冒険者の方々が、ぜひこちらの店を利用したいと」
「もちろんです!」
「ありがとうございます。実は明日早朝出発予定の方が5人いらして...」
『早朝出発前の補給需要!』
これは昼間の試験営業で確認した通りの展開だ。
「保存の利く食べ物はありますか?」
「はい!冒険者用の携帯食も用意してあります」
私が特別に準備した、前世のカロリーメイト的な携帯食を見せた。
「これは...すごく便利そうですね」
ウォルターが感心している。
「明日朝、5人分お願いできますか?」
「もちろんです」
『早速リピート注文!』
◇◇◇
午前1時を過ぎると、客の数はピークに達した。
店内に常時7〜8人の客がいる状況。
「すごい人気ですね」アンナが感動している。
「予想を上回ってるわ」
実際、用意した商品がどんどん売れていく。
「あ、おにぎりが残り3個になりました」ミアちゃんが報告する。
「スープも残り2杯分です」
『えっ、もう?』
まだ営業開始から1時間しか経っていないのに。
「急いで追加を作りましょう」
私は慌てて厨房に向かった。
でも、米を炊くのも、スープを作るのも時間がかかる。
「すみません」私は客に謝った。
「おにぎりとスープ、売り切れてしまいました」
「えー、マジか」
「明日は早く来ないとダメだな」
客たちが残念がっている。
『嬉しい悲鳴ね』
◇◇◇
午前2時。
最後の商品が売り切れた。
「すみません、本日の商品は完売です!」
ミアちゃんが申し訳なさそうに告知する。
「完売?」
「開店2時間で?」
客たちが驚いている。
「明日はもっとたくさん用意してくれよ」
「俺も明日来る!」
「これで夜勤が変わるよ、本当に」
口々に明日への期待を語ってくれる。
「ありがとうございました!明日はもっとたくさん用意してお待ちしております!」
私が深々とお辞儀をすると、客たちが拍手してくれた。
◇◇◇
最後の客を見送って、扉を閉めた。
「お疲れ様でした!」
ミアちゃんとアンナが同時に言う。
私は一人になってから、ついに感情を爆発させた。
「やった...大成功よ!」
内心でガッツポーズ。
予想を遥かに上回る反響だった。
2時間で完売、リピート確約、口コミ拡散...
これ以上の成功はない。
「リリアーナ様、すごかったですね」アンナが興奮している。
「みんな本当に喜んでくれて」
「ええ。想像以上だったわ」
売上を計算してみると...
「銅貨480枚!」
昼間の試験営業の1.5倍の売上を、半分の時間で達成した。
「これは...すごい数字ですね」ミアちゃんが驚く。
「時給で考えると、昼営業の3倍の効率よ」
◇◇◇
午前3時。
片付けを済ませて、初日の振り返りをした。
「良かった点は?」
「商品の評価が最高でした」ミアが報告する。
「特におにぎりとスープ。みんな感動してくれて」
「夜営業への需要も確認できたわね」
予想通り、夜勤者の需要は想像以上に大きかった。
「改善点は?」
「商品の準備量ですね」アンナが指摘する。
「2時間で完売は早すぎました」
「そうね。明日は倍量で準備しましょう」
嬉しい誤算だった。
「あとは」私が追加する。
「冒険者向けの商品をもっと充実させる必要があるわね」
早朝出発組の需要は確実にある。
◇◇◇
午前4時。
すべての作業を終えて、ようやく一息ついた。
「本当にお疲れ様でした」
私はミアちゃんとアンナに心から感謝を伝えた。
「いえいえ、楽しかったです!」ミア。
「こちらこそ、貴重な経験をさせていただきました」アンナ。
二人とも満足そうだ。
「明日からが本番ね」
「はい!今日以上に頑張ります!」
ミアちゃんの意気込みが頼もしい。
外はまだ真っ暗だが、東の空が少しだけ明るくなり始めている。
『夜明けが近い』
世界初の夜営業店舗の初日が、こうして成功裏に終わった。
◇◇◇
翌朝、早起きして昨夜の余韻に浸っていると、ウォルターがやってきた。
「おはようございます」
「おはようございます。早朝のご注文の件ですね」
「はい。それと...」
ウォルターが興奮している。
「宿泊客の皆さんが大絶賛でして」
「そうなんですか?」
「『こんな便利な村は初めてだ』『他の村にもこんな店があればいいのに』って」
『口コミが他の地域にも広がる可能性』
これは事業拡大のチャンスかもしれない。
「ありがとうございます。期待に応えられるよう頑張ります」
「こちらこそ、宿の価値も上がります」
Win-Winの関係が築けている。
私は改めて夜営業の可能性を実感した。
単なる商売を超えて、人々の生活を変える力がある。
そして、それが確実に喜ばれている。
『これが、便利を提供するということね』
追放された王女は、ついに自分の居場所を見つけたのかもしれない。
世界初のコンビニエンスストアは、大成功の船出を果たした。
そして、この成功は始まりに過ぎない。
もっと多くの人に、もっと大きな便利を提供したい。
そんな新たな野望が、心の中で静かに燃え始めていた。