第41話 温泉街で食べ歩き
向かったのは湯畑から西の河原公園へと続く西の河原通り。
草津温泉のメインストリートのここは、道沿いには温泉宿や食事処が並び、お土産屋やカフェの他、気軽に食べ歩きを満喫できるお店が軒を連ねる人気のエリア。
その証拠に、一歩足を踏み入れると多くの観光客で賑わっていた。
「色んなお店があって目移りしちゃうね」
「ああ。とりあえずなにから食べようか」
「りっくん、見て——!」
夏鈴はなにかを見つけたらしく通りの先を指差す。
その先に視線を向けると人だかりができていた。
近づいてみると看板に『温泉プリン』の文字。
「温泉プリンか……美味しそうだな」
「うん。食べてみたい!」
こうして一品目はプリンに決定。
さっそく列の最後尾に並びながらメニューを眺める。
人気なのは草津温泉の湯もみをイメージして作った滑らかな湯もみプリン。
味はもちろん、木製のスプーンは湯もみ板をイメージしたデザインで、ガラスの器にもプリンのキャラクターが湯もみ板を持っているというこだわりよう。
他にもSNS映えすること間違いなしの湯畑プリン。
こっちは温泉を表現したエメラルドグリーンのジュレを載せたプリンと、付属のジュースを掛けると青色から紫色に変わるジュレを載せた夜の湯畑プリンがある。
青色と紫色は夜にライトアップされる湯畑を表現しているとのこと。
正直どれも美味しそうで悩んでいると。
「いつもみたいに別々に買って半分こしよ」
「ああ。俺もそうしようと思ってたところ」
そんなわけで待つこと十数分。
俺は湯もみプリン、夏鈴は湯畑プリンを購入。
店内にあるベンチに並んで腰を掛けて蓋を開ける。
甘い香りが漂う中、スプーン片手に口に運んだ瞬間だった。
「「ん——!?」」
とろけるような口当たりに思わず驚きの声が漏れた。
プリンとは思えないなめらかな口当たりと、濃厚な牛乳と生クリームの風味が口いっぱいに広がると同時に、ゆっくり味わう間もなく一瞬で溶けて消えていく。
続いて一口、今度は溶ける前にしっかり味わう。
「美味しい?」
「ああ。これはヤバいぞ」
ちょっと言葉にならないから食べてもらった方が早い。
スプーンを口元に差し出すとぱくり咥える夏鈴。
直後、俺と同じく驚いた表情を浮かべた。
「え? 待って。一瞬で消えちゃったんだけど!」
「だろ? ほら、もう一口。今度はちゃんと味わってくれよ」
二口目を差し出した瞬間に飛びつく夏鈴。
「ヤバっ。めっちゃ美味しい!」
全てが俺と同じリアクションでさすがに笑う。
「夏鈴のプリンはどうだった?」
「はい。あーん♪」
今度は夏鈴が自分の湯畑プリンを差し出す。
遠慮なくいただくと、口の中に懐かしい味が広がった。
「この緑色のジュレ、メロンソーダ味か」
「そう。なるほどねって感じだよね!」
しかもプリンとの相性もよくてマジで美味い。
よく人は美味しい物を食べると語彙を失くすって聞くけど本当らしい。
その後も人目を憚らず『ヤバい!』と『美味い!』を連呼する俺たちの声が響き、そんな俺たちを見ていたカップルが同じく湯もみプリンと湯畑プリンを注文。
意図せず売り上げに貢献してからお店を後にした。
続いて二軒目。
「なんか香ばしい匂いがしない?」
「……確かにするな」
香りに誘われてやって来たのは、お煎餅とおかきを扱う専門店
ここはお土産用だけじゃなく、店頭で一枚一枚丁寧に手焼きしたばかりのお煎餅も売っていて、イートインスペースも完備されている食べ歩きにぴったりの場所。
しかもお茶を無料で提供しているという至れり尽くせりの人気店。
香りに釣られて店内へ吸い込まれる俺たち。
「すごーい! お煎餅でいっぱい!」
店内の隅から隅まで埋め尽くす商品を前に瞳を輝かせる夏鈴。
超甘党の夏鈴はお煎餅みたいにしょっぱい物は苦手かと思いきや、本人曰く『甘い物ばっかり食べてると、たまにはしょっぱい物が食べたくなるの♪』とのこと。
毎日ごはんだと、たまにはパンも食べたくなるみたいな感覚らしい。
