24話 バレンタイン&バースデー
その後は事件が起きることなく迎えた二月十四日。
世の男女が浮かれまくるバレンタインデーにして俺の誕生日。
三人から十七時に猫まみれに来るように言われ、くれぐれも早く来ることがないようにと念を押された俺は、時間ぴったりに着くように猫まみれに向かっていた。
細かく時間を指定された理由は聞くまでもない。
誕生日の準備をしてくれているからだろう。
「誕生日パーティーか……」
同じパーティーとはいえクリスマスの時とは違う気分。
こうして仲の良い友達に祝ってもらうのは猫まみれに通っていた小学校以来。
転向先では個人的に仲の良い友達はいなかったし、中学生にもなると異性はもちろん男同士で誕生日に集まるようなこともないからずいぶん久しぶり。
嬉しさ半分、気恥ずかしい気持ちがもう半分。
そわそわしながら猫まみれに到着して玄関を開ける。
すると玄関の前で待っていた悠香が笑顔で出迎えてくれた。
「凛久、あそこの席に来て座って」
俺は悠香に手を引かれ、飾り付けられて華やかな店内へ。
テーブルでは夏鈴が椅子を引いて待っていてくれて、腰を掛けた瞬間ホールの照明が落ちる。暗闇に包まれる中、キッチンの奥から莉乃さんがケーキを持って現れた。
目の前にケーキを置くと誕生日の定番ソングを口ずさむ三人。
歌い終わった後、俺はろうそくの火を吹き消した。
「「「お誕生日おめでとう!」」」
店内の明かりが点くと同時に祝福の声が響いた。
「みんな……ありがとう」
やっぱり思っていた以上に照れくさい。
でも、それをはるかに上回るほど嬉しかった。
「今日はバレンタインでもあるからチョコレートケーキにしたの。もちろんアンデスのケーキ。りっくんの誕生日って伝えたら、おまけにプリンも貰っちゃった♪」
「そっか。あとでご主人と奥さんにお礼を言わないとな」
「では、ケーキを切り分けましょう」
莉乃さんが切り分けている間に料理を運んでくる悠香と夏鈴。
テーブルの上には俺の大好きな莉乃さんお手製の唐揚げをはじめ、美味しそうな料理が所狭しと並ぶ中、まずはみんなでフォークを手に取りケーキをぱくり。
「うん。やっぱりアンデスのケーキは美味いな」
「この味を知っちゃうと他のケーキは食べられないね!」
「ほんと、閉店しちゃったのがもったいないなぁ」
「毎日でも食べたいくらいです」
みんな感想を言いながらケーキを食べる。
こうして俺の十六歳の誕生日パーティーが始まった。
それから俺たちは久しぶりに楽しい時間を過ごした。
ケーキを食べると、続いて莉乃さんが自宅から持参した手料理を味わう。
相変わらず莉乃さんの作る料理は美味しくて、また懐かしくもあり……自然と当時の話題が中心となり、みんなで思い出話に花を咲かせながら時間が過ぎていく。
気づけば二時間が立ち、時計の針が十九時を回った頃。
「そろそろプレゼントを渡そうかな!」
そう言うと悠香は席を立ち、莉乃さんと一緒に休憩室へ。
しばらくすると綺麗にラッピングされた袋を手に戻ってきた。
「凛久、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう。開けてもいいか?」
「もちろん!」
悠香からプレゼントを受け取るとリボンを解いて袋に手を入れる。
中に入っていたのは機能性の高そうなウエストポーチだった。
「おお、これは……!」
「凛久、ホームセンターでアルバイトを始めたでしょ? ずっと前に二人でお掃除道具を買いにホームセンターに行った時、店員の人たちが道具の入ったウエストポーチを着けてたのを思い出したの。あると便利かなと思って」
「ちょうど買おうと思ってたところなんだ」
仕事をしているとハサミやカッターなどの道具はもちろん、メモ用紙とかペンとか色々常備しておかないといけない物が多くてポケットだけじゃ全然足りない。
これなら入れる場所も多くて使い勝手がよさそう。
「気に入ってもらえたかな?」
「もちろん。大切に使わせてもらうよ」
「えへへ……よかった」
「次はあたしのプレゼントね!」
照れ笑いを浮かべる悠香を押しのけて夏鈴がカットイン。
だけど、そう言うわりに夏鈴はなにも手に持っていない。
不思議に思っていると夏鈴は座敷の襖に手を掛ける。
座敷にプレゼントを用意してあるんだろうか?
