31話 襲撃事件、再び
翌日、午前の授業を終えた後のお昼休み。
俺は二年生の教室がある二階に足を運んでいた。
下級生が上級生の教室に足を運ぶことは滅多になく、当然のように注目を浴びる中、俺は周りの視線を気にすることなく莉乃さんの通う教室に向かい廊下を進む。
「いた……」
教室の前に着くと、窓側の席に座っている莉乃さんの姿が見えた。
こうして莉乃さんの姿を目にするのは二週間ぶり。動揺と緊張と、ほんの少しの胸の痛みと……それまで堪えていた感情がまとめて溢れ出して抑えきれない。
でも、それ以上に湧き上がるのは会えた喜びだった。
俺は莉乃さんに会いたかったんだと実感する。
「ふう……」
大きく深呼吸をして冷静さを取り戻す。
心のなかで『よし!』と気合を入れてから口を開いた。
「莉乃さん——!」
教室中に響くほどの声で呼び慣れた名前を叫ぶ。
生徒の視線の一斉に集まる中、莉乃さんが振り返る。
目が合った瞬間、俺は精一杯の笑みを浮かべて手を上げた。
「…………」
だけど、莉乃さんは表情一つ変えずに目を逸らす。
まるで何事もなかったかのように窓の外に視線を投げた。
「まぁ……こうなるよな」
それはわかっていたこと。
いちいち落ち込んでいる暇なんてない。
その日から俺は莉乃さんへの猛アプローチを始めた。
どれだけ無視されようともめげずに声を掛け続ける日々。
「莉乃さん、久しぶりですね!」
「わたあめは元気にしてますか?」
「食堂で一緒にお昼を食べませんか?」
「次の猫の集会の日程を教えてください!」
会う口実になれば話題なんてなんでもいい。
校内外を問わずストーカーよろしく莉乃さんに付きまとう。
そんなことをしていれば悪い噂がたって当然。
なぜなら、俺にはすでに前科があるから。
それは猫まみれの再建を始めた当初、日帰り温泉施設に行って時のこと。
みんなで貸し切り風呂に入るところを偶然居合わせた同級生に目撃され、クラスどころか学年中、さらには学校中に俺のヤリチン疑惑が広がった。
結果、全女子生徒から女の敵認定される始末。
しかも噂を聞きつけた学年主任から呼び出され、菫さん同席のもと事情聴取を受けたんだけど、俺が言い訳している隣で菫さんは腹を抱えて笑っていた。
人の噂も七十五日とはよく言ったもの。
ようやく忘れ去られたのに自ら掘り返したせいでヤリチン疑惑が再燃。
最近は廊下を歩いていると俺の半径二メートル以内に女子が近づこうとせず、さながら海を割るモーゼのように俺の行く先々で女の子たちが道を開ける。
我ながら悲惨だけど気にしていられない。
むしろ今は周りが盛大に騒いでくれた方が好都合。
俺の悪評が広がれば広がるほど、周りの生徒たちが騒げば騒ぐほど、俺が莉乃さんにちょっかいを掛けていることが犯人の耳に届くはず。
そんなある日の放課後——。
『りっくん、大変!』
アルバイト中、夏鈴から送られてきた一通のメッセージ。
開いた瞬間、喜びと怒りが交錯し言葉にし難い感情に苛まれる。
なぜなら、そこには再び猫まみれが襲撃された写真も貼り付けてあったから。
狙い通りに犯人をおびき出せた喜びと、それ以上の怒りで我を忘れる。
「……くそっ!」
アルバイトが終わる十八時まで後一時間。
こういう時に限って時間の流れが遅く感じる。
焦燥感に駆り立てられながら仕事をこなし、迎えた定時。
「お疲れ様でした!」
急いで着替えを済ませると社員さんに挨拶して事務所を後にする。
猫まみれに着くと、店内で立ち尽くしている夏鈴の姿があった。
「凛久……」
俺の足音に気づいて振り返る夏鈴。
その表情は悲痛に歪み頬には涙が伝っていた。
「夏鈴……」
「……っ!」
不意に胸に飛び込んでくる夏鈴を抱きとめる。
夏鈴の肩越しに見る店内の光景は写真で見た以上に酷かった。