なるほど、そういうことならぜひ食べよう。
「どれにしようかな~♪」
ケース内に並ぶお煎餅とおかきを眺める夏鈴。
「ぬれおかきがここの名物らしいぞ」
「ぬれおかき? どれどれ?」
ケースの一画に並ぶ焼き鳥みたいに串に刺さったおかき。
ちなみにお煎餅とおかきの違いは、使うお米の種類の違い。
お煎餅はうるち米を使い、おかきはもち米を使っている。うるち米の方が膨らみやすいため、おかきはお煎餅に比べて厚みがあり柔らかな触感になるらしい。
「そうなんだ。じゃあ、ぬれおかきの『ぬれ』ってなに?」
「言葉の通り濡れてるって意味だ。お煎餅やおかきを熱いうちに醤油に漬け込んで水分を含ませることで、しっとりとした食感になるんだってさ」
「だからもちもちなんだ。湿気で柔らかくなってるんだと思ってた」
「それじゃ、食感はともかく美味しくないだろ……」
なんだろう……夏鈴って勉強はできるのに微妙に幼いところがあるんだよな。
誰もが頭を抱える数式や難しい問題を簡単に解いてみせるのに、誰もが知っていることや、ちょっとした雑学や豆知識的なことをあまり知らない。
前に自動給餌器がわからずに首を傾げていた時もそうだけど、大人びているのに、たまに精神年齢が下がったような発言をするのがギャップで可愛らしい。
「どうしよう……決められない!」
そんなことを思っている間も夏鈴はケースに釘付け。
ちなみに味のバリエーションは甘口醤油と辛口醤油とマヨネーズ、黒コショウに七味唐辛子。他にもわさびや明太マヨなど、夏鈴が頭を抱えるのも納得の品揃え。
「ここもシェアするとして、二本ずつくらい頼もうか」
「そうだね。そんなに量もないし食べられるよね!」
となると問題は一つ。
「りっくんはどの味がいい?」
「俺はいいから、夏鈴の好きなやつを四本選びな」
「ありがと。りっくんのそういうところ超好き!」
まったく……またそういうことを言って。
俺じゃなかったら本気にしてるところだぞ。
「じゃあね……甘口醤油と黒コショウ。あと七味と明太マヨください!」
注文とお会計を済ませると、ぬれおかきを受け取って店外へ。
お店の前にあるベンチに座ると、さっそく夏鈴は甘口醤油にかぶりつく。
「んんん~♪」
もぐもぐしながら声にならない声を上げて頬を綻ばせる。
美少女が美味しい物を食べている時の表情って魅力的だよな。
「はい。半分はりっくんの」
「ああ。ありがとうな」
こんな感じで夏鈴が半分食べたやつを受け取る感じで食べ進める。
噛むたびに染み出す濃厚な旨味を楽しんでいた時だった。
「この明太マヨ、めっちゃ美味しい……」
よほど好みの味だったのか、夏鈴は口元に手を当てながら息を呑む。
珍しく控えめな感じなのは、それだけ美味しさに感動した証拠だろう。普段とは真逆のリアクションに見ているこっちまで嬉しくなってくる。
「そんなに美味しいなら全部食べていいぞ」
「それはダメ。りっくんも食べるの!」
なにやら固い意志で断る夏鈴。
「遠慮しなくていいって」
「遠慮じゃなくて、前にも言ったでしょ? こういうのは一人で食べるより二人で食べた方が美味しいって。りっくんと半分こした方が絶対に美味しいと思うんだ」
それは水着を買いに行った後のこと。
喫茶店でパンケーキを食べた時に聞いた台詞。
「そうだったな……」
「あたしが美味しく感じてるのは、りっくんと一緒に食べてるから。食べてくれないと美味しさが半減しちゃうから、無理やりにでも食べさせるからね!」
夏鈴はぬれおかきを串から外すと俺の口を押えて食べさせる。
前に図書館で勉強した時にチョコをぶちこんだように。
「りっくん、どこ行くの?」
「明太マヨ、もう一本買ってくるよ」
「ほんと? じゃあ他の味も食べたい!」
そんなわけで明太マヨだけといわずに他の味も追加で購入。
一緒に食べると美味しさは二倍だけど、そのせいで食欲も二倍。
最初は四本のはずが、気づけば全ての味をコンプリートしていた。