なんて思った直後だった。
「じゃーん♪」
「なっ……」
襖が開いた瞬間、目にした光景に思わず絶句する。
そこにはピンク色の間接照明と、中央に敷かれた一組の布団。
ハートマークが散りばめられた布団カバーに『YES』と書かれた枕が二つ。枕元にはボックスティッシュと、恋人たちの必需品こと夜のゴム製品が置いてある。
どう見ても誰が見ても完璧にラブホの一室だった。
「もちろんプレゼントは、あ・た・し♡」
夏鈴は俺の隣に座ると首に手を回して足を絡める。
「悠香と莉乃さんが帰ったら二人で楽しもうね♪」
「楽しむわけないでしょうが!」
悠香は赤面しながら夏鈴の頭を引っ叩く。
「いった——ちょっと、なにするのよ!」
「それはこっちの台詞。座敷には入らないでって言うからなにをしてるのかと思えば……いくらなんでも頭の中がピンクすぎるでしょ。なにを考えてるわけ!?」
「いい加減、これだからお子様は……」
すると夏鈴は呆れた様子で溜め息を漏らす。
「なにを考えてるもなにも、女の子が好きな男の子にあげられるプレゼントでこれ以上に喜んでもらえるものなんてないでしょ。据え膳食わない受け身の男の子も多いんだから待ってるだけじゃ進展なし。最後に勝つのは積極的な女なのよ!」
「い、一理ある……!」
納得する悠香をよそに、夏鈴は俺の耳元で『ね……りっくん♪』と甘く囁く。
いつもの如く思春期男子に理解があるのは夏鈴の魅力的だけど、みんなの前で誘われるのはさすがに照れる。あと、できれば個人的には受けもいいけど攻めがいい。
なんて俺の好みはさておき、夏鈴は悠香になにか言いたそう。
からかうような笑みを浮かべて悠香を詰める。
「ていうか、悠香だってあげるって言ってたくせに」
「そ、そんなこと言ってな——!?」
否定しかけた直後、はっとした表情を浮かべる悠香。
前に悠香が言っていた言葉を思い出す。
「凛久、夏鈴のプレゼントってそんなにいいものなの!?」
「ま、まぁ……俺に限らず男なら誰しも喜ぶんじゃないか?」
「じゃあ、私も同じものをあげる!」
「みんなで同じものをあげて凛久に選んでもらうんです!」
確かに言ってはいたよな。
「ち、違う——だって知らなかったんだもん!」
やかんよろしく頭から湯気が出そうなほど顔を赤くする悠香。
悠香も俺に告白してくれてから積極的になってきたとはいえ、直接的な話題になるとまだまだ羞恥心を拭えないんだけど、それはそれで初心な感じがとてもいい。
羞恥に悶える女の子の表情って性癖に刺さらない?
「じゃあなに? 悠香はりっくんであげたくないわけ?」
「べ、別にあげたくないとは言ってないでしょ!」
「へぇ~じゃあ悠香もあげればいいじゃん」
「くっ……」
いつものように煽る夏鈴。
「わかった……あたしもあげればいいんでしょ!」
案の定、冷静さを失った悠香はとんでもないことを口にする。
悠香は自分のシャツの首元を引っ張って中を覗き込むと、なにかを確認しながら『うん……今日のやつは可愛いから大丈夫!』と言って俺に向き直る。
「凛久、私と夏鈴どっちとするか選んで!」
二人一緒にはダメですか?
なんて男のロマンはさておき。
「悠香、落ち着け。夏鈴にからかわれてるだけだ」
「……え?」
悠香が振り返ると、後ろで夏鈴が腹を抱えて笑いを堪えていた。
さすがの夏鈴も本当に猫まみれで俺と致すつもりはなく、悠香が同じものをあげようと言っていたのをネタにからかうために手の込んだ悪戯をしたってこと。
純真無垢な悠香が夏鈴に遊ばれるのは毎度のこと。
「ほんと、悠香ってからかい甲斐があるよね」
「夏鈴……また私を騙したでしょ!」
「騙される方も悪いのよ!」
悠香は怒り心頭、顔を赤くしたまま夏鈴の肩をぽかぽか叩く。
「そんなわけで、りっくんへのプレゼントはこれ。覚悟はとっくにできてるから、りっくんがその気になればいつでもウエルカム。使いたくなったら言ってね♪」
もちろん渡されたのは枕元に置いてあった夜のゴム製品。
男にとってこれ以上ない最高のプレゼントだとは思うんだけど、お礼を言ったらすると宣言しているようなもの。悠香と莉乃さんが見ている手前やや複雑。
それでも伝えないわけにはいかず。
「あ、ありがとう……使用については検討させてくれ」
「うん。楽しみに待ってるね♪」
そんな感じで次は莉乃さん。
「りっちゃん。お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
手渡されたのは見覚えのあるブランド名の書かれた紙袋。
中を覗くと、綺麗にリボン掛けされた小さな箱が入っている。
リボンを解いて箱を開けた瞬間、まさかの光景に言葉を失った。
「え……これって……」
それは、いつか莉乃さんと一緒に百貨店で見たネックレス。
プレートに猫の絵が描かれているペアのネックレスで、二つを並べると背中を向け合う猫の尻尾がハートの形を作るというお洒落なデザインのものだった。
まさかのプレゼントに驚きのあまり言葉が続かない。
喜びより先に驚きが頭の中を埋め尽くす。
「すごく可愛いネックレスですね!」
「猫のデザインがいい感じだと思います♪」
隣から覗く悠香と夏鈴も大絶賛。
「莉乃さん、これ……」
すると莉乃さんは口元にそっと指を立てる。
それは二人だけの秘密にしようという意思表示。
「気に入っていただけましたか?」
「もちろんです……大切にしますね」
さっそく俺はネックレスを首に掛ける。
莉乃さんじゃないけど一生大切にしようと思った。