長年大切に使ってきたテーブルや椅子は無残にも破壊され、カーテンは引き裂かれ、棚にしまってあった食器は床に叩きつけられて破片が飛び散っている。
狙い通り犯人をおびき出せたとはいえ。
「さすがにやりすぎだろ……」
これまでとは比較にならないから荒らされ具合が犯人の本気を示す。
これ以上、莉乃さんに関わるなら容赦しないという警告。
「夏鈴……大丈夫か?」
背中を擦って気持ちを落ち着かせる。
夏鈴は何度か鼻をすすると顔を上げた。
「んっ……もう大丈夫」
「どうしてこんな時間に一人で猫まみれに?」
「一人で来るのは危ないってわかってたんだけど、莉乃さんが猫まみれに来なくなってからあげぱんたちにご飯をあげる人がいなくて。自動給餌器を使うにしても、餌の補充が必要でしょ? だから数日に一度だけ来るようにしてたんだけど……」
「今日来たら……このありさまだったってわけか」
犯人と鉢合わせしていたらと思うとぞっとするけど無事でよかった。
安堵に胸を撫で下ろし、店内に設置しておいた見守りカメラに視線を向ける。
「確認してみよう」
「うん」
SDカードを抜いてスマホに差し込み、読み込んだ動画を再生してみる。
そこには金属バットを手に入ってくるガラの悪そうな男子高校生たちの姿。顔を見合わせて頷くと、次の瞬間、迷うことなくテーブルや椅子を壊し始めた。
十分にも満たない短時間での犯行は手際の良さを伺わせる。
陽が落ちてから来たのは近所の目を気にしてだと思うけど、赤外線LEDを搭載したナイトモード付のカメラは暗闇だろうと人の顔を鮮明に映し出す。
画面には犯人たちの顔がバッチリ写っていた。
「あいつじゃないけど、これ花北の制服だよね?」
「ああ。仲間に指示してやらせたってところだろうな」
「どちらにしても証拠をゲットだね!」
「ああ。そうだな」
状況的には喜べないけど最低限の収穫。
これで犯人を特定できると思った時だった。
「夏鈴、大丈夫——!?」
悠香が慌てた様子で駆け付けた。
夏鈴は悠香にも連絡をしていたらしい。
「あたしは大丈夫。悠香、ずいぶん早かったね」
「うん。結構近くにいたから……えっ?」
悠香は店内を見渡すと『酷い……』と言って瞳を潤ませる。
そんな悠香を今度は夏鈴が優しく背中を擦ってあげる。
「夏鈴、ありがとう……映像は撮れた?」
「ああ。ばっちりな」
俺は悠香にスマホを差し出す。
「これで四ノ宮樹が関わっているのも、その目的が莉乃さんを猫まみれから引き離すことだったのも確実だろうな。あとはこいつらと四ノ宮樹の関りを証明できれば——」
「この人たち……」
画面を覗いていた悠香がぽつりと漏らす。
「あの人と一緒にいた男の人だ」
「「一緒にいた——?」」
思わず俺と夏鈴の声が重なる。
「私と夏鈴は日替わりであの人を尾行してるんだけど、今日は私の担当で、連絡をもらうまで後をつけてたの。そしたらファミレスに入って、後からこの人たちが……」
「何時頃の話だ?」
「一時間ちょっと前くらいかな」
俺が夏鈴から連絡をもらったくらいか。
おそらく猫まみれを襲撃した後に落ち合ったんだろう。
「しばらくお客さんのふりして近くの席で聞き耳を立ててたんだけど、夏鈴から連絡をもらったから抜けてきたの。だから、その後のことはわからない」
「どんな話をしてた——」
悠香に尋ねる夏鈴を制止する。
「悠香、そのファミレスまで案内してくれ。まだいるかもしれなし、なにか決定的なやりとりを押さえられるかもしれない。詳しい話は向かいながらしよう」
「「うん!」」
こうして俺たちは猫まみれを後にする。
向かったのは環状線沿いにあるファミレスのチェーン店。
車で十分ほどの場所にあるため最寄りの停留所からバスで向かい、ファミレスに到着すると、ちょうど四ノ宮樹たちがお会計を済ませて出てきたところ。
俺たちは慌てて物陰に身を潜めた。




