第36話 帰りたくない……
その後、古民家カフェを後にして花崎市に戻ってきた十七時過ぎ。
行きは猫まみれに集合だったけど、莉乃さん以外は花崎駅で降ろしてもらった方が家に近いこともあり、俺と夏鈴と悠香は一足先に駅で降ろしてもらうことに。
「気を付けて帰るんだぞ」
「はい。ありがとうございました」
車を降り、駅前のロータリーを後にする車を見送る。
「さて、帰るとするか」
ここから俺はバスで、夏鈴と悠香は別路線だけど電車で一駅。
二人を見送ろうと一緒に駅ビルに入って改札口へ。
「じゃあ、また猫まみれでな」
「うん。またね」
手を振りながら改札を抜けていく二人。
その姿を見送った後、俺は一人バス停に向かう。
次のバスまで十五分、列に並んで待っていた時だった。
「——りっくん!」
聞き慣れた呼び名と声に振り返る。
すると駆け寄ってくる夏鈴の姿があった。
「よかった……間に合って」
「夏鈴、帰ったんじゃなかったのか?」
「えっと……」
夏鈴は言い訳でも考えるように言葉を濁す。
「なんていうか……時間も時間だし夕食を食べて帰ろうと思って。ほら、りっくんは夏休み中お父さんが出張で一人って言ってたから、帰っても夕飯ないでしょ?」
「そうだけど……夏鈴は大丈夫なのか?」
「うん。うちは大丈夫」
夏鈴は苦笑いを浮かべて視線を逸らす。
「……わかった。じゃあ食べて帰るか」
「うん。そうしよ!」
荷物をコインロッカ―に預け、五階にあるレストラン街へ向かう。
ちょうど込み合う時間帯、空いている定食屋を見つけて夕食を済ませる。
だけど、その後も帰ろうとせず、駅ビル内を見て回りたいと言い出す夏鈴。
帰らなくて大丈夫なのかと聞いても『平気』の一点張りで、そうこうしているうちに時間は立ち、気づけばインショップの閉店時間になり行き場を失くす俺たち。
改札にある時計の針は二十時半を過ぎていた。
「夏鈴、もう遅いから帰ろう」
夏鈴は唇を噛みながら改札の前で立ち尽くす。
様子がおかしいのは明らかだけど夏鈴は口を閉ざしたまま。
「……うん。わかった」
「じゃあ、またな」
心配だけど仕方がない。
バス停に向かおうと背中を向けて歩き出した直後だった。
背中に衝撃を感じて振り返ると、夏鈴がそっと抱き着いていた。
「やっぱり……まだ帰りたくない」
こうして夏鈴に抱き着かれるのもずいぶん慣れた。
いつもなら『なに言ってんだよ』と冗談交じりに返すところなのに、なにも言い返せなかったのは、俺の背中に縋りつく夏鈴の手がわずかに震えていたから。
「……今日、りっくんの家に泊めてくれないかな?」
それは男にとって女子から言われたい台詞ランキング上位の言葉。
思春期男子なら誰しも一度は親の不在時に彼女を家に泊める妄想をしたことがあり、いつか訪れるイベントに備えて必要なものを準備している奴もいるはず。
もちろん俺も妄想をしたことがあるかと聞かれたら当然ある。
だけど、まさか今日だなんて夢にも思わなかった。




