25話 二度目の拒絶
こうしてプレゼント交換も終わり誕生日パーティーは宴もたけなわ。
みんなで手分けして飾りや食器の片付けを済ませ、猫まみれを後にしたのは夜の九時過ぎ。親に車で見送りに来てもらった悠香と夏鈴を見送った後のこと。
俺と莉乃さんは縁側に座って冬の夜空を眺めていた。
ちなみに莉乃さんの膝の上にはわたあめもいる。
「では、わたしたちも帰りましょうか」
「その前に少し待ってもらえますか?」
立ち上がろうとする莉乃さんを引き留める。
「どうかしましたか?」
「実は俺も莉乃さんに渡したい物があるんです」
そう言って俺はバッグの中から紙袋を取り出す。
「え——」
それを見た瞬間、莉乃さんは驚いた様子で声を上げる。
それもそのはず、俺が手にしているのは莉乃さんから貰ったプレゼントと同じブランドの紙袋だったから。
「少し遅くなりましたけど誕生日プレゼントです」
「わたしに……ですか?」
声を震わせながらプレゼントを受け取る莉乃さん。
俺は返事をする代わりに頷いて見せる。
「開けてもいいでしょうか?」
「もちろんです」
莉乃さんはリボンを解いて箱を開ける。
中に入っている物を見た瞬間、息を呑んだ。
「……わたしがりっちゃんに贈ったのと同じネックレス?」
そう、俺が貰ったネックレスのレディースモデル。
百貨店で一緒に見た猫をモチーフにしたペアのネックレス。
俺が莉乃さんのプレゼントを見た時に驚いていた理由はこれだった。
「莉乃さんの誕生日をお祝いできなかったこと、ずっと気にしてたんです。あとからお祝いをしようとも思ったんですけど、莉乃さんは遠慮すると思って……」
だからプレゼントだけでも渡そうと思い先月のうちに購入しておいたんだけど、猫まみれの襲撃もあってタイミングがなく、結局一ヶ月半も遅くなってしまった。
「まさか同じ物を選んでいたなんて夢にも思いませんでした」
「………」
夜の静寂に包まれる中、莉乃さんは今にも泣きそうに表情を歪める。
いや、今にもじゃない……暗くて気づかなかっただけで瞳から涙が溢れていた。
「すみません。泣かせるつもりはなかったんです」
莉乃さんは小さく首を横にする。
「ありがとうございます……一生大切にします」
莉乃さんはクリスマスの時と同じく誓いのように言葉にする。
その想いは俺も一緒だった。
「着けてもいいですか?」
「もちろんです」
莉乃さんはマフラーを取るとネックレスを首に回す。
「えっと……あれ?」
慣れていないらしく上手く着けられない様子。
しばらく格闘した後、困り顔で俺を見つめてきた。
「俺が着けますよ」
「お願いしてもいいですか?」
ネックレスを受け取ると、莉乃さんは背中を向けて長い髪を手で束ねる。
首の後ろでチェーンを繋ぐと莉乃さんは俺に向き直る。その首元には夜の暗がりにも拘わらず誕生石のガーネットが輝いていた。
「どうでしょうか?」
「とてもよく似合ってます」
想像していたよりもずっと似合っている。
「そうだ、お互いのネックレスを並べてみませんか?」
「はい。ぜひ!」
俺たちは身を寄せ合い、プレート部分を手にして並べてみる。
繋ぎ合わさったプレートには二匹の猫が寄り添うように背を向け合い、その長い尻尾はアクセサリー売り場で見た時と同じようにハートの形を描いていた。
「わたし、誰かとお揃いの物って初めてです」
「俺もです。なんだか少し照れくさいですね」
「はい。でも……とても嬉しいです」
そう言って満面の笑みを浮かべる莉乃さん。
こうして莉乃さんの笑顔を見るのはいつぶりだろう。
初詣のアルバイト以来、日に日に莉乃さんの元気がなくなっているのは明らかで心配していたんだけど、少しでもプレゼントを喜んでくれたなら嬉しく思う。
そんなことを思いながらネックレスを見つめていると。
「……くしゅっ」
莉乃さんが小さくくしゃみをした。
「そろそろ帰りましょう」
「そうですね」
夜も更けて気温が下がり、これ以上外にいたら風邪を引いてしまいそう。
プレゼントも無事に渡せたし早く帰って温まってもらいたい。
「今日は本当にありがとうございました。まだまだ再建までの道のりは長いし、最近は事件もあって心配も絶えませんけど、これからも一緒に頑張っていきましょうね」
改めてお礼を伝えてから立ち上がる。
すると、自分の服に付いている白い結晶に気づく。
空を見上げると、深い暗闇から大粒の雪が舞い落ちてきていた。
「莉乃さん、雪が降ってきました!」
美里町は群馬県内でも平地に近く雪が降るのは年に数回くらい。
遠く離れた山間部は冠雪しているけど、この辺りでは今年初めての雪。思わずテンションが上がり嬉々として莉乃さんに声を掛ける。
「……莉乃さん?」
だけど莉乃さんは縁側に座り俯いたまま。
頬を撫でる夜風が妙に冷たく感じた。
「……どうかしましたか?」
莉乃さんはわたあめのお腹に顔を埋めて深呼吸。
そっと下ろして立ち上がると、その表情から笑顔が消えていた。
「この先、猫まみれで事件が起こる心配はないので安心してください。もう二度と、わたしの大切な人に手出しはさせません」
「もしかして……犯人に心当たりがあるんですか?」
莉乃さんは肯定も否定もせずに視線を伏せる。
「そのためには、わたしも覚悟を決めなければいけません」
「覚悟——?」
「わたしは……っ」
莉乃さんは一瞬だけ言葉を詰まらせる。
「もう、りっちゃんとは一緒にいられません」
まさかの一言にフラッシュバックする記憶。
あの日、突きつけられた拒絶の言葉が再び胸を貫いた。
蘇るのは心が枯れるような哀傷——悲しみと不安と動揺と、あらゆるネガティブな感情が渦巻く中、さらには血の気が引くような寒気を覚えて震えがとまらない。
理由を聞きたいのに言葉が続かず白い息だけが溢れ出る。
「どうして……一緒にいられないんですか?」
ようやく絞り出した言葉はあの日と同じ。
「それは……りっちゃんのことが大好きだからです」
やはりと言うべきか当然と言うべきか、帰ってきた言葉も同じだった。
「再会できて本当に嬉しかったです。この十ヶ月間は夢のような時間でした。今にして思えば、一度はりっちゃんを突き放したわたしが傍にいていいはずがなかったんです……今後どこかで会ったとしても、二度と私に話しかけないでください」
莉乃さんはわたあめを連れて歩き出す。
嫌になるほどになにもかもがあの日と同じ。
「ま、待ってください——!」
だけど、今の俺は子供だったあの頃とは違う。
悠香や夏鈴との叶わなかった恋の答え合わせを経て、莉乃さんとの過去とも向き合おうと覚悟を決めていた俺は、動揺を覚えながらも引き留めようと手を伸ばす。
「え——?」
だけど、その手は莉乃さんに届かない。
瞬間、俺の手を払う乾いた音が響いた。
「莉乃さん……?」
莉乃さんは別人のように冷たい瞳で俺を見据える。
明確な拒絶の意思はあの日と同じ——いや、あの日以上。
唯一違うのは、莉乃さんが涙を流していること。
その涙を前に後を追うことができなかった。




