第35話 再建のビジョン
「それがこの古民家カフェのコンセプトだからな」
「それがって……子連れがコンセプト?」
「小さな子供を持つ親にとってカフェや外食は気を遣うもの。騒ぎもするし、走り回りもするし、乳児は突然泣き出し上に、オムツ交換も必要だ。ここは、そんな小さな子供を持つ母親たちにとっての憩いの場。子連れ大歓迎を売りにしているんだ」
キッズスペースが充実していたのはそのためか。
「同じ子供を持つ親同志だから子供が騒いでも気にしないし、お手洗いにはオムツ替えのスペースもある。子供向けのメニューを取り揃えているのはもちろん、カフェのオーナーや従業員の中には、保育士の免許を持っている人もいるらしい」
「そうなんですね」
言われてみれば、確かに子供ファーストな点が色々と見えてくる。
みんなで感心する中、菫さんはグラスを片手に喉を潤しながら続ける。
「おまえたちの猫まみれへの想いと自主性を尊重する意味もあり、今まではあえて聞かずにいたんだが……ちょうどいい機会だ。一つ聞かせてもらいたい」
そう前置きしてから俺たちを見据える。
「再建するにあたりビジョンはあるのか?」
「ビジョン……というと?」
疑問符を浮かべる悠香に菫さんは続ける。
「みんなで意見を出し合うのは大切なことだし、可能か不可能かはさておき数を出すのも重要だ。だだ、全員で方向性を共有しておかないと雑多になってしまう。ただ昔の姿を取り戻したいのか、それとも新しくなにかを始めるのか。この古民家カフェほど明確なコンセプトでなくても、ある程度のビジョンを共有しておいた方がいいだろう」
「「「うーん……」」」
女子三人は難しい表情を浮かべて黙り込む。
確かに菫さんの言う通り、それは俺も再建を始めてから考えていたこと。
思い出の場所がなくなってしまったのが悲しいからじゃなく、子供や猫が集まれる場所を取り戻したいからだけじゃなく、おじいちゃんとおばあちゃんが継いでほしいと言っていたからだけでもない、再建した先で俺たちが叶えたいと思う目標。
ずっと考えて悩んで、ようやく明確になった一つビジョン。
「ビジョンはあります」
どこかのタイミングで相談しようと思っていた。
「俺は——猫まみれを地域の懸け橋にしたい」
「「「地域の懸け橋?」」」
声を揃えて疑問符を浮かべる夏鈴たち。
「子供も大人も自然と集まるような場所にしたいと思ってる」
みんなは黙って俺の言葉に耳を傾ける。
「おじいちゃんとおばあちゃんが言ってたんだ……俺たちが子供の頃よりもっと昔は、地域全体で子供の面倒を見るのが当たり前だったって。それが結果として地域の繋がりを生んでいたって。でも時代が変わって、そういう文化はほとんどなくなった……今は昔より複雑な事情を抱える家庭も増えてからこそ、そういう場があっていいはずだって」
俺や夏鈴ように片親の家庭だけじゃない。
悠香のように共働きで一人の時間が多い子共もそう。
事情を抱える子供たちが安心して過ごせる場所を大人たちと作りたい。
もちろん、そういう家庭のために学童保育があるのはわかっているけど、学童保育だって無料じゃない。むしろ、そういう家庭にとって費用の負担は大きい。
子育て世代の親たちの中には、地域の繋がりを煩わしく思う人もいるだろう。
だからこそ、子供たちのお世話を介して交流を深めていける場所にしたい。
「きっと二人はそう思って経営していたんだと思う」
もちろん、これは俺の憶測も多分に含まれている。
でも子供の面倒を見るだけなら喫茶店である必要はなかったはず。
「あえて喫茶店を選んだのは、きっとそういうことなんだと思う」
だけど当時、猫まみれは子供の溜まり場にはなっていたけど、喫茶店としては決して繁盛していたとは言えなかったはず。子供心にお客さんが少ないと思っていた。
もしかしたら、収支は赤字だったのかもしれない。
その意味で、二人は志半ばで亡くなった。
だから——。
「俺は二人の想いを継ぎたい」
おじいちゃんとおばあちゃんが俺たちにそうしてくれたように、今度は俺たちが地元の大人と一緒に子供たちを見守り、世代を問わず繋がれるような場所を作る。
言うなれば、みんなにとっての『もう一つの家』のような場所を。
