第38話 夜這い
電気を消してベッドに横になると、思わず大きな息が漏れた。
正直、マジでヤバかった……あのタイミングでとまらなかったら今頃どうなっていたかわからない。勘違いでもなく間違いでもなく、夏鈴もそのつもりだったはず。
それでも踏みとどまれたのは、駅で見た夏鈴の表情を思い出したから。
どこか自暴自棄になっているようにも思える夏鈴。
まるで嫌なことから逃げているような印象。
「……旅行中、疲れたとも言ってたよな」
明日も家に帰ろうとしなかったら事情を聞いてみよう。
未だに上手く聞き出す術は思いつかないけど、そうも言っていられない。
どうしたものか考えているうちに睡魔に襲われて意識が沈んでいく。眠りに落ちていく心地よい感覚を包まれながら、今まさに意識が閉じようとしていた時だった。
意識の端でドアの開く音が聞こえた気がした。
「……ん?」
ふと背中に心地よい温もりを感じて目を開ける。
おもむろに振り返った瞬間、息がとまった。
「か、夏鈴……?」
そこには隣で横になっている夏鈴の姿。
俺に縋りくように寝そべっていた。
「ど、どうしたんだ……?」
「…………」
なんだ?
なんで夏鈴が俺のベッドに?
寝ぼけていて状況の理解が追い付かない。
これじゃまるで夜這い——。
「……泊めてもらったお礼」
夏鈴は俺の想像を肯定するように囁く。
その言葉の意味がわからないはずなかった。
「な、なに言ってるんだよ。冗談にしちゃ笑えないぞ?」
「本気だよ……男の子なら、女の子が一人で泊まりに来たら期待して当然。それは女の子だって一緒。その気がなかったら男の子に泊めてなんて言わない……」
下心があるのは思春期男子だけじゃなくて思春期女子も一緒らしい。
突如として訪れた性春イベントを前に、試着室の一件以来、再び脳内で煩悩という名の悪魔と理性という名の天使がノーガードで殴り合いを繰り広げる。
一進一退の攻防の末、ぎりぎり理性が優勢になりつつある時だった。
「正直に言うと、お礼っていうのは建前なの。あたしがりっくんと、そういうことしていって思ってる……泊めてって言った時から覚悟はできてるから大丈夫だよ」
女の子にここまで言われて踏みとどまれる奴なんていないだろ。
瞬間、必死に抑えていた煩悩が膨れ上がって理性が弾けた。
「夏鈴——」
俺は寝がえりをうって夏鈴と向き合う。
暗闇で表情が見えない中、お互いの息遣いだけが響く。
そっと腰に手を回すと、夏鈴は小さく身体を震わせたけど拒否はしない。
Tシャツの隙間に手を忍ばせて夏鈴の素肌に触れる。
「んっ……」
我慢できない様子で甘い息を漏らす夏鈴。
夏鈴の素肌を見ることも触れることも何度かあったけど、暗闇で感覚が研ぎ澄まされているのかもしれない。今まで以上に温もりと柔らかさが手に感じる。
ここまでしてしまったら、もうお互いにとめられない。
奥に手を伸ばそうとした瞬間、我に返った。
「……夏鈴?」
なぜなら、俺のシャツを握り締めている手がわずかに震えていたから。
カーテンの隙間から差し込む月明かりが夏鈴の表情を照らす。
その瞳には溢れんばかりに涙が浮かんでいた。
「ごめん……なんでもないの」
夏鈴は涙を拭うと俺の胸に顔をうずめる。
無意識だった——気づけば夏鈴を抱き締めていた。
「なんでもないわけないだろ」
「気にしないで……続きしよ」
夏鈴の気持ちは嬉しいけど泣いている女の子を抱く気にはなれない。
思春期男子が性欲に抗えない悲しき獣だとしても今だけは理性が勝る。
俺が答えずにいたからだろう。
「……あたしじゃダメ? 魅力ないかな?」
「ないわけないだろ」
不安そうに尋ねる夏鈴に少し強めに否定する。
「めちゃくちゃ魅力的だし、いつもドキドキさせられっぱなしだし、正直我慢の限界だ……このまま欲望に任せて受け入れてしまえばいいって思う自分がいる。ぶっちゃけ白状すると、夏鈴とこういうことをする妄想を何度したかもわからない」
でもそれは、心を通わせ合った恋人同士が至る幸せな行為。
だから、こんな気持ちで夏鈴を抱いたら絶対に後悔すると思った。
「夏鈴のことは大切に思ってる。だからこそ欲に負けてしたくない。夏鈴が本気なのもわかってるからこそ、自暴自棄になってほしくないんだ」
「————!」
自暴自棄——その一言にはっとした表情を浮かべる夏鈴。
そのリアクションが、俺の言葉が間違いじゃないと証明していた。
「再会してまだ四ヶ月だけど、夏鈴とはずっと一緒にいたからな。なにがあったかまではわからないけど、なにか悩んでることくらいはわかってる。家に帰ろうとしない理由と関係があるんだろ? よかったら話してくれないか?」
「…………」
「俺でよければ力になるからさ」
夏鈴は俺の胸に顔をうずめたまま黙り込む。
しばらく鼻を啜る音が部屋に響いた後。
「……ありがと」
その一言を最後に夏鈴は寝息を立て始める。
この日、理由を聞くことはできなかったけど概ね察しはついている。
俺は腕の中で眠る夏鈴を抱き締めながら、自分になにができるかを考えていた。




