32話 事件の真相
「樹さん、ご馳走さまでした!」
動画に写っていた男の一人がお礼を言う。
すると取り巻きの男たちも続いて頭を下げる。
「いつも働いてもらってるんだ。気にするな」
そう返す四ノ宮樹の口調は以前とは明らかに違った。
「働きといえば、もちろん今回の分も貰えるですよね?」
「おい……どこで人が聞いているかわからないんだ。口を慎め」
「す、すみません……」
「場所を変えるぞ」
四ノ宮樹は取り巻きたちを引き連れてファミレスを後にする。
少し離れて後をついていくと、元はなにかのショップだったと思われる廃墟となった建物に到着。周りを気にするように素振りをみせると中へ入っていく。
「あいつらの溜まり場って感じ?」
「たぶん、そうだろうね」
小声で話す夏鈴と悠香。
入り口の傍まで移動して聞き耳を立てる。
「ダメだ。ここからじゃ遠くて話が聞き取れない」
「凛久、あそこ」
悠香は部屋の奥にある割れた窓を指差す。
「裏から回れば聞こえるかも」
「そうしよう」
足音を立てないように物件の裏に回る。
窓から中を覗くと距離が近く声も聞こえた。
「ほら。今回の分だ」
「へへっ……ありがとうございます」
四ノ宮樹は財布からお札を取り出して男に渡す。
「それで、猫まみれの件は抜かりなくやってくれたんだろうな?」
「そりゃもちろん。再建なんて諦めたくなるくらいに壊してやりましたよ」
「あいつもいい加減に懲りて二度と莉乃にちょっかいを出そうなんて思わなければいいが……まぁ諦めなければ、次は再建が不可能になるくらい徹底的にやるがな」
その口調から脅しではなく本気なんだと伺える。
この一言で四ノ宮樹が黒幕なのは間違いない。
「それにしても樹さん、意外と嫉妬深いところがあるんですね」
「……どういう意味だ?」
「自分の女に近づく男を引き離すためとはいえ、やることがえげつないですって。親の決めた相手なら、あんなガキに嫌がらせしなくても言うこと聞くでしょ。少しちょっかいをかけたれたくらいで潰すなんて、よほど婚約者が好きなんですね」
すると四ノ宮樹は苦笑するように鼻を鳴らす。
「おまえ、二つほど勘違いをしているな」
「勘違い……ですか?」
「あのガキ——天崎凛久が莉乃に近づいてきたのは今回が初めてじゃない。初詣で会った時に思い出したんだが、あいつは四年前、莉乃が猫まみれを手伝っていた時にいつもくっついていた奴だ。おそらく莉乃のことが好きで……莉乃もあいつに惹かれていた」
まさかの言葉に心臓が跳ねる。
「莉乃の奴……俺がいるのに年下のガキを好きになるなんてどうかしてるだろ。だから言ってやったんだ。『天崎凛久と仲良くするなら、彼がどうなっても知らない』ってな。それ以来、莉乃はあいつと距離を置いて俺の言うことを聞くようになった」
瞬間、頭の中が真っ白になった。
「それなのに、今になって再び莉乃の前に現れやがった」
「なるほど、樹さんにしてみれば因縁の相手ってわけですね」
意図せず明かされた拒絶の真相。
再びあの日の言葉が頭をよぎる。
——もう、りっちゃんとは一緒にいられません。
——それは……りっちゃんのことが好きだからです。
ずっと疑問に思い続けていたけど……今ならその意味がわかる。
そしてもう一つ、四ノ宮樹が再三にわたり猫まみれを襲撃したのは、莉乃さんを猫まみれから引き離すためじゃない——莉乃さんを『俺』から引き離すため。
つまり、理由は他でもない俺だった。
「…………」
言葉にし難い感情が湧き上がる。
でも今は干渉に浸っている場合じゃない。
溢れ出す想いを飲み込んで目の前に意識を向ける。
「それと、もう一つ——」
四ノ宮樹は男の襟をつかみ上げる。
「誰が嫉妬してるだって?」
その声音は恐怖を覚えるほどの怒気に満ちていた。
「勘違いするなよ。俺は莉乃が好きなんじゃなくて、莉乃の家柄が好きなんだ。美里町の地主で、地元での影響力は計り知れない。七々咲家がうちのものになれば、俺が家を継ぐ頃には美里町と春名町の両方で俺に逆らえる奴はいなくなる」
「な、なるほど……」
「そのために優等生を演じてきたし、これからも演じ続ける。そのためなら好きでもない女とだって結婚してやるさ。ていうか、あんなクソ地味で色気のない女を好きになるわけねぇだろ。まぁ女は外で調達すればいいし我慢してやるさ」
四ノ宮樹の言葉に取り巻きたちが笑い声をあげる。
「とにかく、俺の邪魔する奴は容赦しない。おまえたちには汚れ仕事を任せる代わりに充分な見返りを与えるつもりだ。これからも俺のために働いてくれ」
「もちろん、樹さんについていきますよ」
ずっと……思っていたことがある。
莉乃さんが俺を拒絶した理由が婚約者を気遣ってのことだとしたら。
四ノ宮樹が猫まみれを襲撃したのが、やり方は間違っていたとしても莉乃さんを想えばこそだとしたら、俺は全てを受け入れて身を引く覚悟を決めていた。