「俺は猫まみれのおかげで救われた。母さんを亡くして落ち込んでいた頃、猫まみれでおじいちゃんとおばあちゃんに優しくされて、悠香や夏鈴や莉乃さんと出会って寂しさを忘れられた。大袈裟な話じゃなく、猫まみれがなかったら今の俺はいない」
俺が救われたように、誰かを救える場所にしたい。
想いの丈を語り終えた時だった。
「……めっちゃいいと思う!」
夏鈴が周りの目も気にせずに大きな声を上げた。
「あたし、正直言うとビジョンなんて全然考えてなかった。でも……りっくんの話を聞いて感動しちゃった。あたしもりっくんの気持ちに乗っかりたい!」
「地域の懸け橋か……うん。私も素敵だと思う!」
「きっと祖父母も喜んでくれるはずです」
「みんな……」
胸の奥から熱いものが込み上げる。
俺の想いを受けとめてくれたことが嬉しい。
すると、そんな俺を菫さんが意味あり気に見つめていた。
「……なにか言いたそうですね」
「いや。凛久にしては珍しく熱く語ると思ってな」
菫さんの言う通り、我ながら自分らしくない自覚はある。
それでも言葉にしていると熱くなるのを押えられなかった。
「すみません。なんか青臭いこと言ってしまって」
照れ隠しで苦笑いを浮かべると、菫さんは小さく首を横に振る。
「人は誰しも本気であるほどに青臭いことを口にする。いつだって夢を叶えてきたのは最後まで青臭さを捨てなかった奴だ。青臭さ上等、人は青臭さを捨てた時に歳を取る——それはきっと若者の特権だろう。夢を語る時くらいは胸を張ればいい」
「……はい!」
「だからこそ、あえて踏み込んで聞こう」
理解を示す笑顔から一転、菫さんは真剣な瞳を浮かべる。
「なにか具体的な案は考えているのか?」
「地域の懸け橋にするためには、なにかしらの『関り』が必要です。つまり、子供が大人を頼り、大人が子供に手を差し伸べる関係性です。ただ……積極的に関りを持つのは意外とハードルが高いと思うんです」
大人と子供という年齢差に加え、時代の流れとともに希薄になった人付き合い。
それに支援やボランティアのような活動は、その想いに賛同することはあっても、いざ積極的に関ろうとするには心理的にも時間的にもハードルが高い。
「だから、間接的に支援できる形を作ろうと思っています」
「関節的ってどいうこと?」
夏鈴が疑問符を浮かべて首を傾げる。
「これは一案だけど、猫まみれで払った代金の一部が子供たちのために使われるような仕組みを考えてる。例えばコーヒー一杯五百円で提供するとして、それとは別に六百円のコーヒーもメニューに加えるんだ。どちらも全く同じコーヒーだけど、六百円の方は差額の百円が子供たちのために使われる。大人にとっては気軽に支援ができるし、子供たちにとっても利用する大人に感謝しやすいと思うんだ」
さらに言えば、子供たちの支援に掛かる費用を別途捻出することで、喫茶店の利益を圧迫することなく持続可能な経営ができるんじゃないかと思っている。
実現可能かどうかはともかく案を伝えると。
「なるほど。確かに凛久の話は一理ある——人は誰しも困っている人に手を差し伸べるべきとは思いつつ、実際に行動できる人は少ない。たとえば災害支援の募金も銀行振り込みなら楽だと思いきや、意外と心理的なハードルは高い。だが、募金箱を手にしている子供がいれば小銭を入れる大人は多い。そういう気軽さは大切だろう」
菫さんがわかりやすく言語化してくれたおかげで理解が深まる。
「どこまで効果があるかはわからないから、いつか効果検証をしてみる必要はあるけど……そういう肩ひじ張らない気軽な支援の仕方を考えたいと思ってる」
できれば子供と一緒に野良猫も支援もしたい。
さすがに安直すぎるかと思ったんだけど。
「……りっくんって天才?」
「すごくいい案だと思う!」
「まさに名案ですね」
逆に不安を覚えるほど大好評だった。
「では、猫まみれの再建ビジョンは『地域の懸け橋』になること。コンセプトは『気軽にできる間接的な子供と猫への支援』で決まりだな」
「「「異議なし!」」」
改めて、俺たちは今後の再建活動について話し合う。
ビジョンを共有することで自然と意見にまとまりが出てくる。
それは再建活動を始めて以来、最も充実した時間だった。