それが莉乃さんのためになるのならと思っていた。
そのために事実を知りたいと思っていた。
だけど、もう許すことができない……四ノ宮樹が莉乃さんに拘る理由が愛情ではなく打算だと知った今、腹の底から湧き上がる怒りを我慢できるはずができない。
拳を握りしめ、手に食い込む爪の痛みでスレスレの理性を保つ。
それでも耐え切れずに目の前の景色が滲んだ。
「……夏鈴、スマホを頼む」
「りっくん……どこに行くの?」
「悠香、なにかあれば夏鈴を連れて逃げろ」
「凛久、待って——!」
悠香の制止を無視して入口へ向かう。
ドアを蹴り開けた瞬間、一斉に視線が集まった。
「誰だ、おまえ」
取り巻きの一人が威嚇しながら近づいてくる。
そいつを突き飛ばして四ノ宮樹のもとへ向かう。
「おまえは……天崎凛久」
取り巻きたちが俺の前に立ち塞がる。
「どいてくれ。俺が話したいのは四ノ宮樹だ」
「どくわけねぇだろ。なんでおまえがここにいるんだ!?」
大声を出せば相手がビビるとでも思っているんだろうな。
確かに、いつもならガラの悪い奴らに囲まれる恐怖で怯んでいただろうけど、今ははらわたが煮えくり返るほどの怒りが恐怖を凌駕する。
「話は全て聞かせてもらった。おまえらのしたことを家族や学校にばらされたくなかったら、もう二度と莉乃さんに手を出すな」
「それで脅しているつもりか?」
四ノ宮樹は意にも介さず一蹴する。
「言いたければ好きにすればいい。だが、長年に渡り優等生を演じ、家族や友人、学校においても信頼を得てきた俺と、どこの誰かもわからない高校生の戯言。どちらを信じるかなんて火を見るよりも明らかだろうな」
「…………」
確かに、俺が暴露したところで信じる人はいないだろう。
四ノ宮樹がもっともらしい言い訳をすれば誰もが信じて疑わない。
「とはいえ……タイミング的に些細な疑いすら持たれるわけにはいかない。正式な婚約を控えている今、懸念材料は潰しておくに越したことはないな」
そう言うと四ノ宮樹は取り巻きに指示を出す。
「適当に痛めつけてやれ」
「わかりました」
「待て——まだ話は終わってない!」
伸ばした腕は届くことなく取り巻きの一人に掴まれる。
「おまえの相手は俺たちがしてやるよ」
瞬間、顎に衝撃を受けて視界が揺れる。
膝から崩れ落ちた直後、少し遅れて鈍い痛みに襲われる。
眩暈を覚えながら顔を上げた先には廃墟を出ていく四ノ宮の後ろ姿。
「せっかく莉乃が守ってくれたんだ。大人しく身を引いていれば痛い思いをせずに済んだのにバカな奴だ……これじゃ莉乃の覚悟も無駄だったな」
「待て、四ノ宮——ぐはっ!」
呼びとめる間もなく腹を蹴り上げられる。
その後、俺はひたすら殴られ続けた。
最初の顎への一発が効いたのか立っているだけで精一杯。
喧嘩慣れしていない俺に反撃する余裕はなく一方的な暴力にさらされる。
でも、これでいい……やり返す必要はなく、この人数を相手に勝てるとは思っていない。負け惜しみに聞こえるかもしれないけどやられることに意味がある。
大切なのは一分でも長くこの暴力に耐え続けること。
それからどれくらい殴られ続けただろう。
十分か十五分か、それとも三十分か——次第に意識が朦朧とし始め、痛む感覚すら鈍くなり、自分が立っているのか倒れているのかもわからなくなった頃。
「これに懲りたら二度と俺たちの邪魔はするな」
「それと、わかってるとは思うが今回の件は黙ってろよ」
「もし誰かに話したら、次は痛い思いをするだけじゃ済まねぇからな!」
取り巻きたちは吐き捨てるように言い放つと廃墟を後にする。
その姿が見えなくなると悠香と夏鈴が駆け寄ってきた。
「凛久、大丈夫——!?」
「ああ……あちこち痛みはするけど大丈夫だ」
派手にやられたように見えるだろうけど大きな怪我はない。
おそらく取り巻きたちは、俺を痛めつけることよりも恐怖を与えることを優先して手加減したんだろう。ああいう奴らは相手を恐怖で支配することに長けている。
普通の奴なら怖くて二度と逆らおうとは思わない。
「立てる?」
「あたしたちに捕まって」
俺は二人の肩を借りて立ち上がる。
「菫さんに連絡したら、すぐに車で迎えに来てくれるって」
「そうか……そりゃ助かる」
「すぐに病院に連れてってもらお!」
夏鈴曰く、菫さんは十五分ほどで着くらしい。
「その前に、二人に話しておきたいことがある」
「話しておきたいこと?」
「俺は七々咲家と四ノ宮家の会食に乗り込むつもりだ」
「それって……婚約をとめるってこと?」
俺は夏鈴の問いに黙って頷く。
「あんな奴に莉乃さんを渡してたまるか!」
七々咲家と四ノ宮家の仲や約束や都合なんてクソくらえ。
全てを知った今、大切な人が利用されるのを黙って見過ごせるはずもない。
いつまでも莉乃さんに守られてばかりじゃいられなかった。




